会いたい

キヨとグータッチを交わしたところで西宮がゆっくりと顔を上げる。

「伊織、大丈夫か?」

「・・・うん。」

眠たそうに目を擦る西宮の可愛いさは最早、説明するまでも無いだろう。

タイトルをつけるなら『天使の目覚め』だ。異論は認めない。

「ほら、水飲みな。」

「・・・うん。」

西宮はゆっくりと水を飲むとキヨの方をぼーっと見る。

「今日の夜・・キヨのご飯食べる・・・。」

「なんで?」

「キヨのご飯好き・・・。」

「作るのだるいだけだろ。」

キヨがそう言うと西宮はキヨの服の袖をキュッと掴む。

「お兄ちゃん・・・。」

「よし、お兄ちゃんがヘルシーで最高に美味しいご飯を作ってやろう。」

これはシスコンにもなるよな。こんなに可愛い妹がいたら誰でもそうなるわ。ご飯くらいいくらでも作るわ。


西宮がまだ眠たそうなので、食事会はお開きになった。

新太が後ろの席に座ると西宮がその隣に座る。それも体が少し触れる距離だ。新太の心臓はドキンとなった。

「新太君・・・。」

「はい?!」

「隣だ・・特等席。」

西宮はとろんとした目でそう言った。新太の心臓はいつかの日のように爆発してしまいそうだった。

西宮はそんなことはお構いなしに新太の肩に頭を乗せ再び眠る。

すると運転席からカシャっというシャッター音が聞こえた。音のした方に視線を移すとキヨがニヤニヤとこちらを見ていた。

「まーた揶揄いがいのある写真ゲットしちゃった〜。」

「ちょ?!何してるんですか?!」

「可愛い妹とたじたじな弟の写真を撮っただけだが?」

だからまだ早いってば!と言いたいところだが、どうせまた揶揄われるだけなので言わなかった。

西宮はそんなこと知る由もなく、すやすやと眠っている。

「新太は凄いな。」

揶揄っていたはずのキヨが急に感心した様子でそう言った。

「何がですか?」

「いや、こっちの話。」

キヨはそういうと車を走らせた。

「新太の家どの辺?」

「西宮さんの家で解散で大丈夫ですよ。そんなに遠くないので。西宮さん起こしちゃうと悪いですし。」

「まあ途中で降りるのも勿体無いもんな〜。」

キヨの顔は見えないが絶対にニヤついている。

本当に人を揶揄うのが好きなんだな。

まあ良いけども。

40分ほど車を走らせ、西宮の家の前に到着した。

「伊織のこと起こして。」

「西宮さん、お家つきましたよ。」

新太が声を掛けると西宮はパチッと目を開けて頭を上げる。

「お家・・・?」

寝起きであまり状況を理解出来てないようだ。可愛い。

「ほら、二人とも車降りて。」

言われるがまま車を降りる。

「じゃあ僕は帰ります。ここまで送って頂いてありがとうございます。」

新太がそう言って帰ろうとすると西宮が新太の腕を掴む。

「西宮さん?」

西宮は新太にぎゅっと抱き付いた。

「え?ちょ?!」

それはやばいって。やばすぎるって。

西宮が夜道で襲われていた時、こんなシチュエーションだった気がするが、その時はただ必死だったので変に意識することは無かった。

だが今は違う。色々意識しまくりだ。

モデルということもあり、もう少し華奢なイメージだったが、実際は思ったよりもその・・・柔らかくて女性らしい体付きだ。

長くて綺麗な髪の毛からはほんのりシャンプーの匂いがした。

自分がどんな表情をしているのかなんて想像もしたくない。

とにかく顔が熱って仕方なかった。抱き締めるなんて恐れ多くて出来そうにない。

西宮はしばらく新太に抱き付いた後、そっと体を離す。

「またね。」

まだ少し眠たそうな目をしながら新太に小さく手を振る。

「・・・はい、また。」

新太がそう言うと西宮はキヨの方に駆け寄る。

「本当に伊織は兄ちゃんのことが好きだなあ。」

キヨがそう言うと西宮はキヨからぷいっと顔を背けるが、それとは裏腹にキヨの服の袖をキュッと掴んで離さない。気持ちが滲み出ちゃってるよ。全く可愛いんだから。

二人が家に入った事を見届けた新太はその場にへたり込む。

「俺の事、殺す気でしょ・・・。」

心臓がやけに騒がしいのでしばらく動くことができなかった。


西宮の家からの帰り道はいつもとても静かだ。だからこそ余計なことばかり考えてしまって気が滅入ったりする。

余計なことっていうのはやっぱり将来への不安かな。

だって不安に思ったところでだ。どうせもう落ちるところまで落ちてるわけだし、考えたって何も変わりはしないのだから。

そんな事を考えているといつも不思議と西宮のことが浮かぶ。


「新太君」


そうやっていつも笑顔で嬉しそうにこんな俺の名前を呼んでくれるんだ。

近づいたらいけないって思っているのに、それ以上に離れたくなくて結局近づいてしまう。そしてもっと離れられなくなる。

近づくたびに好きだと実感する。自分と彼女の遠さに絶望する。

触れようと思ったら触れられる距離にいるはずなのに、何故こんなにも遠いのか。

もっと一緒にいたいのに。触れたくて仕方が無いのに。

好きの気持ちもドロドロとした暗い気持ちもただただ大きくなっていくだけ。

止められない。だってもうすでに深い深い沼にハマっているから。

だってまだ別れて10分も経っていないのにもう会いたくてたまらない。

屈託のないその笑顔が見たくて仕方ない。

隣にいたい。

でも俺みたいな社会の底辺があんなキラキラした人の隣にいるなんてきっと許されない。


「会いたい。」


新太はいつもよりまずい煙草を吸いながら、雲ひとつない空に向かってそう呟いた。

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