第28話行商人ニコラス③
カリーナは話が終わったところを見計らってニコラスにこんなことを聞いていた。
「行商人なんだよね? 見せてもらえる品はあるかい? アタシはかなりの家財道具を持ってきたんだけど、ここでは不要なものもあるし交換できないかと思うんだけど」
「ああ、もちろん。まだ夏だし、また品物を売買して歩くから、足らないものがあったら聞きますよ」
横で聞いていたアデリーが「あの!」と、割り込んでしまった。実はここ最近欲しいと思っていたものがある。
「針と糸はありますか? せっかくシーツを手に入れても二枚を縫い合わせなければ冬用の布団を用意出来なくて」
ニコラスは話しかけてきた相手を見る時、必ずとびっきりの笑顔を向けた。癖なのかもしれない。商売人の性なのだろう。
「ああ、針と糸ならもちろんあるよ。他の品物を色々見てみるかい?」
それは心躍る提案だが、アデリーはきっぱりと断った。
「針と糸だけでいいです」
今はまだ必需品がわからないし、その時まで無駄使いは避けなければならない。なんていったって、アデリーは稼ぐことができないのだ。
カリーナが困ったように眉根を上げた。
「ほんとにこの子は自分に厳しいんだから。見るだけだって楽しいのに。人生、楽しいこともないとやってらんないよ」
アデリーも行商人が家にやってくるのを心待ちにしていた時もあった。つい最近までそうだった。でも、それは裕福でなんにも心配のない生活を送っていたからこそ楽しめたのだと思う。今は見るだけで買えないのだから、なんだかかえって辛く感じてしまうのだ。
「そうだ」と、ダグマが顔を上げた。
「ニコラス。少し肉体労働していけよ」
何でもご機嫌で返していたニコラスが途端に嫌そうな顔をした。
「俺はスマートに生きるって決めたんだよ」
「何がスマートだ。石工は居るが手が回らないほど需要があんだよ。お前、冬に浴場があったら最高だって話てたろ」
ニコラスに被っていた雲が一気に晴れた。なんともわかりやすい人だった。
「浴場か! そりゃいいな。浴場作るのを手伝えってことか」
その通りとダグマが料理用のナイフで示す。
「それは断れないな。冬の間中、幸せに浸れるんだから。よし、俺がやってやろう」
ニコラスが承諾したので、ダグマが今度はリルにナイフの先を向けた。
「助手が出来たな。好きなように使ってくれ」
「おいおい、好きなようにって」
「たまには汗水垂らし働けよ。体が鈍って仕方がねぇ」
「とかなんとか言って、ダグマはただ浴場でのんびりしたいだけのくせに」
二人は言い合うが、これはほとんどじゃれ合いだった。ニコラスはダグマより若く見えるが、年齢も近そうだ。古くからの仲に間違いないだろう。
「上水道の次に浴場で。とにかく上水道ですよ」
リルは浴場で盛り上がる二人に念を押すが、二人はわかっているとばかりに片手を挙げて、まだ浴場の話で盛り上がっていた。二人はどこかで浴場に浸かったことがあるらしく、その思い出話に花を咲かせていた。
アデリーは不思議なことに二人をアデリーとロセに当て嵌めて見ていた。全然仲良くもないのに、楽しげに話しているロセを思い描き、自分が笑顔で頷いている空想をしていた。
(ずっと一緒に暮らしていたら、いつかあんなふうに仲良く談笑できるのかな……)
兄とは仲が良かったが、これといった友人は今までいたことがなかった。ロセは歳も近いし、勝手に親近感を持っていたものだから今の状況は本当に寂しかった。
(リルにロセと仲良くなる方法を聞いてみたら教えてくれるかしら)
たまたまここでリルと目があった。リルは直ぐにニコリと微笑んで返してくれる。これも相手がロセならば良かったのにと、リルにはちょっと悪いが妄想してしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます