第29話行商人ニコラス④

 食事が終わりアデリーは部屋に引き返し、昨日着ていた服に着替え直した。

 今日は宿屋になる予定の部屋を片付けるように仰せつかったのだから昨日同様ホコリまみれになる事間違いなしだ。


 着替えを終えて部屋から出たところで、部屋の外壁にニコラスが寄り掛かって飛び上がりそうになった。気配をまるで感じなかったのだ。


「ニコラスさん!」


 ニコラスは壁から離れてニコニコと「着替える時はなかなか豪快だな」などと笑った。魅惑的な笑みは元々彫刻のように整った顔立ちをますます引き立てる。お陰でアデリーはまた顔が熱くなって、赤面した。


「見ていたんですか?」

「いやいや、ちょっと見えただけだよ。早着替え大会があったら上位入賞だ」


 それは本当にちょっと見えただけなのか、甚だ疑問が残るがこの話を終わりにしないと頬の熱が引きそうもない。


「えっと……何か御用でしたか?」


 アデリーの言葉にニコラスはパチンと指を鳴らした。


「そうだった。ダグマが、君は売りたいものを持っていると言っていたんだ。俺に見て欲しいものがあるんだろ?」

「あ、着ていた服を──」

「それもだし、貴金属類も。適正価格で買い取るよ」


 どうやらダグマは相当ニコラスを信用しているらしい。そういう話もつけておいてくれたのだと知った。


「それはありがたいです。今でしょうか? 仕事をしに行かねばならなくて夜ならば──」


 アデリーが戸惑いを見せると、ニコラスはニヤリと笑い方を変える。これはいやらしさとは無縁の楽しんでいる顔だった。


「夜でも構わないが、君の部屋に俺が夜に行ってもいいならね」


 それにはアデリーがあたふたと手を振った。


「あのあの、別にお誘いしたわけではないです」


 夜に男性を部屋に招くというのは、男女が逢引きする時に行う会話なのだと疎いアデリーでも知っていた。またまた顔がカッカと熱を放つ。


「あはは。そりゃ残念。いつでも誘ってくれよ。アデリーなら大歓迎だ。手短に済ますから──あ、手短には査定な」


 そこに階段を上がってきたダグマがたまたま二人と鉢合わせになった。


「ん? 何をからかわれてるんだ? 顔が真っ赤だぞ」

「ダクマよ、野暮なこと聞くなよ。それよりさっき話していた服と貴金属類の査定をしに来ていたんだ」

「ああ、アデリーが持っていると危ないしな」


 ダグマはそう言うと弓を取りに行くと告げて、自室に入っていった。


「じゃあ、まずは服をここに持ってきてくれるかな? 明るいところの方がよく見えるし、招かれてないのに部屋に入るのは失礼にあたるから」


 ニコラスは礼儀正しいのか、そうではないのかわからない。ただ、赤面するような話をしたあとだったので、部屋に入らないでくれるのは、アデリーにとってはいいことだった。


「持ってきます。あ、ではこれを見ておいてください」


 アデリーは巾着を引っ張り出すとそのままニコラスに渡した。ニコラスは両手で巾着を受け取ったが「中を見るのは君が戻ってきてからにするよ」と、答えた。


「アデリーも他人に品物を見せる時は自分の目の前でやらないとダメだ。それでも目を盗んで勝手に品物をかすめ取る輩もいるから」

「そうですね……私ってば、直ぐに騙されてしまうわ」


 槍に加え、弓と矢筒を持ったダグマが再び戻ってきて「ニコラスなら大丈夫だが、気をつけるんだな」と、言いながら通り過ぎて行く。


「狩りか?」


 通りすがりにニコラスが言うと「人が増えたから鹿か猪あたりを仕留めてくる」と答えて階段を下りていった。


「俺も行きたいが、雑用をやらなきゃ風呂には入れないしな……」


 名残り惜しそうなニコラスだった。アデリーはそんなニコラスに狩りが出来るのか思わず聞いてしまった。なんて言ったって、キレイな体つきではあるが、なんとなく整い過ぎているように思うのだ。

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