幻想の庭に囚われて

呼京

幻想の庭に囚われて

新聞から言葉をいくつか選んで書くやつでした。

選んだもの              

名詞  英国 義務 危機       

動詞  目覚める 吹く 流れる    

形容詞 難しい 厳しい 正しい    

副詞  少なくとも さらに とにかく 

名前   渡辺元二 城戸内晴良 川瀬義業


…………。


川瀬家の庭はこの辺りではとても有名である。無料開放されているエリアには毎日多くの人が訪れる。義業様の前の代までは開放はされておらず、前当主が亡くなられて、義業様の代になってから公開は始まったそうだ。公開し始めた頃は状態の維持が難しく、捨てられたごみや無惨にも摘み取られた花の茎が至る所にあったという。しかし義業様は庭園の公開を続けた。数人の庭師だけでは手が足りず、当時義業様自身も手入れを手伝ったそうだ。過酷な仕事量に見合う多額の給料をもらっていても辛かったらしく、次々に庭師は辞めていった。

私が庭師として雇われて何年が経っただろうか。春には散りゆく桜を見て、夏には瑞々しい新緑を見て、秋になれば鮮やかな紅葉を見て、冬になると降り積もる雪を見た。何度も何度も繰り返し見た景色には全く飽きずに毎日の私の生きる楽しみとなっている。お屋敷を出てすぐに広がるのは左右対称の英国式庭園。美しい庭園を飾る花々も、設置されているものもわざわざ現地から取り寄せたものだと聞いている。しばらく歩くと噴水がある。この噴水には季節の花が浮かべられ、絵画のような美しさに訪れる人々は感嘆の声を上げながら写真を撮る。香りの強い花を浮かべると辺りを良い香りが包み込む。この噴水から右手に折れて進むと、川の流れる日本庭園が広がる。植えられているのは桜や紅葉、銀杏などで流れる時間と共に様々な風景を作り出す。噴水から反対側に折れると庭の手入れに必要なものが揃えられた管理小屋、料理長自身で世話をしている畑、暖かいところで育つものを並べた温室がある。温室のすぐ後ろには冬でも美しい緑を残す針葉樹が植えられていて、その先は公開されていない離れだ。敷地の正確な広さは私も把握していないが、少なくとも一般的に言う「豪邸」であることに変わりない。


私はいつものように一人で作業をしていた。途方もない仕事ではあるがこの庭に魅入られている私は、毎日少しずつ、決して終わりのない仕事を続けている。行きかう人々に労いの言葉を頂き笑顔で返事をする。いつもと変わりない午前中のことだった。

「久しぶりだな晴良。」

そう声を掛けられ振り返ると厳しい顔つきの男が立っていた。

「元二さんじゃないか……一体いつぶりかな。」

「さぁ、俺も解らん。……まだここで庭師をしているのか。」

「ああもちろん。この庭はもちろん義業様のものであるが、私がずっと長い間手をかけてきたんだ。今さら捨てるわけにいかないよ。」

「本当に物好きだな。川瀬もここの管理はもう義務じゃないと言っていたじゃねぇか。」

「私にとってここの庭師であることは昔から義務なんかではないさ。義業様がそうおっしゃっても私はずっとこの庭にいる。この庭が好きだからね。」

 渡辺元二。私よりも少しだけ年上の同じ庭師として一時期共に働いた男だ。ぶっきらぼうな発言といかつい顔から厳しい男だと思われがちで、使用人の間では怖がられる存在であった。見かけによらず花が好きな元二は良く仕事をし、雇われた時期は私より後だったが、年上年下という間柄、懸命に仕事をする私に度々話しかけてくれた。だが突然、別れを言う間もなくいつの間にか辞め、姿を消した。仕事が重すぎてこの庭から離れる人を数多く見てきた私は、寂しいと思う気持ちはあったが、それは既に日常茶飯事だった。明日からまた仕事量が増える。そう思うだけであった。

「川瀬が死んでもこの庭に居続けるだけあるな。」

いつもよりさらに低い元二の声が喧騒に混じって小さく聞こえた。聞き取ってしまった言葉に言い難い危機を感じた。ぞっと、背筋を冷や汗が這う。穏やかな風では拭いきれない寒気が私を取り巻いた。

「元二さん、馬鹿言わないでくれよ。義業様は生きているじゃないか。」

私は震える声で元二に尋ねる。元二は何も言わなかった。


沈黙を破るようにバラの香りを乗せた強い風が吹いた。

「……とにかく、無理はするなよ。お前が倒れちゃあこの庭どうすんだ。」

「はは……そうだね。明日はもしかしたら義業様が日本庭園の方を散歩されるかもしれないから、午後はそっちの方を手入れするんだ。明日は温室の植物を手入れして……川の落ち葉も回収して捨てなきゃいけないし、まだこの花壇の整備も終わってない。元二さんと話している時間は悪いがもうなさそうだ。またな。」

元二は睨むように見ているが、私は気に留めず管理小屋の方に歩き出す。今日の朝早く、義業様は温室で食虫植物を眺めていて、水をあげていた私に声を掛けてくださり、噴水に昨日浮かべたバラをお褒めになった。昨日は入り口近くの植え込みを刈り込んでいたら義業様が話かけて下さった。毎日義業様は私なんぞを目にかけてくれている。たった一人、庭の手入れをし続ける私をどこからでも見ていてくれる。

正しい現実には目をつぶったままの私は、この美しい庭が織りなす幻想から私が目覚めることは無いのだろう。

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幻想の庭に囚われて 呼京 @kokyo1123

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