憧れ

ここ最近、キヨの手伝いに呼ばれる事が増えてきた。

バイト以外はやることも無いので、ほとんど断ることも無く同行する。

西宮が居ない現場に同行することもあって、なんだか変な感じだが慣れてきた気もする。


「今日は残念ながら伊織はいないからな。」

「そうですか。」

「反応うっす!」

キヨはつまらなそうに口を尖らせる。

揶揄いがいがないといった表情だ。


「どんな反応を期待したんですか?」

「そりゃ、伊織とは次いつ会えるんだ・・・。とか、会えないなんて僕寂しいです。とかだろ!」


「キヨさんは毎日会ってるんですか?」

「毎日・・・・では無いけど、週4は会うな。仕事もあるし、飯も行くし、お互いの家に頻繁に泊まるしな。」


キヨはニヤッと笑う。

「羨ましいだろ〜。」

「・・・ノーコメントで。」

新太がそう言うとキヨはニンマリした。


新太はキヨから顔を背けて窓の外を眺める。

キヨと目を合わせれば九割揶揄われるのだ。


「連絡とってないの?」

「取ってません。」

「なんでだよ。連絡しろよ。」

「僕から連絡なんてできませんよ・・・。」


ちょうどそこで信号が赤になり、車が止まる。キヨは両手を頭の後ろで組んで、天を仰ぐ。

「新太って奥手なんだな〜。草食系ってやつ?」

キヨはそう言ってクククと笑った。


「笑う事ないじゃないですか・・・。」

新太が拗ねたようにそう言うと、キヨは新太の頭をわしゃわしゃと撫でる。その顔はとても嬉しそうだ。


「ちょっと、何するんですか・・・!」

「二人はお似合いだな〜と思ってよ。」

「何言ってるんですか!?」

「兄貴が言うんだから間違いないだろ。もっと喜べよ。」


だからこそ戸惑うでしょうよ。


「揶揄わないでくださいよ・・・。」

キヨはクククと笑うのみだ。

例え揶揄っているだけだとしてもキヨにお似合いだと言われると悪い気はしない。


なぜならキヨが西宮を最もよく知っている人物だろうからだ。

そんな彼に言われたら、そんなはずはないのにそんな気がしてしまう。


「まあでも、俺と伊織のラブラブっぷりには当分敵わないだろうけどな。」

ああ、遂にこの人自分で言ったよ。妹とラブラブだって口にしたよ。

否定はしないけどね。


「今日もシスコンですね。」

「新太は俺に随分と遠慮しなくなったな。」

会うたび揶揄われてたら遠慮しなくなりますわ。


「本当のことを言っているだけです。キヨさん程のシスコンも、こんなに仲の良い兄妹も他にいないですよ。」

「それは光栄だ。」

キヨはそう言って満足げに笑った。



基本おちゃらけているキヨだが、仕事になると表情が引き締まりこちらまで緊張してしまう。


なんてことない会話でモデルの緊張をほぐし、メイクとは縁の無い俺には何が何だかよくわからない道具を使いこなして綺麗なメイクを完成させる。

俺でもキヨのメイクによってモデルの良さが引き出されているのが分かる。

これはもう魔法だ。


魔法使いは撮影が始まるとメモを取り始める。途中でメイクを直してまたメモを取る。これの繰り返しだ。

その表情は真剣そのもので、美しいとさえ感じる。


仕事が終わって車に戻ればいつものキヨだ。

「新太、まだ時間ある?」

「はい、大丈夫です。」

「この後、志乃の撮影にも行くから一緒に来てくれ。」

また志乃とキヨの絡みが見れるのか。

しめしめ。


「わかりました。」

こうして本日二つ目の撮影に向うこととなった。


スタジオに着くと既に志乃と麻里が到着していた。

志乃はこちらに・・・キヨに気がつくと口元が少し緩んだが、すぐにキリッとした表情に戻る。


同行しているとキヨはメイク中、モデルの緊張を解すためであろうにこやかに話している事が多いのだが、志乃とは特に会話をしない。

二人には独特な空気感が漂い、緊張感がある。


メイクが終わると志乃は丁寧にお礼を言い、スっと立ち上がる。

心なしかスタッフ達の顔も引き締まったように見えた。

撮影中も志乃はキリッとした表情を崩すことは無い。

笑顔がないという訳では無いのだが、スタジオは最後まで緊張感に包まれていた。


撮影が終わりスタジオを出ると志乃は目を輝かせて、キヨと当たり前のように腕を組む。


「キヨ君!」

その表情はとても幸せそうで、なんとも可愛らしい。


キヨは引っ付くなと言いたそうだが、口にはしなかった。

麻里はそれを見て案の定ニヤニヤしている。


新太の中で麻里はスーツが似合うクールな女性といった印象だったが、西宮を思って涙を見せたり、二人を見てニヤニヤしたりしている所を見た今、表情豊かで明るい女性という印象に変わっていた。


「志乃、残念だけど今日は私の車に乗ってね。」

麻里がそう言うと志乃はキヨにぎゅっと抱き着く。


「ほら、麻里さん待ってるんだから早く行きなさい。」

「キヨ君が頭撫でてくれたら行く。」

「我儘言うな。」


「・・・大好きなの。」


志乃は少し寂しそうに言って、キヨから離れようとしなかった。

キヨは大きい手で志乃の頭をそっと撫でる。


「キヨ君、大好き。」

「・・・・ありがとう。」


キヨが礼を言うと志乃はキヨから体を離して、にこっと笑う。

「キヨ君、またね!」

志乃はキヨにぶんぶん手を振りながら新太にはぺこっと頭を下げて、麻里の車に乗り込んで行った。



新太とキヨも車に乗ってスタジオを後にする。

新太は気になっていた質問をキヨに問う。


「志乃さんとのデートはどうだったんですか?」

「デートじゃないっつうの。揶揄いやがって。」

キヨは小さくため息を吐く。


「揶揄ってないですよ。志乃さんはキヨさんの事、大好きじゃないですか。キヨさんはどうなのかなって気になりまして。」

キヨは少し黙り込んだ後、静かに言った。


「志乃のそれは・・・きっと大人への憧れだろ。志乃はまだ18だからな。」


そう言ってキヨの表情は何だか苦しそうに見えた。


「憧れですか・・・。」

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