ライバルですか?

大海原に小さな船で漕ぎ出したあの頃。不安は大きかったものの、それなりの期待や未来への希望が確かにあって、オールを止めることはなくただ必死に漕いでいた。


皆スタートは一緒で成果を上げたものからだんだんと船は大きく頑丈になり、あらゆる物を背負いながら前へ前へと進んでいく。

それがこの社会の正規ルートだ。


だが正規ルートを辿れない者だって一定数存在する。


オールを止めてしまう者、船が転覆してしまう者、サメに食われる者、海に身を投げる者。

光はだんだんと見えなくなり、暗い海の底にゆっくりと沈んで行く。

俺はこうして社会の底辺になった。



「ねえ、新太君聞いてる?」

「え?あ・・・すみません。」

「疲れてる?大丈夫?」

「大丈夫です。ありがとうございます。」

映画デートから数日が経ち、いつも通りバイトの行き帰りは二人一緒だ。


「それでね今度、遊園地に撮影に行くの!遊園地なんて学生の時一回行ったきりでさ、仕事なのになんかワクワクしちゃう!」

西宮はキラキラした目で楽しそうにそう言った。


「新太君はジェットコースターとか好き?」

「結構好きです。西宮さんは好きですか?」

「私は苦手・・・。でも撮影の時に写真だけじゃなくて動画も撮るらしくて、ジェットコースター乗らないといけないの・・・。」


西宮の眉毛は八の字になっていて、相当苦手なことが伺える。

表情がコロコロ変わるところもすごく可愛い。

そんなことを思っていると、背後から声がした。


「伊織。」

西宮と新太が振り向くとそこには20代半ばくらいの洒落た男性が立っていた。


「あれ?キヨ!何してるの?」

「何って今日飯行く約束だったろ?全然電話出ないから家行こうと思って。」

西宮は慌てて携帯を確認する。


「本当だ!ごめん全然気が付かなかった。」

「別にいいよ。伊織いつも適当だから。」

「そんなことないでしょ!」

キヨと呼ばれた男性はじっと新太の方を見てニヤリと笑う。


「君が噂の新太君だろ!」


「噂の?」

「ちょっとキヨ!」

西宮は顔を赤く染め慌てた様子だ。


そんな西宮を見てキヨは満足げな顔をする。

「せっかくだし、新太君も飯行こうよ。」

「え?いや、でも・・・。」

「良いから良いから。俺の奢り。」

キヨはそういうとスタスタと歩き出してしまった。


困惑している新太の服の袖を西宮はちょこんと掴む。

「もし時間大丈夫だったら、新太君も来て欲しいなあ。」

「・・・良いんですか?」

西宮はこくんと頷く。

「一緒に行こう?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

新太がそう答えると西宮の表情はパッと明るくなった。


三人はしゃぶしゃぶレストランに到着した。

四人席に通され、キヨと西宮の向かいに新太は座る。

「新太君何飲む?ビール?サワー?」


「私レモンサワー!」

「いや、伊織は酒禁止だから。」

「え?なんでよ?!」

「伊織弱いじゃん。家まで送るの大変。」


「今日は大丈夫!今日は強い・・・気がする!」


西宮は自信満々にそう言った。

「駄目だ。て言うか良いの?新太君の前で醜態晒しても俺知らないぞ。」

それを聞いた西宮は黙って俯く。


「・・・オレンジジュースにする。」

キヨは勝ち誇った顔を見せる。


「俺は勿論ビールにするけどな!新太君は?」

「・・・僕は・・コーラで。」

「新太君、飲まない人なの?」

「え?いや・・・。」

新太が返答に困っていると西宮がニコッと笑って言う。


「新太君、気遣ってくれてありがとう。でもせっかくだし好きなの飲んで。」

新太は少し迷ったが、西宮の言葉通りにすることにした。

「じゃあ、僕もビールでお願いします。」


