第33話酔っ払いベニート③
軽やかな足取りで厨房へと入っていくと、カリーナとロセがただならぬ雰囲気で向かい合っていた。
「あ……の、どうかしましたか?」
首を突っ込みたくはないが、このまま黙って厨房を出ていくわけにも行かずに聞いてみた。すると、カリーナが直ぐに「いや、大したことじゃないよ。それより何か用かい?」と、いつもの笑顔をアデリーに向けた。
「あ、はい。これをカルロから預かってきました」
チラリと横目でロセを見たが、ロセは不機嫌にアデリーの視線を避けた。
「なんだろう」
カリーナが近づいてきたので、アデリーは箱の蓋を開けてみせた。そうするとまた子猫がシャーと小さく威嚇する。
「あら! おチビちゃん、いらっしゃい」
黒一色の子猫はカリーナの声に尻込みして、箱のすみへと後退った。
「人が居れば食べ物があって、そうなるとネズミがどこからかやってくるね! こりゃいいわ」
カルロと同じようなことを言うカリーナにフフと笑い、カリーナも同じ笑い方で応えた。
「アタシが世話していいのかね。アデリーも飼ってみたくないかい?」
もちろん飼ってみたいが、今は自分のことで精一杯なので子猫まで気が回りそうもない。
「カリーナさんが育ててください。時々、触らせて貰いたいけれど──」
「そりゃ、このおチビちゃん次第だね」
そこまで黙って聞いていたロセだったが身震いして「やだやだ。猫って物陰に隠れて見ていたりするからゾッとするわ」と鼻にシワを寄せていた。
「そう? ネズミが走り回っているより良いと思うけど」
アデリーは猫も犬も、他の動物も大好きだった。ネズミや狼といった人間に不利益を与える動物以外ならなんでも可愛いと思ってしまう。
「そう? あなたとは何もかも合わないわね」
そう言うと、ぷいっと厨房からでていってしまった。
「本当にリルと幼なじみなんだろうか。なんだっていつもプリプリ不機嫌なんだか」
カリーナは呆れ返って「ねぇ」と箱の猫に同意を求めるが、猫は驚いただけだった。
「なにか揉めていましたか?」
仲裁する技量などないが、好奇心が抑えられずに聞いてしまった。二人は先程、明らかに険悪な空気だった。
「ああ、持たせたパンが美味しくなかったんだとさ」
「え! カリーナさんのパンはいつでも美味しいですよ。私が食べてきたパンの中で一番美味しいと思います」
「アデリーったら、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。まぁさ、口に合う合わないもあるだろ? だから、明日からロセがパンを焼いてくれたらいいよって言ったのさ。そしたら、なんで私がやらなきゃならないのって怒りだしてさ。そんなのこっちだって同じだっての」
それはそうだ。カリーナは料理が出来るからやってくれているだけで、本来は陶器作りが仕事なのだ。
「あ……じゃあ、私がパン作りを覚えます。夕方に明日のパンを仕込みますよね? その時に教えてもらえますか?」
カリーナはミャアと鳴いた猫を覗き込んで、人差し指で額を撫でてみる。猫は威嚇するのを止めてカリーナが額に触れることを許し、大人しく撫でられていた。
「じゃあ、夕方おいで。何日かかけて覚えて貰おう。ま、ロセは誰が作っても文句を言うだろうけど。薬師なら、自分の機嫌を治す薬でも作って飲んでくれないかね。まったく」
カリーナはぼやきながらも、猫を見つめて柔らかな優しい表情をみせていた。子猫がカリーナに完全に心を許すのは時間の問題だろう。こんなに優しい表情を見せるカリーナを嫌う理由をアデリーには見つけられない。猫だって、きっとそうに違いないのだから。
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