ずるい

あの電話から一週間程経った。

キヨからLINEが届いている。

(明明後日、また雑用来て。)

まさかまた声が掛るとは。


そしてその日はやって来た。

今回はキヨの事務所ではなく、集合場所は西宮の家の前だ。

6時55分。

新太が到着すると、丁度キヨの車がやって来た。

「おはようございます。」

「おはよー。朝から悪いな。」

「いえ。」

「じゃあ早速伊織にメイクするから中入るぞ。」

え?今なんて??

「えっと・・・今中入るって・・・。」

キヨは当たり前のように合鍵を持っていて鍵を開ける。

いやいやいやマジかよ。

え?俺も入るの???

「僕は外で待ってますので・・・。」

「なーに緊張してんだよ。仕事なんだから、さっさと入って。今日はちゃんと伊織にも言ってあるから。」

ほう。電話の件で少しは反省したみたいだな。ならばまあ安心出来るか。

緊張しないわけないけど。

「新太は本当にわかりやすいよなあ。」

キヨがそう言って悪戯に笑う。

本当にこの人は・・・。

「美容師さんごっこ。」

「な?!」

新太の言葉にキヨは頬をほんのり赤く染める。

「貴様、何故それを知っている・・・!?」

俺はただ不敵に微笑んで見せた。いつものお返しだ。

キヨはそれ以上は何も聞かずに頭を搔くと、家の中に入る。


「伊織ー、大好きな大好きな兄ちゃんが来たぞ〜。」

キヨが懲りずに玄関からそう言うと、西宮が小走りで玄関までやってきた。

「キヨー!!」

「お、今日はやけに素直だな。よし、兄ちゃんの胸に飛び込んで来なさい!!」

キヨはそう言って嬉しそうに両手を広げる。

「キヨー!助けて!キッチン!」

キッチン??

西宮がそう言うとキヨは両手を下ろしてがっくしと肩を落とす。

「何だよ・・・そう言うことかよお・・・。新太、荷物運んでおいて。」

キヨは残念そうに言うとキッチンに向かっていった。

「西宮さん、大丈夫ですか?」

新太がそう聞くと西宮は首を横にぶんぶんと振る。

「虫・・・。」

「ムシ?」

「虫・・・。」

そういう事か。

「新太君、虫平気?」

「はい。」

「来て。」


「お邪魔します。」

まずはリビングに荷物を置く。

物は少なめで整頓されており、とても綺麗な部屋だ。

キッチンとの区切りは無く、キヨが虫を捜索している様子が窺える。

「どこにも居ないよ。どんな虫?」

「黒くて大きくて飛びそうだった!」

「伊織の大きいはいつも大きく無いんだよなあ。そのうち出て来るだろ。先にメイクしちゃおう。」

「やだ!ちゃんと探して!」

西宮はそう言って新太の後ろに隠れている。相当虫が苦手なようだ。

「仕事遅れちゃうだろ。我儘言うな。」

「やだ!」

「全く・・・。」

キヨは捜索を続けるが一向に見つからない。

「あの、もしよろしければ僕が探しますが・・・。」

「良いの?」

「その間にメイクしたらお仕事にも支障ないですよね?ただ僕が家の中をうろちょろすることになってしまうので、西宮さんが嫌でなければの話ですが・・・。」

新太がそう言うと西宮は新太の手を両手で握る。

「ありがとう・・・!是非、お願いします・・・!」

新太はドキッとする気持ちを何とか抑える。

「必ず見つけ出します。」

こうしてキッチンとリビングの捜索を開始した。

キッチンはキヨも一通り見ていたし、軽く見たが居そうにない。そうとなればリビングか。

改めてリビングを見渡してみると、たくさんの写真が飾られている。あまりジロジロ見るのも悪いかと思うのだが、少しだけ・・・。

多くは西宮とキヨが一緒に写っている。

二人ともすごく楽しそうで、幸せそうだ。多分、いや100%西宮が写真を飾るたびにキヨがニヤニヤしているに決まっている。

それにしても本当に美男美女だ。

二人のことを日頃から見ていると兄妹だなあと感じるけれど、二人をよく知らない人達の大半はカップルだと認識するだろう。

距離も近いしな。

まあ、怒られそうなので、西宮の前では決して言えないのだが。

その時、何だか胸がズキッとした。


「ずるい・・・。」


その後10分程捜索して無事に虫は見つかった。報告すると西宮はほっとした表情だ。

「新太君、ありがとう!」

「いえ。」

「伊織、動かないで。」

「ごめんなさい。新太君、くつろいでてね!」

「ありがとうございます。」

リビングのソファーに座らせてもらいながら二人の様子をじっと見る。

「リップの色、どっちが良い?兄ちゃん的にはこっちの赤が衣装にも撮影の雰囲気にも合ってると思うけど。」

「じゃあその色にする。」

「おっけー。」

メイクが完成すると西宮は鏡をじっと見て、それはもうニッコニコだ。

「ありがとう!」

「やっぱり兄ちゃんは天才だろ。」

「メイクだけはね。」

「何だと?!そんなこと言うと美味しいご飯連れてってやらないからな。」

「お兄ちゃんとご飯行くの楽しみなのに。もう連れてってくれないの?」

西宮がそう言うと、キヨは嬉しそうに西宮の頭を撫でる。

「兄ちゃんが何処へでも連れて行くからな。遠慮しないで何でも言いなさい!」

今日も良いシスコンっぷりだ。

「新太。そこの衣装、車に入れといて。」

「はい。」


三人は車で撮影現場に向かった。

「今日、麻里さんはいらっしゃらないんですか?」

「うちは小さい事務所だから、モデル二人にマネージャー一人っていう体制なの。麻里さんは今日、志乃ちゃんっていう子の撮影に行ってる。」

「だからこのできるお兄様がメイク兼・マネージャーって訳さ。」

なるほど。キヨの減らず口はさておき、色々大変なんだな。

「志乃ちゃん今日大丈夫かな。」

「大変なのはあのギャル娘じゃなくて麻里さんだろ。」

「志乃ちゃん、キヨが居ないとエンジンかかるの遅いもんね。キヨの事大好きだからなあ。」

キヨの事が大好きなギャル娘だと・・・?

駄目だ。いつもキヨの隣には西宮がいるから、キヨの隣にギャルがいるところなんて全く想像がつかない。


これは・・・気になるなあ。



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