「かんぱーい!!」

西宮の元気な掛け声で食事は始まった。

キヨが西宮の入れた肉を鍋から取ろうとすると、西宮がその手をパシっと弾く。


「なんだよ。」

「これは新太君のお肉!」

西宮は取り皿いっぱいに肉をよそうと新太に差し出した。


「はい、新太君。遠慮しないでいっぱい食べてね!」

「ありがとうございます。」

「俺の肉は?!」

「自分の分は自分でしゃぶしゃぶして。」


「ケチだなあ。さてはあれだろ?レモンサワーの恨みだろ?」

キヨがそう言うと西宮がキヨの取り皿を手に取り、目一杯えのきをよそる。


「はい、どうぞ。」

「ああああ・・・!えのきはこう飲み込むの緊張するだろ?それをこんなにいっぱい。しかもえのきオンリーはないだろ・・・!」


「文句言うならもうよそってあげない。」

「新太!俺の肉茹でろ!」

「え?はい・・・。」


「ちょっと!新太君にやらせないで!新太君、キヨのことはほっといて良いからね。それよりお野菜も食べる?」

「食べたいです。」


「はい、お皿貸して。」

「いやいや、自分でやります。」

「だーめ!貸して。」

新太が皿を渡すと西宮は嬉しそうに具をよそる。


「西宮さんのは僕がよそっても良いですか?」

「良いの?やったー!じゃあ、お願いします!」

西宮の皿に具をよそって渡すと西宮は満面の笑みを見せる。


「ありがとう!」

西宮は嬉しそうにパクパクと頬張る。そんな姿に新太は目を奪われる。

「美味しいね。」


もうその姿はまさしく天使である。

食べてる姿がこんなに可愛いんだもん。

人間ではなくて実は天使だったんだって言われてやっと納得できるレベルだもん。


「いや、だから俺の肉は?!」

「自分でやってください。」

「新太まで俺を見捨てるのか?」

三人は笑い合った。


「ちょっとお手洗い行ってくるね。」

食事も終盤に差し掛かった頃、西宮が席を立つ。考えてみればキヨとは今日が初対面だ。二人きりは少し気まずい。


新太がそんなことを考えているとキヨが口を開く。

「で、伊織とはいつ付き合うわけ?」

「グホッ!!?」


新太は思わず咽せる。

口に含んだコークハイを吹き出さなかっただけ優秀だ。


人が気まずいなと思っているなんて知りもしないでとんでもない質問をかましてきやがった。薄々そんな気がしていたがこの人只者じゃない。


「・・・はい・・・?」

「いや、だから伊織といつ付き合うわけ?」


「どうしてそんな話に・・・?」

「だって伊織のこと好きなんでしょ。」

「え?!なんで・・・?じゃなくて、え??!」

新太が慌てているとキヨが笑う。


「新太ってわかりやすいのな。でも伊織は鈍感だからちゃんと伝えないと伝わらないけどな。」

「その・・・キヨさんは西宮さんとどう言う御関係なんですか?」


緊張気味に聞くと、キヨがクスッと笑う。


「兄妹だよ。勿論俺が兄貴な。まあ血が繋がってるわけじゃないし、歳は一緒だけどな。」


「そうだったんですか。」

「恋のライバルじゃなくて残念だったか?」

「ちょ?!何を言ってるんですか・・・!」

新太の反応を見てキヨはケラケラと笑う。


「伊織とはよく一緒に仕事するよ。伊織のメイクは俺が担当してるんだ。」

「じゃあキヨさんはメイクアップアーティストっていうご職業ですか?」

「それそれ。よく知ってるね。まあ、伊織がやってるモデルの事知りたいもんなあ〜、それは色々調べちゃうよなあ〜。」


キヨはニヤニヤと新太を見る。

「・・・揶揄わないでくださいよ。」

「じゃあ、見にくる?」

「何をですか?」


「伊織がモデルやってるところ。」





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