別世界

初デートから三日後、例の如く二人はバイト先から帰宅していた。早番だったので辺りはまだ少し明るい。

西宮の目元にはうっすらとではあるがクマができており、疲れが伺える。

「西宮さん、大丈夫ですか?」

「え?」

「なんだか疲れているように見えたので・・・。」

西宮は両目の下を手で押さえて見せる。

「やっぱり今日は化粧するべきだったよね・・・。恥ずかしい・・。」

「え?!いや、僕はただ心配で・・・!」

新太が慌てた様子でそう言うと西宮はクスッと笑う。

「ありがとう。」

西宮は目の下を押さえていた手を下ろす。

「実は一昨日大阪に行って、昨日帰ってきたの。帰りが遅くなっちゃってあんまり寝れなかったんだあ。」

「どうして大阪に?」

「撮影の仕事を頂いてたの。」

「撮影・・・?」

「そっか、新太君に言ってなかったね!」

西宮はそう言うと小走りで新太の前に駆け出して、腰に手を当ててバチッとポーズ決めて見せる。今更だが、とてもスタイルが良いので何を着ても様になるだろう。

「実は私ね、モデルなんだあ!」

「え?モデルってあのモデルですか?!雑誌とかファッションショーとかのですか??」

「そうだよ!まあ、モデルだけで食べていけてないんだけどね・・・。」

通りで綺麗なわけだ。新太は驚きもしたがどちらかというと納得した。

「通りで・・・。」

「そうだ!大阪のお土産買ってきたの!今渡してもいい?」

「良いんですか?ありがとうございます。」

「ちょっとあそこのベンチ座ろう。」

西宮はベンチに座ると自身の隣をぽんぽんと手で叩き、新太に座ってと合図する。

その可愛さに思わず口元が緩みそうになるが、とんでもなく間抜けな顔になってしまうと想定してグッと堪えた。

「はい!たこパティエ!これ美味しいから食べてみて欲しくて。良かったらご家族みんなで!」

「ありがとうございます。両親も喜びます。」

「それからこれはたこ焼きそっくりクッキー!これ見た目はたこ焼きだけど、味は甘いクッキーだよ!」

「ありがとうございます。」

「それから・・・」

「まだあるんですか?!」

「じゃーん!!アイラブ大阪Tシャツ!」

西宮は満面の笑みでそれを取り出した。

「色々見たけどこれが一番可愛かったから買ってきちゃった!あ、でも迷惑かな・・・?」

「欲しいです。」

新太は間髪入れずにそう答えた。

「本当?!良かったあ。新太君こういうの好きかわからなかったから。」

「今、好きになりました。」

「え?」

新太は西宮の目を真っ直ぐに見る。

「だって、忙しい中僕のために選んできてくれたんですよね?」

西宮は顔を赤らめながらこくんと頷いた。

「西宮さんのその気持ちが最高に嬉しいです。迷惑どころかめちゃくちゃ欲しいです、そのTシャツ。だから貰っても良いですか?」

新太は西宮に手を差し出した。

西宮は新太の言葉を聞き、とびきりの笑顔を見せる。

「ありがとう、新太君。」

「大切にします。ありがとうございます。」

「今度着たところ見せてね!」

「ええ・・・ちょっとそれは・・・。」

「あはは、嘘嘘!冗談だよ!着なくて大丈夫だよ!」

西宮が悪戯に笑う。

「袋から出すの勿体無くて・・・着られるか分からないです。すみません・・・。」

それを聞いた西宮は嬉しそうに笑った。

「そういえば今回撮影したものは何かの雑誌に載るんですか?」

「うん、二ヶ月後くらいには載る予定だよ!」

「その・・・僕が買っても嫌じゃ無いですか?」

「え?欲しいの?」

「やっぱりキモいですか?」

新太がそう聞くと西宮はケラケラと笑う。

「キモくないよ!嬉しい!あ、そうだ!」

西宮はポケットから携帯を取り出す。

「新太君、インスタやってる?これ、私のインスタ!雑誌とか載る時は告知もするからもし良かったらフォローして!」

そう言って見せられた画面はとても眩しかった。キラキラと輝いていた。そこはまさしく別世界だった。

「・・・ありがとうございます。」

新太がフォローすると、西宮はすぐにフォローバックする。

「フォローバックなんてして良いんですか?」

「新太君は特別だもん。」

西宮はそういうと新太の肩に頭を乗せて寄りかかる。

「西宮さん・・・?」

「もう少し一緒に居て。」

「・・・はい。」

二人は何かを話す訳では無くただ同じ景色を見ていた。


「・・・た・・・新太!」

「え?何?」

「何ってずっと呼んでるでしょ!ご飯できたわよ!」

「・・・ごめん、今行く。」

西宮を送り届け、帰宅した新太だったが、なんだかぼーっとしてしまう。

食卓につき、ご飯を口に運ぶと母が問う。

「何?あんた最近楽しそうだと思ってたけど、失恋でもした?」

新太は母の唐突な問いかけに咽せてしまう。

「・・・何・・急に・・。」

「帰ってきてからボケーっとしてるもん、失恋でしょ?水族館デート駄目だったわけ?」

なんでデートだってバレてるんだろうか。と言うか23の息子にそんなズカズカ聞いてくるものなのか?お土産なんて買ってくるんじゃなかったなと少し後悔した。

「ノーコメント。」

「ケチ〜。ケチはモテないぞ息子よ。」

「はいはい。」

夕食を終えて、自室に戻るとLINEの通知音がなった。見ると西宮からだった。

(お疲れ様!映画いつ行くか決めたいなと思ったんだけど、予定どうかな?)

新太は返信しなければと思いつつ、そのまま携帯を閉じてベランダでタバコを吸った。


翌日。今日も西宮とバイトに向かう為新太は西宮を迎えに行くのだが、なんだか足が重い。LINEも結局返せなかった。

西宮はもう家の外に出てきていて、新太を見つけるとぶんぶんと手を振りながら走ってきた。

「おはよー!!」

「おはようございます。」

「新太君、大丈夫?」

「え?」

「昨日LINE返ってこなかったから何かあったのかと思って。」

「・・・すみません。」

「いや、責めてるとかじゃないよ!返さなきゃいけないって訳でもないんだしさ!何も無いなら良いんだ!」

西宮はそう言って新太の目をじっと見る。

「・・・携帯の・・調子が何だか良くなくて・・・。」

「そうだったんだ!ごめんね。」

「いえ、すみませんでした。」

「じゃあ今決めない?」

「・・・そうしましょう。」


その日は映画デートの日程を決めて嬉しいはずなのに、何故か気持ちが沈んでいた。

バイトを終えて家に帰ると自室で携帯を開く。

画面は昨日フォローした西宮のインスタだ。

フォロワーは3.5万人。そこに載っている写真はいつも隣にいるほわっとしていて元気な西宮の印象とはまた違っていて、クールで大人な印象だ。最高にかっこいい。

西宮の事をますます魅力的だと感じた。だが同時に新太はこうも思ってしまったのだ。

「俺が隣にいて良いような人じゃない・・・。」

新太は携帯を置いてベッドにダイブする。

目を閉じると西宮の笑った顔や照れた顔が脳裏に浮かんだ。

「もう、こんなの・・・俺・・・。」

新太は自分の気持ちに蓋をするように布団を頭までかぶった。



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