第93話帰郷①
ダグマは用意されていた馬に跨り手を伸ばした。アデリーは見上げ、その手を取った。
雪はまだまだ残るが、道はもうすっかり姿を見せていた。春の息吹を感じられる陽射しと、冬の名残を思わせる風に包まれていた。
「本当に皆さんそれでいいのですか?」
アデリーは馬の後ろを歩く元騎士団の面々を慮り、ダグマに何度も聞いていた。アデリーは馬上にいるのに、元近衛騎士の人達が徒歩で行くなんておかしなことに思えるのだ。これには同じくニコラスの馬に乗せて貰っているロセも落ち着かないらしく「私、歩いていくほうが性に合っているんだけど」と話していた。
「いいんだ。話し合いでこうした方が相手を欺けるだろうってことになったんだから」
廃城を出たのは半日前の事だった。カリーナやベッラがアデリーを抱き締め、ベニート、カルロ、ゴーダにマリオが握手をしてくれた。そして、ロセも同じように皆と挨拶を交わしていた。ただ、ベニートとはアデリーと違ってハグを交わしてから酒は飲むなと注意し、ベニートからロセへは素直に生きろと言われていた。
そうして、出発した一行はアデリーの故郷トリダム領へと向かっていた。
「アデリー」
背中にずっとダグマの温もりを感じていた。馬に揺られ時々体が傾いたりしたときも、しっかりと抱き支えてくれている。
「はい」
「この辺りでロセを見つけたろ?」
辺りの森は雪で覆われている。木々から時折パラパラと雪が落ちていた。
「この辺りでしたか……景色が違って見えます」
ロセが森で意識を失っているのを見た時は、本当に気が動転した。あれから何年も経ったようにも思うし、つい昨日のことのようにも思える。雪が景色を変えてしまったせいもあるが、あの時のことはほとんど思い出せなかった。
「今思えば、何も知らないお嬢さんだったのに、よくロセを救えたもんだな」
「救えたもなにも……私は助けを求めるために走ったくらいで何もしていませんから」
ダグマが笑ったようだ。アデリーの背が少しだけ揺れた。
「道に迷わず真っ直ぐ廃城まで来たし、その後俺をロセの元まで連れてきたろ。よくやった方だ」
「無我夢中で。もう一度あの森に連れて行けと言われてももうわかりません」
ここまで話したところでニコラスの馬が並び「私は行けるわよ。ま、二度と行きたくはないけどね」とロセが会話に入ってきた。
「しかしロセ。なんだって今回は来たいって主張したんだい?」
ロセの背後で手綱を握るニコラスが問うと、ロセは「当然じゃない」と鼻息荒く返す。
「アデリーは私の妹同然よ。着いて行くに決まってるわ。それにあのリルがいるんですもの、私が侍女のフリをしてアデリーの事を守らなきゃ」
「おお、なんだか本物の姉妹みたいだねぇ」
ニコラスが大袈裟に驚いてみせたが、ロセは満更でもなさそうだった。そんなロセにアデリーも内心とても喜んでいた。ロセがアデリーを妹だと言うようになって、アデリーもその言葉に乗せられるようにロセを姉だと思うようになっていた。二人共実は姉妹は居ないし、ロセに至っては一人っ子らしい。だから始めは物珍しさで「姉妹ごっこ」をしている感覚だったが、次第にそれは本物のようになっていた。二人共、家族をなくしている。だからこそ、ぽっかり空いた穴を埋める存在が心地よかった。
「ねぇ、今夜はどこかに野営なの?」
ロセがキョロキョロしながら問うと、ダグマが「ああ、適当な所でな。天気も崩れることがないだろうし」と、答えた。
「でもアデリーが居るのよ。野営なんて慣れてないから辛いんじゃないの?」
確かに野営はしたことがないがアデリーは大丈夫だと答えた。
「野宿の経験は嫌ってほどしたもの。それより皆が居る分、天国だわ」
故郷から逃げだして廃城につくまで、何度も野宿せざるを得なかった。夜の森の恐ろしさを体験した今は、一人で野宿をするなら家畜小屋でもいいから民家の近くに寝泊まりしたいと思っている。森のざわめき、獣たちの遠吠え。生きた心地なんてまるでしなかった。
「そりゃ良かった。敵には我々が金がなく交渉もする価値のない相手だと思わせておいたほうが好都合だしな」
ダグマがそう言うと「そうなの?」とロセが真っ先に疑問を投げた。
「相手の力を過小評価してる奴ほど無防備だしな」
ニコラスがダグマの代わりに答えた。
「ふーん。覚えておくわ。何かに使えそうね」
ロセはニコラスにその後こんな状況だったらどうかと、商売にどう活かすか熱心に聞いていた。ニコラスもそんなロセに商売の駆け引きなどを指南していて話が弾んでいたのだった。
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