異常事態

撮影が無事に終わり、俺達は帰路に着くことになった。


何時もならスタジオを出ると志乃が満面の笑みでキヨに駆け寄るのだが、今日は違う。

撮影時のように静かで、心無しか表情は曇っている。


「伊織、何食べに行く?」

「志乃ちゃんも一緒に行こう!何か食べたいものある?」


西宮がそう聞くと志乃は申し訳なさそうに言う。

「今日は寄りたいところがあるので遠慮しておきます。せっかく誘っていただいたのにすみません。」


「そっか、残念・・・。あ!気にしないでね!また今度行こう!」

「はい、是非。今日は電車で帰るのでお先に失礼します。」

志乃はぺこりと頭を下げると俺達に背を向けて歩いて行った。


車に乗り込むと西宮が心配そうに言う。

「志乃ちゃん元気なかったよね?疲れちゃったのかな?」

「・・・撮影が立て込んでたからな。」

キヨはそう言って車を出した。



あれから1週間ほど経ち、志乃の撮影に2度同行したが志乃がキヨにくっつくところを見ることは無かった。


これは異常事態である。


俺が助手席に乗っていても席を奪い取る事はしないし、助手席、すなわちキヨの隣が空いていても後部座席に乗るようになった。


「運転お願いします。」

「おう。」


車内での2人の会話はこれだけ。

この緊張感。俺は一体どうしたら良い?


そんな事を考えていると、志乃が俺の肩をぽんと叩く。

「ん?」

「これ、おすすめです。」

志乃は携帯の画面を俺に見せてにこっと笑う。


それはネットのサイトでタイトルは

『厳選!関東おすすめデートスポットTOP10』

と書かれていた。


「ちょ?!何でおすすめなんですか?!」

志乃はふふっと笑う。

「このサイトTOP10が勿論メインですけど、ランキング外も口コミ付きでまとめてくれてるんです!」

志乃はそう言って画面をスクロールしながら俺に見せる。


「確かにこれは参考になりすぎる・・・。」

「これで安心して伊織さんを誘えますね。」

「え?!」

志乃は再びふふっと笑う。

「新太さんと一緒にいる時の伊織さん、本当に幸せそうですから。」


「志乃さん・・・。」

「はい?」

「いえ・・・。」


にこっと笑った志乃の顔は少し寂しげに見えた。


その後の撮影はいつも通りに進む。

異常事態とはいえ、2人は自分の仕事を全うしている。

ソワソワしているのは部外者の俺だけだ。


志乃が何か悩んでいるのは確かだろう。

そしてそれはほぼ確実にキヨの事だ。

でなければこのような異常事態は発生していないはずだ。


「とは言え、俺が何かできるわけじゃないけどな・・・。」

「あら、新太君何か悩んでるの?」


俺が声のする方を見ると、そこには麻里さんの姿があった。

「お久しぶりです。」

「いつもありがとね。で?何のお悩み?伊織のこと?」

「え?!いや、違いますよ!」


俺の反応を見て麻里はあら、そう?とニヤニヤする。

全く、この人は・・・。


「じゃあ、志乃の事気にかけてくれてるのかしら?」

「え?どうしてそれを・・・?」

「あの子、いつも通り振る舞ってるつもりだろうけど元気無いの丸わかりよね。だってあの子がキヨにラブコール無しよ?由々しき事態だわ。」


やっぱり判断基準はそれだよな。


「はい、僕もそう思っていました。」

「知ってると思うけど、あの子本当に本当にキヨの事が大好きなのよ。」

麻里は心配そうに志乃を見つめる。


「キヨさんはどう思ってるんでしょう・・・?」

「さあね。キヨは普段おちゃらけてるけど根はすごく真面目で責任感も強い。弱音を吐いてるところなんて見た事ないわ。でももしかしたらキヨも悩んでるかもね。」


「キヨさんはどうしたら良いかわからないと言う事でしょうか?」

「実は志乃に対して一番厳しく接してきたのはキヨなのよ。」

「え?そうなんですか?」


麻里は懐かしむようにうんうんと頷く。

「志乃は今だって若いけれど、最初は本当に幼いって感じの子だったの。敬語もろくに使えなくて私がヒヤヒヤしていたわ。」


それは今の志乃からは想像し難い姿だ。


「私も現場ではなかなか厳しく叱れなくてね。現場の人たちはそんな志乃を選ばなくなっていった。

本当にどうしようかと思った。

そんなある日、現場でねキヨが志乃にブチギレ!

あのキヨがって現場の皆んなもポカーンとしちゃってね。」


「確かにキヨさんがキレてる姿は想像できないです・・・。」

「その日から事あるごとに志乃を叱って、悩みがあれば聞いて鼓舞して、正直マネージャーの私なんかよりしっかりやってくれたわ。」


「志乃さんにとってキヨさんは大きな存在なんですね。」

「ええ、きっと誰よりもね。」

麻里はそう言って俺の肩にそっと手を置く。


「新太君、志乃の話聞いてあげてくれないかしら?」

「え?でもそう言うのは麻里さんの方がいいんじゃ・・・?」


麻里は首を横に振る。

「キヨのおかげで志乃は今ではすっかり真面目ちゃんなのよ。私に恋愛相談なんてできないわ。

新太君だったら話しやすいでしょ。恋仲間だし。」


「え?こ?!」

麻里はクスッと笑う。

「お願いね。」

「・・・はい。」


麻里さんはありがとうと優しく笑った。

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