正解は?
品出しを済ませると、店長の鈴木が俺を手招きする。
「前野君、ちょっと良いかな?」
バックヤードで向かい合って座ると、鈴木は申し訳なさそうに言う。
「急で申し訳ないんだけど、来週の火曜と再来週の土曜日追加で入ってもらうことってできるかな?」
「はい。大丈夫です。」
俺は予定を確認する事もなく即答した。
キヨにはまだ声もかけられていないし、他に予定が入る心配もないからだ。
すると鈴木はにこっと笑う。
「いつもありがとう。助かるよ。」
「いえ。僕もシフトに入れていただけて助かります。」
ここのバイトはシフト削りが殆どないのでフリーターの俺からしたら本当に有難い。
「よく追加頼んじゃってるけど、無理だったら断ってね。ほら、遊びに行ったりとか、就活とかあるでしょ?」
「え・・・ああ・・まあ・・・」
鈴木は何気無く口にしただけだと分かっているが、俺は就活という言葉に内心ドキッとせずにはいられなかった。
「じゃあ、よろしくね。」
鈴木はそう言ってシフト表を修正した。
バイトの帰り道。西宮は見るからにご機嫌だった。
今にも鼻歌を歌いながらスキップでもし始めそうだ。
「何か良い事ありましたか?」
思わず俺がそう聞くと、西宮は嬉しそうに目を細める。
「昨日ね、キヨへのプレゼントをやっと買いに行けたの!すっごく良いのを見つけたんだ!」
「ああ、ネックレスでしたっけ?」
「そうそう!お店を何回も行ったり来たりしてたから、店員さんがちょっと不思議そうな顔してたけどね。」
西宮がそう言って少し照れ臭そうに笑う。
「渡すの楽しみだなあ。」
その表情はキラキラしていて、とても幸せそうだった。
「本当にキヨさんの事、大好きなんですね。」
「うん!」
西宮はそう言ってにこっと笑ったが、すぐに顔を赤らめる。
「キヨには内緒なんだからね!」
「さあ、どうしましょうか。」
西宮は拗ねたように意地悪と呟くと、俺から顔を背ける。
「そういえば志乃ちゃんが新太君のこと面白いって言ってたよ!」
「え?!」
俺が少し大きな声を出すと、西宮はクスッと笑う。
「いつの間にか仲良くなったんだね。良かった。」
「何が、面白いって言ってましたか?」
「え?何がっていうか・・・」
俺が西宮の話をしてたとか言ってないよね?志乃さん。頼むよ・・・?
俺は固唾を飲んで西宮の話を聞く。
「反応が面白かったって言ってたよ。何話したの?」
「いや・・・えっと、それはですね・・・」
俺は思わず西宮からスッと視線を逸らす。
言えるわけないもの・・・。
そんな俺を見て西宮は楽しそうに笑う。
「やっぱり新太君と話してると楽しい。」
「え?!」
俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「いつもありがとう。新太君。」
「いや・・・こちらこそありがとうございます。」
「じゃあ、またね。」
西宮は家に入って行った。
「俺も楽しいです。」
西宮の背中を見送った後で俺はボソッと呟いた。
西宮はいつだって気持ちを言葉にしてくれるのに、俺はきっと何ひとつ返せていない。
「本当に駄目だな、俺は。」
1週間後。今日は西宮と志乃の撮影に同行する。
キヨの車に4人で乗ることになっていて、志乃と俺は先に集合場所に到着していたのだが、何やら志乃は頭を悩ませていた。
「志乃さん?」
「新太さん!!私は新太さんのお隣と、キヨ君の隣どちらに座るのが正解ですか?!」
「え?」
「勿論キヨ君の隣に座りたいですけど、伊織さんがいらっしゃる時は流石に私は後部座席に座っていたんです!キヨ君もその方が嬉しそうなので・・・。
ですが今日はそうすると新太さんの隣になります!」
え?俺の隣が嫌ってことなの・・・?流石に傷つくよ・・・?
「ごめんなさい・・・キヨさんが2人いれば良かったのに・・・。」
俺が俯きながらそう言うと、志乃は焦ったように手をぶんぶん振り回す。
「え?!あ!違いますからね!新太さんのお隣が嫌なのではなくて!」
「良いんです・・・本当にごめんなさい・・・。」
「そうではなくて、新太さんのお隣は伊織さんに申し訳ないので!」
「え?」
俺が顔を上げると志乃は焦ったように続ける。
「だから本当に嫌なわけではないんです!!」
俺はあまりにも志乃が焦っているので思わず笑ってしまった。
「ごめんなさい、焦らせてしまって。」
「私はどうしたら良いのでしょうか・・・。新太さんにも申し訳ないです。」
「西宮さんはすでに助手席に乗っていると思うので、後部座席に座るのが自然な流れではないですか?」
「でも新太さんも伊織さんの隣が良いですよね?」
「え?!いやそんな・・・!」
これはどう言う反応が正解なんだ・・・?
俺が困っていると、キヨの車が到着した。
俺がペコっとお辞儀をして後部座席のドアを開けようとすると、西宮が助手席から降りてくる。
「志乃ちゃんは助手席座って!」
そう言って西宮はにこっと笑う。
「え?でも・・・」
志乃がチラリとキヨに視線をやると、キヨはふうっと息を吐く。
「ほら、早く乗って。」
キヨがそう言うと、志乃は満面の笑みを見せて、助手席にさっと座る。
「キヨ君、頭撫でて!」
「何でだよ。もう出発する。」
俺と西宮も後部座席に乗り込んだ。
「新太君、今日も来てくれてありがとう。」
「いえ・・・。」
隣に座るなんて思っていなかったからか、何だか少し緊張してしまう。
車が出発してからも志乃は嬉しそうにキヨを見つめていた。
信号で止まると、怒涛のラブコールだ。
「キヨ君!今度お出かけしよう!」
「友達と出掛けた方が楽しいだろ。」
「友達とのお出かけも楽しいに決まってるよ!でもキヨ君ともお出かけ・・・」
そこまで言うと志乃は突然、俯いて黙り込む。
「志乃?」
キヨが声を掛けると、志乃はパッと顔を上げて微笑んだ。
「ごめん、やっぱり何でも無い。」
志乃は話の続きをすることは無かった。
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