笑顔
今日のバイトは早番だったし、西宮も居ないので俺はバイト終わりにパチ屋に直行していた。
いつもの台に座って打ち始めようとしたその時だ。
ポケットの中でスマホがぶぶっと音を立てる。
渋々見ると、キヨからのメッセージだった。
(今どこ?飯行かない?)
「マジか。」
「急に悪いな。」
「いえ。迎えにまで来ていただいてありがとうございます。」
「新太ってパチンコするのな。」
「え?!ああ・・・はい、まあ・・・。」
キヨと出会ってから日は経つが、二人で食事というのは初めてだ。
俺が口籠もっているとキヨが言う。
「何だよ。悪かったよ伊織も呼んでなくて。」
「いや!別に僕は何も思って無いです!」
キヨは案の定にやけ顔だ。
「伊織に言ったら怒られるだろうなあ。なんで呼んでくれなかったのって。」
「そんな事・・・無いと思いますけど・・・。」
「大好きなお兄ちゃんとご飯行きたかったもんってな。」
「ああ、そうですか。」
俺が冷たくそう言い放ってキヨから顔を背けると、彼はクスクスと笑うのだった。
お店に着き、席に案内されるとキヨは下座に腰を下ろした。
「キヨさん、そっちは僕が座ります。」
「なんで?」
「そっちは下座ですから。」
「新太、それ伊織とのデートでもやってる?」
「いや、流石にそこまでは・・・。」
俺がそう答えるとキヨはホッとしたような表情を見せた。
「ヒヤヒヤさせないでくれよ。良いからそっち座れ。」
俺は何かおかしなことを言っただろうか。
キヨは移動してくれそうに無いので俺は渋々上座に腰を下ろす。
食事が始まったが、何を話したら良いだろうか。
いつもならキヨがよく話すのだが、今日のキヨはなんだか静かで大人の雰囲気を感じる。
志乃がキヨはモテモテだと言っていたが納得だ。
これでワインなんか飲んだらもはや美しいだろうな。
「なんだよさっきからじっと見て。」
「え?!」
キヨは目を細めて俺の顔をじっと見る。
「その・・・綺麗な顔だなと思いまして・・・。」
俺がそう言うとキヨは何言ってんだと笑う。
「男に言われてもなあ。」
「女性にだって言われるでしょう?」
「まあな。」
そう言ってキヨは笑顔を見せる。
「彼女さんいらっしゃるんですか?」
「もう5年居ない。」
「え?本当にですか?」
「嘘つく理由ないだろ。」
もしかしてモテすぎて選べないとか、そういう贅沢な理由だったりするのでは?
だってほっとく訳ないでしょ。SSランクのシスコンとはいえイケメン社長だよ?
「モテると贅沢になるんですね・・・。」
「新太の中で俺ってどんなイメージなの?」
「SSランクシスコンのイケメン社長です。」
「待て、SSより上だ!」
自覚がお有りのようで。
「彼女は作らないんですか?」
「俺、こう見えて仕事人間だからなあ。キャパ的に無理だ。伊織との時間だって削りたくない。」
「西宮さんとの時間・・・ですか。」
「勿論、デートに行くなってことじゃないからな!行けよ!!」
「そう言われましても・・・。」
「伊織には幸せで居てほしい。」
そう言ったキヨの表情は真剣で、優しかった。
「そういえば、キヨさんはどうしてメイクアップアーティストになったんですか?」
「え?」
「聞いたことなかったなと思いまして。」
キヨは烏龍茶を三口ほど飲んで、グラスをそっと置くとゆっくりと話し始めた。
「俺の母親はメイクが好きでな。自分にやるのも勿論好きだっただろうが、俺の妹にやってる時が一番楽しそうだった。」
「妹?」
「伊織の下にもう一人妹が居るんだ。名前は
キヨと西宮は二人兄妹ではなかったのか。
「父親は考えが古かったから、男のくせにってよく言われた。俺は母親と優乃の嬉しそうな顔を見てやりたいと思ったからさ、父親に色々言われるのが凄い嫌で。
めちゃめちゃ反抗したし、中学に上がってからは家に帰らないこともあった。」
「キヨさんにもそんなヤンキーな時代があったんですね。」
「ヤンキーって・・・。」
七瀬晴翔との現場の時に感じたキヨの威圧感。
ヤンキー時代があるのなら納得だ。
「ヤンキーだったキヨさんが夢を叶えて社長にまでなって、お母さんも優乃さんも喜んでますね。凄いなあ。」
「・・・どうだろうな・・・。」
キヨは寂しい表情で呟いた。
「どうって、あまりご家族には会わないんですか?」
「もう、会えないんだ。」
「え?」
「父親も母親も優乃ももう居ない。三人とも俺が中学二年の時に死んだ。旅行帰りの車に居眠り運転のトラックが突っ込んだ。」
「トラックが・・・じゃあキヨさんも大怪我を・・・?」
キヨは首を横に振る。
「オープンキャンパスがあったんだ。だから旅行には行かなかった。」
「オープンキャンパス・・・ですか・・・?」
「メイクが学べる高校のオープンキャンパス。父親は凄い反対してたけど、俺はどうしてもそこに行きたくて。
だから父親にはオープンキャンパスのことは隠したまま、旅行には行きたくないから行かないって言ったんだ。
そしたら大喧嘩になった。
旅行から帰ってきたらちゃんと話すつもりだったけど、結局仲直りできなかったな。」
キヨはそう言って烏龍茶を全て飲み干した。
「悪い。話すぎたな。」
「いえ・・・。」
俺はキヨにかける言葉が見つからなかった。
「とにかくだ、俺はまだまだ頑張らないとなんだよ。」
キヨはそう言ってニコッと笑う。
その笑顔はいつもに比べて切なさを感じさせた。
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