特権
しばらくして撮影の時間になり、西宮はスタンバイする。
新太とキヨはスタジオの隅で見学できる事になった。
「よろしくお願いします。」
カメラマンの女性はテキパキと準備を進める。そういえばスタッフは新太とキヨ以外全員女性だ。華々しい。
その中心で輝く西宮を新太はじっと見つめる。
「新太は本当に伊織の事好きだな。」
「何ですか急に・・・!」
「だって本当の事だろ。」
「キヨさんこそ西宮さんの事、大好きじゃないですか。」
新太がそう言うとキヨは微笑んだ。
「当たり前だろ。妹なんだから。」
「僕、一人っ子なので羨ましいです。」
新太がそういうとキヨは新太の肩をバシッと叩く。
「俺ら、もう兄弟みたいなもんだろ。お兄様って呼んでいいぞ。」
「え?!いや、それはちょっと早いって言うか・・・!」
そう言うのは段階を踏んでから・・・って何を考えているんだろうか。
「早いって事はいずれそう呼ぶ予定ってことか。」
キヨは新太の心の内を見透かしたかのようにそう言ってニヤリと笑う。
「すぐ揶揄う・・・。」
「伊織も新太も揶揄いがいがあるからな。」
撮影が始まると打って変わって西宮はキリッとした表情を見せる。最高にクールだ。
カメラマンやスタッフ達と話しながら色々なポーズを決めていく。
その姿はまさしくプロだった。気に入らなければ何枚でも取り直しをお願いする。妥協は一切ない。
新太はそんな西宮の姿に釘付けだ。
やっぱり自分には遠い存在だ。そう思わすにはいられなかった。
「かっこいい。」
1時間ほどで撮影が終わり、ちょうどお昼時だ。
「キヨー!!焼き肉!!」
「え?今から行くのか?」
「お腹すいた。焼き肉しか受け付けない。」
「わかったよ。どこの焼肉が良い?」
「お高いところ!」
「お前なあ・・・。そこはお願いします、お兄様だろ?」
「お兄ちゃん、連れてってー。」
西宮が棒読みでそう言うとキヨは嬉しそうな顔をする。
「よし、お高いところ行くぞ。」
「やったあ!」
なんてちょろい兄なんだろう。シスコン代表みたいな男だ。
「新太君も片付けとか色々ありがとう!一緒に行こう!」
「いや、でもここは兄妹で仲良く行かれた方が。」
「お兄様と呼べと言っただろ。」
いや、だからそれは段階を踏んで・・・じゃなくて・・・
「ほら、行くぞ。兄弟。」
新太の気持ちはお構いなしにキヨは新太の肩をバシッと叩く。
仕事がある麻里とはスタジオで別れ、三人はキヨの運転で焼肉ランチに向かう。
「よし、伊織。もう一度お兄ちゃんって呼びなさい。」
「何でよ。嫌だ。」
「何でだよお・・・。」
キヨはしょんぼりする。どうやらお兄ちゃんと呼ばれるのが嬉しいらしい。可愛いところもあるではないか。
程なくして三人は高級焼肉店に到着した。
「新太、何飲む?ビール?」
「私、今日こそレモンサワー!」
「伊織は酒禁止。て言うかまだ昼だぞ。」
「明日休みだから良いの!夜ご飯も明日のご飯もしっかり調節するもん!この前、我慢したもん。」
「駄目だ。」
キヨがそう言うと西宮はキヨの目をじっと見つめる。
「お兄ちゃん、お願い。」
「よし、レモンサワーな。」
ちょろいなあ。新太は心の中でそう呟かずにはいられなかった。
「俺は烏龍茶にしよー。新太は?」
「僕もレモンサワーでお願いします。」
こうして三人の食事会はスタートした。
「先に言っとくけど、キヨは自分で焼いてね。」
「何でだよ?!大好きなお兄ちゃんに焼いてあげよ♡って気持ちはないのか?」
「無いよ。自分で焼いて。」
西宮はキヨに対して容赦無い。気を使わず存分に甘えられる特別な存在なのだろう。
「な?!」
「新太君、いっぱい食べてね!」
「ありがとうございます。」
「ああー、俺の肉!!」
キヨが嘆いていると西宮がキヨの皿に焼いたカボチャをたくさん乗せる。
「ああ!焼き加減わかんないやつ!焼けてないって思って放置するといつの間にか焦げてるやつ!」
「西宮さん、焼肉でどの部位が一番好きですか?」
「タン!」
西宮がそういうと新太は西宮の皿に沢山タンを乗せる。
「やったあ!ありがとう!」
「ああー、俺の肉があ・・・。」
再び嘆くキヨを見て新太は笑いを堪えきれなかった。
楽しそうな西宮だったが、レモンサワーを半分ほど飲んだところでテーブルに伏せる。
「西宮さん、大丈夫ですか?」
「寝てるだけだから大丈夫だ。だから禁止って言ったのに。」
そう言いながらキヨは自分の羽織っているシャツを西宮にそっと掛ける。
「相変わらず酒弱いなあ。」
キヨは仕方ないなあと言う顔をしながら西宮の綺麗な髪を顔から除けるように撫でる。西宮の寝顔はそれはもう美しい。長くて綺麗なまつ毛に思わず目を奪われる。
「そうだ、今のうちにいいもの見せてやるよ。」
キヨはそう言うと携帯を新太に見せる。
「な?!?!」
そこには高校のジャージ姿の西宮が写っていた。前髪は眉毛が見えるくらい短いからか幼さがある。
「可愛いだろ。」
新太は顔を真っ赤に染めてこくんと頷く。
「欲しいか?」
「え?!いや、それは流石に西宮さんに悪いので・・・。」
新太がゴニョゴニョ言うとキヨが新太にデコピンをする。
「ばーか!くださいって言われたって、やらねえよ!見せびらかしただけ〜。」
キヨは悪戯に笑う。趣味は人を揶揄う事なんだろうな。
「俺は伊織のことよく知ってる。何が好きで何が嫌いかとか、どんな音楽を聞くとか、小説が好きで漫画が苦手だとか、何考えてるかも何となく分かる。俺は兄貴だからな。」
キヨは西宮の写真をじっと見ると、携帯を閉じて新太の目を真っ直ぐに見る。
「でも俺は何でも知ってるわけじゃない。新太にしか見せない顔がきっとあるだろう。それは新太だけの特権だ。だから伊織の事しっかり見てやって。」
そう言うキヨの目はあまりにも真っ直ぐで優しかった。西宮を大切に思う気持ちがすごく伝わってくる。
「まあ、今のところ俺の方が伊織のことなーんでも知ってるけどな!お兄様だからなあ、俺。」
シスコンだ。生粋のシスコンだ。ここまでくると清々しいよ。最高だよ。いい兄貴だよ全く。
「とにかく伊織の事、ちゃーんと見ておけよ。じゃないとぶっ飛ばすからな。」
キヨは右の拳を新太の前に突き出した。
新太はそれに応えるように自身の右の拳を出して、こつんとタッチする。
「わかってんじゃんか。」
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