第91話裏切り者④
いよいよ一行が門の前まで辿り着き、開門してほしいと要求する声が届いた。近くに来ると従者の風貌がどうみても荒くれ者にややいい服を着せただけの張りぼて状態だった。
「何の用だ!」
トニが声を張って追い返すと、相手もまた大声で「親書を持ってきた」と伝えてきた。
トニがダグマの方を向き出方を窺ったが、ダグマは首を振ってみせた。それでトニは再び声を張り上げる。
「そのようなものを受け取るつもりはない。そのまま引き返すがいい」
アデリーは顔を強張らせたまま、成り行きを見守っていた。ニコラスはそんなアデリーの肩を抱いて「緊張することないよ。ここに居たくないなら厨房に行っているかい?」と気を使ってくれた。
「いいえ、ここにいます。親書に何が書いてあるのか確認したほうがいいのではないですか?」
アデリーの問いにダグマが振り向き「ろくな事が書いてないだろうから、読む必要なんてないさ」と返した。
暫くすると雪を踏むザクザクという音の後に、門の近くで聞き慣れた声がした。
「ダグマ、リルです。なぜ門を開けないのですか」
久し振りに聞くリルの声にアデリーはゾワッと寒気が走っていった。嫌な記憶が思い出され鳥肌までたっていた。そんなアデリーを元気づけるためにニコラスは抱いていた肩をそっと揺すった。
「お前はなぜそんなにも普通に戻ってきている。ここに居る全員がお前の犯した罪を知っていると言うのに」
ダグマの低く呻くような声でした呆れた返事にリルはまるで動じることなく返してくる。
「ああ、あれはアデリーが襲ってきたから自己防衛ですよ」
我が耳を疑った。リルは息を吐くように嘘をつけるらしい。白々しい嘘を平気で言える神経にも驚かされていた。しかもアデリーがその場に居るかどうかわからなくても、廃城に居るのは知っているはずだ。
「はっ! それを信じろと言うのか。ロセという証人が居るんだぞ?」
「ロセ? ああ、ロセは俺が相手にしなかったから根に持ってて誰彼構わず俺の悪口を言いふらすから」
聞いていてアデリーはなんだか吐きそうになってきた。こんな不可解な人間と一緒に生活してきたのかと思うと、恐ろしくて仕方がない。まるで悪魔だ。
「そうかい、そうかい。もう戯言なんか聞きたくない。早く引き返すがいい。雪が降ったら身動き取れんぞ。助けて貰えると思うなよ」
ダグマの意見にまるっきり同意だ。他の人のことはおいておくにしても、リルにはこの廃城に一歩たりとも入ってほしくない。そもそも、自分を斬りつけた相手に情けなどかけたくなかった。他人に優しくという神の意思に背くことになろうとも、それがアデリーの本音だった。
「やだな……こんな小さなとこなのに傭兵なんて雇って。大袈裟過ぎる。とりあえず親書を門に挟んでおくよ。雪が降ると困るから慈悲深い近くの村まで撤退する。返事を考えておいてくれ、また来るからさ」
リルはダグマの呼び寄せた元近衛騎士団の事を知らない。だから傭兵を雇ったのだと思ったようだった。
「いいや。二度と来なくていい」
「そういうわけにはいかないんだよ。俺はれっきとした使者なんで。俺を追い払ったことを報告したら、こんなところ直ぐに制圧されちまうよ? これはあんたらに俺が情けをかけてるんだ。良く考えて話したほうが身のためだ」
話の流れで始めてリルの言葉に興味を持った。リルは誰に追い返されたことを報告するというのだろうか。そもそも誰からの親書なのか。
「ご忠告いたみいる。俺からも忠告しよう。農夫のゴーダがいうことには今夜から暫く吹雪だ。早く行かなきゃ雪の彫刻になるぞ」
農夫のゴーダはよく天気を予想し、的中させている。これは廃城にとってかなり有益なことだった。天候が荒れる前に教えてもらえれば備えられるのだから。
「はいはい、帰るさ。せいぜい色々案を模索するといい。答えは自ずと一つに絞られるだろうけど」
リルは終始強気な物言いをしていた。どうやら、彼に自信を与えている何かがあるらしい。一つは率いている一団だろう。リル一人だった時は少なくともこんな風にダグマに楯突くような言い方はしなかった。リルという人間は嘘を平気でつき、味方に力があるものがいると大きく出る最低な人格らしい。嫌なことがあってここを出ていったわけだが、今となっては出ていってくれて心底良かったとアデリーは考えていた。
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