腹ごしらえ
志乃にパフェを分けてもらってから1週間が経ち、俺は久しぶりに西宮の現場に顔を出した。
西宮と顔を合わせるのは約2週間ぶり。ネットの方は少しずつ落ち着いてきているが、西宮はどうだろうか。
「緊張するなあ……」
「新太、心の声ダダ漏れだぞ?」
「え?ああ!ごめんなさい……」
キヨとは飲み会の日からも志乃の現場の手伝いもあって何度か顔を合わせているが、ずっと元気がない。
励ましたいところだが、何を言っても西宮の元気が無ければ意味がないだろうな。
つまりは西宮の元気が戻ればシスコン兄の元気も戻るのだ。
西宮の家の前に到着したので俺も荷物を持とうとすると、キヨが制止する。
「新太は車で待っててくれるか。」
「え……わかりました。」
10分程すると、西宮が出てくる。
両目の下には隈があり、頬がこけて明らかにやつれている。
俺は思わず息をのんだ。
「おはよう……」
「おはよう……ございます……」
西宮は後部座席に乗り込んで、ぼーっと外を見る。
現場に到着し、キヨがメイクを施すとやつれ具合はだいぶ緩和されたが、それでもいつもの西宮とは違った。
取り直しも多く、スタッフが照明やカメラの角度、西宮のポーズを何度も修正して撮影が進んだ。
結局スケジュールは押しに押して倍の時間がかかって、現場を出た頃には辺りが暗くなり始めていた。
「伊織、ちょっと待って。」
西宮を呼び止めたのは麻里だった。
「明日と明後日の撮影無くなったから。」
「え......?」
「しっかり休みなさい。」
「私、大丈夫です......!」
「大丈夫じゃないから言ってるの。今日はスケジュールが詰まってないから良かったけど、今日みたいに撮影時間が伸びると、あなただけじゃなくて皆の予定が変わってしまうわ。」
西宮は何も言わずに俯いた。
「まずはしっかり休んで体調を整えなさい。」
「......ごめん......なさい......」
麻里は西宮の頭を撫でると、心配そうに立ち去った。
「伊織、帰ろう。」
「......私、電車で帰るから大丈夫。」
「暗くなってきたから危ないだろ。兄ちゃんが送る。」
「本当に......大丈夫......。」
西宮はそう言うと、一人歩き出してしまった。
「伊織!」
「大丈夫だから……!」
キヨが西宮の腕を掴むと、彼女はそれを振り解く。
「……伊織……」
西宮は一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐにキヨから視線を逸らして歩き出してしまった。
「新太……伊織のことお願いしても良い?」
「はい。」
キヨは俺の肩をポンと叩くと寂しそうに笑った。
少し走ると、すぐに西宮の姿が見えた。
「西宮さん!」
西宮はサッと俺から視線を逸らし、目元に手をやる。
それは涙を拭いているように見えるが、今はあえて言わない方がいいだろう。
「たまには電車も良いですよね。僕も電車で帰ります。」
「……そっか……。」
その後は特に会話も無く駅に到着し、同じ電車に乗った。
「何か食べて帰りませんか?」
「……ごめん、今日は……調節日にしてるから……」
西宮は携帯を見るでもなくただぼーっと電車に揺られている。
本当に調整日なのかもしれないけど、今はそれどころでは無い。
彼女を追い詰めるような言動は断じて避けなければならないが、何か食べてもらわないと、どんどん事態が悪化するのは明白。
これ以上西宮をやつれさせる訳にはいかない。
最寄駅より手前で彼女の手を引いて電車を降りる。
電車が発車すると、彼女は驚いたように目を丸くして俺を見た。
俺は彼女の手を引いて駅を出る。
向かったのはスープを売りにしているレストランだった。
スープの種類が豊富なのは勿論、おかゆもあるし、メインを張れる料理だって揃っている。
某アニメであのスーパーコックが「スープからゆっくり腹に入れろ」と言っていた。それもあって今の西宮にはスープや消化の良いおかゆが最適だと考えたのだ。あのスーパーコックが言うなら間違い無いだろう。
唖然とする西宮を連れて入店し、席に着く。
「西宮さん、何にしますか?」
「……え?」
「西宮さんが倒れでもしたらキヨさん心配しすぎて禿げちゃいます。」
「禿げ……」
「まあ僕的にはイケメンすぎるので、禿げるくらいのことがあって良いと思いますけど。」
「新太君……そんなこと思ってたの?」
「内緒ですよ?」
西宮がふふっと小さく笑う。
「でも……私食べ切れるかわからない……」
「僕、小学生の頃ダイソンって呼ばれてたんです。」
「え?ダイソン?あの掃除機の?」
「はい。給食をすっごい勢いでおかわりしてたら、あいつに全部吸い込まれていくって。」
「それでダイソン?」
「もし西宮さんが食べられなかったら僕が全部吸い込みますから、何も気にしないで好きなもの頼んでくださいね。」
「……ありがとう。」
西宮は野菜たっぷりコンソメスープを、俺はカボチャのスープとハワイアンステーキを注文した。
スープが来ると彼女はスプーンを持つものの、なかなか口にしようとしない。
「西宮さん、食べよう。」
彼女はこくんと頷いて、それをゆっくりと口にする。
二口、三口と口にすると、彼女の目からポロポロと涙が流れた。
「美味しいですね。」
「……うん、美味しい……」
彼女は目を細めてにっこりと笑った。
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