波乱

キヨの事が大好きだというギャルは気になるが、とにかく今は西宮の撮影だ。

「伊織。」

「ん?」

「本当に今日の仕事、受けて良かったのか?」

キヨがそう言うと西宮は一瞬俯くが、直ぐにパッと顔を上げてニッコリ笑う。

「当たり前じゃん!だって雑誌で特集組んでもらえるんだよ!」

「・・・何かあったら直ぐに言うんだぞ。」

「うん。ありがとう。」

車内に何とも言えない緊張感が走る。

新太には何が何だかさっぱりだが、何だか波乱の予感だ。

少しすると現場に到着した。今回は屋外での撮影のようだ。

「新太、衣装持って。」

「はい。」

荷物を持って五分ほど歩くとスタッフ達が撮影の準備をしていた。

今回は男性のスタッフもいる。

「じゃあ着替えてくるね。新太君、衣装ありがとう。」

西宮は着替えに向かった。

「新太。」

「はい?」

「伊織をよく見ていてくれ。」

「え?」

「頼む。」

いつもふざけてばかりのキヨの真剣な眼差しに新太はたじろいだ。

「・・・はい。」


「じゃじゃーん!」

例のごとく着替えた西宮が可愛い効果音で登場した。

すると男性スタッフ達の視線は西宮に集まる。

それに気がついた西宮はキヨの後ろに隠れて、キヨの服をぎゅっと握る。

キヨが男性スタッフ達をぎろりと見ると彼らは慌てて仕事に戻る。

スッタフさんて綺麗な人を見慣れてる物だと思ったけど・・・。可愛い効果音にやられたのかな。

それにしても今日のキヨは何というか・・・威圧感がある。


「七瀬さん、入られまーす!」

七瀬・・・あの七瀬なのか?

確認しようと声のした方を見ると、すらっと背が高くビシビシとオーラを放った男性が歩いていた。隣にはマネージャーらしき女性も一緒だ。

男の俺からしても眩しい彼は間違いない、有名モデルの七瀬晴翔ななせはるとだ。

その甘いマスクと抜群のスタイルで特に10代〜20代の女性から絶大な支持を受け、自身のYouTubeの登録者数は驚異の80万人越えを誇る、21歳。

YouTubeでの誠実な人柄や仕事でへの直向ひたむきな姿勢により、人間性も高く評価され、今じゃテレビにも引っ張りだこの超売れっ子だ。

と最近テレビで紹介されていた記憶がある。

キラッキラのキラッキラって感じかな。

自分より年下だって思うとちょっと悲しくなってくる。

七瀬は西宮とキヨに近づくと微笑んだ。

『お久しぶりです、西宮さん。本日はよろしくお願い致します。』

「・・・よろしくお願い致します。」

西宮は少し小さな声で言葉を返した。

『お兄様もご一緒とは光栄です。よろしくお願い致します。』

「こちらこそ。」

キヨがそう返すと七瀬は再びニコッと笑って去っていった。

「七瀬晴翔すっごいイケメンですね。僕、テレビに出てる人を生で見るの初めてです。」

「・・・そうだな。」


予定通り撮影は始まった。

『西宮さん。もう少し僕に寄ってください。』

「・・・はい。」

七瀬のポージングには迷いは一切感じない。

西宮やスタッフ達にも要望や時に指示を出し、撮影の主導権は完全に七瀬のものだ。さすがトップモデル、堂々としている。

スッタフ達も思ったよりスムーズすぎたのか何だかバタバタしているように見える。


「一旦、休憩挟みます。」

スタッフの掛け声で休憩に入ると西宮は新太とキヨの方へ向かおうとする。しかし七瀬がそれを制止した。

『西宮さん、少しお話ししましょう。』

「ごめんなさい。メイクを直したいので。」

『まだ時間はあるじゃないですか。少しだけで良いので是非、お話ししたいです。』

西宮が黙り込んでいるとキヨが二人の間に割って入る。

「メイクを直しますので。」

七瀬はキヨにニコッと笑いかける。

『そんなに怖い顔しないでください。では、西宮さんまた後で。』

七瀬は颯爽と西宮の元を後にした。

「伊織、大丈夫か?」

「うん。ありがとう。」

メイク直しは和やかな雰囲気で行われたが、問題はその後だった。

「よし、できたぞ。」

「キヨ、ありがとう!」

すると再び七瀬が西宮に話しかけて来た。

『西宮さん。お話ししましょう。』

「・・・もう撮影が再開する時間ですから。」

『それだったら問題ありません。休憩時間を伸ばして貰いましたから。』

マジかよ。トップモデルだとそんな要求までできちゃう訳?

キヨが再び割って入る。

「伊織は撮影に集中するために休憩しているんです。そっとしておいて頂けませんか?」

『せっかく一緒に撮影をしているんです。モデル同士、親交を深めることも重要ではありませんか?』

七瀬はそう言うと西宮の腕を掴む。

『あっちで二人でお話ししましょう。』

そして七瀬は西宮の耳元で確かにこう言った。

『僕と親交を深めておくに越したことはありませんよね?西宮さん、わかってるでしょう。そろそろ諦めてくださいよ。』

小さい声ではあったが確かに聞こえたんだ。そして七瀬が掴んでいる西宮の手は震えていた。


俺の手は勝手に動いていた。


新太は西宮を掴んでいる七瀬の腕を掴む。

「七瀬さん、その手離してもらえますか?」

『失礼ですが、どちら様ですか?』

「前野新太です。」

七瀬はマネージャーの方を見る。マネージャーは何か資料を確認して首を横に振った。

『一般人の貴方がなぜこのような場所にいらっしゃるんですか?』

「まずは手を離してください。」

『離すのは貴方ですよ。一般人・・・前野さん。』

「七瀬さんが離せば僕だって離します。男の腕を握る趣味はありませんから。」

七瀬がゆっくりと西宮から手を離したので、新太も手を離す。

「新太君・・・。」

「西宮さん、大丈夫ですか?」

西宮はこくんと頷いてみせる。

『大丈夫かなんてまるで僕が悪者みたいじゃないですか。心外です。』

「西宮さんが嫌がってるのをわかっていたんだから貴方は悪者ですよ。」

それを聞いた七瀬はクスクスと笑う。

『面白い人ですね。』

そう言うと七瀬は顔からふっと笑顔を消して、新太にグイッと顔を近づける。

『僕に恥をかかせたらどうなるかわかっていないようですね。』

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