第92話裏切り者⑤
特に暴れたりすることもなく去っていくリル一行が完全に遠くに行ってから、門を開けて親書なるものをトニが持ってきた。
トニからダグマの元へと渡った親書。くるくると解かれるとニコラスが松明を掲げ手元も照らし出した。
「イリーヤ領主ゴートンの署名が……」
アデリーも一緒に覗き込んでいたことにダグマが気がついて、紙を元通りに丸め始めた。
「もう読んでしまいました」
ダグマがアデリーに読ませたくなかったのは直ぐにわかった。なぜならその親書という名の脅迫状には今すぐにアデリーを差し出せば他の民には手を出さないでやると記してあったのだ。尊大な物言いで腹立たしい文章だった。
「文字を読めるのか」
トニはアデリーが文字を読んだことに驚いていたが、他の二人は知っていたので困った顔をしただけだった。
「とりあえず、暫くは奴らも戻ってこないだろう。皆に食事をとらせて休ませる」
ダグマはそう言うとニコラスが手にしていた松明を見上げ、そこに紙をかざした。直ぐに紙に火がついて燃えだす。ゆらりと炎を上げた紙を足元に落とすとすっかり燃えるまで皆で見下ろしていた。
「食事をとったらお前らは俺の部屋へ。アデリーはいつも通りロセ達と一緒にいろ」
ダグマがそういうと、トニが男たちを二人一組にして見回りをさせようと提案していた。
「あの! 私のせいで……ごめんなさい」
せっかく平和な日々だったのに、突然幸せな空気が消え去ったような気持ちになっていた。もう、元騎士団一行は笑いながら酒を交わし、酔って冗談を言い合う夜を過ごせなくなるのだ。夜の見回りとなると交代制になるだろう。そしこの寒さだ。申し訳無さに頭を垂れる。
「俺達はやりたくないことはやらない。なぜなら誰にも仕えてないからだ。アデリーを守り、この地を守ると決めたのは自分自身。アデリーが詫びる必要はない」
ダグマは言い終えるとアデリーの頭に手を乗せ、その手を頬から顎に伝わせると、顎を持ち上げた。
「下を向くな。俺達も前しか見ない。志しは一緒だろ? ここの住人を幸せにし、ひいては己が幸せになることだ」
ダグマの言葉にニコラスが「要するにアデリーが幸せだと思わないと俺達の目標は達成されないんだ」と、言葉を添えた。
「俺はベッラを愛している。ベッラの幸せが俺の幸せでもあるんだ。そしてベッラは君が沈んでいるのを嫌がるだろ。なら、俺は全力でアデリーの笑顔を引き出さなきゃならないってわけだよ」
トニの主張にニコラスが「惚気やがって」と横やりを入れた。
「私も皆さんの笑顔を見ていたいです」
必死の形相でアデリーも同調したが、ダグマが「良いから笑っとけ」と言うので、おずおずと笑顔になってみた。
「人間の゙変に作った笑顔って笑えるよな」
ニコラスがまたそんな事を言うので、アデリーは頬を染めた。ダグマは表情を溶かし、本物の笑顔でアデリーを見つめて言った。
「心からの笑顔でいられるようにしてやろう」
「ダグマめ。そうやって女を落としていくんだな」
「お前は直ぐに三枚目を気取るからな」
ダグマとニコラスのやり取りはいつだって軽妙で楽しそうだ。二人は肩を並べて階段を上がり始めた。その後をトニとアデリーがついていく。
「ああ見えてニコラスは副団長なんだ。信頼できる男だよ」
トニがそっと教えてくれた言葉にアデリーは頷いていた。
「わかります。なんとなく感じていました」
「ちなみに俺もね」
「はい。それもわかっていましたよ」
そうかと朗らかに笑いながら「そしてダグマが団長だ。完璧なチームなんだ」と誇らしげに言うからアデリーも感化されて誇らしく感じていた。
「素晴らしい騎士団ですね」
「そうそう。守るは泣き虫姫だ」
アデリーは目を丸くして「私のことを言っています? 私は姫でもないし、泣き虫でもありません!」と主張した。
トニは笑って「はいはい。そうだよな」と受け流すだけだった。
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