第30話行商人ニコラス⑤

「狩りかい? そりゃ、出来るさ。ああいうのは血が騒ぐんだよな。ま、いいからいいから服を見せてくれ。お互い、やることやっちまわないとダクマにこっぴどく叱られちまうし」


 ダクマが怒る姿は想像できないし、なんとなく想像したくもないが、確かにやるべき仕事が待っている。

 アデリーは回れ右をして、部屋に吊るしてある服を取りに行った。それからバタバタと駆けて戻り、ニコラスに服を渡した。


「お、こりゃいい品だな」


 ニコラスは始めに刺繍部分を指でなぞった。そこでシルクだなと呟く。


「あ、その辺り。シミが出来てしまって……」


 袖口の近くにシミがあって、一所懸命擦ってはみたもののシミは落ちてくれなかったのだ。黒ずんだシミは金貨程の大きさがあった。


「木のシミでもつけたかな? ここは少し値引きポイントになるけど、他は見たところほぼ汚れなしだし、破れてない、と」


 手早くチェックしていくニコラスを黙って待っていた。


「シルクだしな、品物としては相当いい。金貨で払おうか? それとも品物と交換するか?」

「金貨! 金貨になるんですか?」

「金貨一枚だな。銀貨九枚と迷ったが、ここまで手の込んだものは市場に出回らないから色を付けておく。支払いは金じゃなく、この辺りの冬はかなり寒いから毛皮と交換してもいいし、例えば家畜と交換でもいい。家畜の方は、今は連れて居ないが仕入れてくることは可能だ。君がヤギを買えば、ミルクを手に入れられる。それをみんなに売ることも出来るよな」


 それは素晴らしい案だ。ただ、問題は家畜を世話したことがないことだった。早々に病死させてしまったら、単なる損になる。それよりも心の痛手を考えるだけで、飼う前から憂鬱になりそうだった。


「ありったけのシーツが欲しいです。二つ縫い合わせれば掛け布団を作れますし、そうしたら皆さんに売って少しだけ儲けがでるような気がしますから」


 なにより、縫うしか出来ないアデリーにもシーツを縫い合わせるのは、数少ない出来ることだった。寒くなって夜に暖炉をつけるようになったら、その明かりで縫うことが出来るだろう。


「そうか、じゃあ糸と針も多めに用意しよう。今ある分も渡せるよ。対等な金額分と考えりゃ、シーツはかなりの量になるな。そっちも足らないだろうから、今ある分を渡して残りは後日だ」

「ところでシーツは一枚お幾らですか?」

「今なら銅貨五十だな」

「そうなると二枚で銀貨一枚、縫い合わせて手間賃銅貨二十五枚で売れますか?」

「安いんじゃないか? でもまあ、そんなところか」


 そこで考え込んで「毛皮は幾らでしょうか。それと防寒着もきっと必要になりますよね」


 思い浮かべると、実は色々必要なことに気がついた。うさぎの毛で作られたケープや、帽子に手袋、何もかもないのだから。少し前の温々と暮らせていた日々は戻っては来ない。なら、防寒着を揃えて寒い冬に備えないとならなかった。


「毛皮はダグマに買わされたのがあるから、安く譲れるが、他の防寒着は仕入れてこないとないなぁ。冬になる前にアデリーに合いそうなものを揃えてあげよう」

「金貨一枚で賄いたいので防寒着一式と残りはシーツでお願いします。あ、針と糸も」

「わかったよ。ある程度ここの雑用をやったら冬までに全て揃えて戻ってくることにしよう」


 とりあえず、毛皮を取ってくると言って、アデリーの服を腕に掛け、ニコラスは階段を下りていった。これでこの冬は凍えずにすむとアデリーは胸をなでおろすのだった。

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