ウチの!席!!

遊園地に行くのは一ヶ月後となった。

何でも西宮のモデル業が少し忙しいらしい。

コンビニのシフトもこの一ヶ月は少ないとの事だ。

新太は今まで多い時は週に三日、西宮を迎えに行っていたのだが、今月は週に一度行くか行かないかである。

その為、顔を合わせる事は少なくなった。

一人で帰ることが増えた途端、バイト帰りのパチンコが復活を遂げた。

お気にの台の前に座って、深呼吸する。最高に紙煙草を吸いたいのにそれは叶わない・・・。

税金をいくら収めたって、こんなちっぽけな願いすら叶わないんだ。

電子タバコで我慢して、玉を弾く。

この時だけは何もかも忘れられるのだ。


半月ほど経ったある日、キヨから新太にLINEが入った。

(明後日手伝いに来てー。)

そしてついに名だけ知った彼女と対面する事になるのだ。


二日後、キヨの事務所で準備を済ませ、車に乗り込む。

「新太、絶対助手席から降りるなよ。」

「どうしてですか?」

「モデルを迎えに行けばわかるよ。」

「今日は西宮さんの撮影じゃないんですか?」

「伊織は麻里さんと一緒に来るよ。今日はもう一人いるんだ。」

20分程車を走らせるとアパートの前に到着した。

「マジで絶対に助手席から動くなよ。何があってもだからな。」

キヨは新太にそう念押しすると車を降りた。

「これから何が起こるっていうんだよ・・・。」


五分ほどすると荷物を持ったキヨが出てきた・・・女の子と腕を組んで。

「あの子がもう一人のモデルの子・・・?」

黒くて長い髪に色白の綺麗な肌。手足が長くスタイル抜群だ。

キヨは車の後部座席に荷物を乗せると足速に運転席に乗ろうとする。

すると彼女はキヨにぎゅっと抱き付いた。

「オーマイガー・・・。」

キヨはそんな状況なのに照れは一切ない。慣れているようだ・・・。

彼女をそっと体から離すと運転席に乗り込んだ。

そして助手席のドアがガチャっと開く。

「ここ、私の席です!」

「え?」

「ウチの!席!!」

彼女はそう言って新太の腕を掴む。

「早く降りてください!」

「え?ちょっと?!」

どういう状況ですか?全く理解が追いつかない。

「志乃!新太の事引っ張るな。早く後ろ乗って。」

しの・・・?

「あ!ギャル娘さん!」

新太は思わずそう口走ってしまった。

志乃は新太の腕を離すと顔をじっと見つめる。

「あの・・・その・・・。」

ギャル娘さんは流石にまずかったよな・・・。

しかも全然ギャルっぽくないし。

「貴方が噂の新太さんですか!ウチ・・・私は東堂志乃です。」

志乃はニコッと笑う。可愛らしい笑顔だ。

「志乃、早く後ろ座って。遅刻する。」

「やだ!キヨ君の隣じゃないと乗らない。」

「我儘言わないの。早く座りなさい。」

キヨが説得しようにも志乃は一歩も引かない。

やがてキヨは小さくため息をつく。

「新太、ごめん。後ろ乗ってもらえる?」

キヨがそう言うと志乃は丸い目をキラキラと輝やかせた。


こうして結局志乃が助手席に座った訳だが、その後の車内は凄かった。

「大好き!」

「デートして!」

「ぎゅーして!」

こんな調子で、志乃からキヨへのラブコールが止むことは無かった。

30分程でスタジオに到着すると、駐車場に車を停める。

志乃は一番に車を降りると運転席のドアの前でキヨが降りるのを待つ。

「キヨさん、愛されてますね〜。」

「揶揄うんじゃねーよ。」

キヨが車を降りると、志乃はぎゅっと抱き付く。

「ほら、もう行くぞ。」

「ちょっとだけ。」

キヨは何も言うことなくただその時を待った。

少しすると志乃はキヨからそっと体を離してニコッと笑う。

「大好き!」

志乃はキヨにそう言うと、スタジオに向かった。


スタジオにはすでに西宮と麻里の姿があった。

「麻里さん、伊織さん、おはようございます!」

「志乃ちゃんおはよう。」

「おはよう。早速だけどキヨ、伊織からメイクをお願い。志乃は着替えて来て。」

麻里の指示でそれぞれ動き出す。

志乃が着替えに向かうと、麻里がキヨに問う。

「今日はどうだったの?」

「いつも通りです。」

「あら、そう。相変わらずモテ男って訳ね。」

「揶揄わないでくださいよ。」

「私は志乃ちゃん応援してるんだけどな〜。」

「伊織まで・・・。」

妹公認とは強いな。

しばらくすると志乃の着替えが終わったようだ。

伊織の隣の席に座り、メイクの順番を待つ。先ほどまでラブコールやら抱き付いて甘えていた人物とは到底思えないほどに静かである。

西宮のメイクが終わってキヨが志乃のメイクを始めるが、志乃は静かなままだ。一切口を開かない。


「はい。完成。」

「ありがとうございます。」

志乃の雰囲気はグッと大人びて、凛とした女性と言った感じだ。

何だかこう・・・

「目で追ってしまうでしょう。」

「え?」

声の主は麻里だった。

「志乃はうまく説明できないけれど、人を惹きつける魅力があるわ。とても18歳とは思えないでしょう。」

麻里はそう言ってふっと笑う。

「現場に入る前はあんな感じだったけど、現場に入るといつもこうなのよ。なんだかんだしっかりしてるわ。」


撮影中も志乃は18歳らしさというものを一切感じさせなかった。

凛としていて、オーラがある。こういうのをカリスマ性というのだろう。

まあ、新太は勿論、西宮に目を奪われる訳だが。

それでも志乃のカリスマ性を肌で感じた。


撮影が終わって、皆んなで駐車場に向かう。

スタジオを出ると志乃がすかさずキヨと腕を組む。

「引っ付くなっていつも言ってるだろ。」

「キヨ君としかくっつかないもん。」

麻里と西宮はニヤニヤして見ている。この人たちは本当に仲が良いんだな。

「新太君は帰りこっちの車乗ってね。私達は三人でご飯でも行きましょう。」

麻里はニッコニコでそう言う。楽しんでるなこの人。

「私もご飯行きたいです!」

志乃がそう言うと麻里はニヤニヤしながらキヨの方を見る。

「志乃はキヨと行ってらっしゃいよ。」

「でも、キヨ君いつもご飯行こうって言うとダメって言うもん・・・。」

志乃はそう言って俯いてしまった。

ここで一同、キヨをじっと見つめる。思いは一つだ。

(((絶対連れて行けよ。)))

そんな思いが通じたようで、キヨは少し迷った様子ではあったが、しばらくすると口を開いた。

「何食いたいの?」

キヨがそう聞くと志乃はパッと顔を上げる。

「お肉!」

その時の志乃の笑顔は、18歳らしい無邪気なものだった。

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