第18話鍛冶屋ベニート③
自分の頬に手を充てがいカリーナは息を吐き出した。
「元は腕の良い鍛冶屋だったんだけどねぇ。息子が病で亡くなってから酒に溺れちまってね。丁度、アタシらが街を出る少し前に、ベニート爺さんは家を追い出されちまったのさ。爺さんもやもめでさ、うちもアタシとカルロだけだったろ? だから時々こちらはおかずをあげて、その代わり男手が必要なときは世話になったんだ。アタシらは領主同士のいざこざで街が荒廃し始めたから逃げ出して来たんだけど、その時にベニート爺さんにも一緒に行こうって誘ったんだよ」
「ベニートさん、痩せちゃってたよ。酒しか飲まなかったら当然そうなるけど」
ソックリな顔で悩む二人にダグマが言う。
「鍛冶屋か……なら無理矢理にも連れてきたらいい。更生させて住まわせよう」
鍛冶屋は貴重だ。カルロの馬には蹄鉄が必要になるし、武器でも農具でも鉄製は値が張る分、長持ちする。
「いいのかい? 人が変わっちまって、ほんと飲むことしか頭にないんだよ……」
心配そうなカリーナに、カルロの方が「でもさ、このまま野宿させてたら直ぐに死んじゃうだろ。だったら無理にでも連れてきて更生させなきゃ」と、説得した。
「そりゃあさ、このままじゃマズいとは思ってるけど……迷惑かけるのはわかりきってるからね」
どうやって連れてくるかは夕飯の時に話そうということになり、その場は一旦各自の仕事をすることになった。
そして夜、全員で食事をするために集まった時、この話題を早速カリーナが皆に話しだした。
「そんな訳で、放っておくことも出来ないし、鍛冶屋は居たほうが助かるってことでさ、連れて来たいんだよ」
「あら、そんな人、使いものになるの?」
渋面でロセが言うが、アデリーも実のところ口には出さなかったが同じ思いだった。とはいえ、自分もこの中では足でまといの部類だ、と自覚しているので何も言わなかった。
「そこはあんたの薬師としての腕がものをいうところじゃないか」
カリーナに言い返されて「いくらなんだって、心の病は治せないわよ」と応戦した。
キャベツと塩漬けの鹿肉を炒めたものと、パンを食べていたダグマが持っていた自前の食事用ナイフでロセに向けた。
「心の病は治さなくていい。それより今は連れてくる方法を考えてる。酒に混ぜられそうな睡眠薬はあるか?」
「睡眠薬。そうね……バレリアンなら持っているわ。乾燥した根をすりおろして粉末にすれば気が付かれないんじゃないかしら。林檎酒よりミード酒がいいわね。とびきり甘いやつ。そうすれば薬の味に気がつくことはないわ」
あらためてロセが薬師なのだと知らしめられたアデリーは羨望と、余りに自分とは違うロセに引け目を感じていた。
「ミード酒か。ここにはないな」
再び口に食物を運び始めたダグマに「それなら今回行った街に行ってきますよ。ミード酒は高価だから買わなかったけど売ってたんだ。どうせベニート爺さんを連れてこなきゃならないんだし、街までも大した距離じゃないからね」と、カルロが言う。
「そうしたらカルロとロセで行ってきてくれ」
ダグマの言葉にロセが飛び上がるように顔を仰向かせた。
「なんで私も!」
「薬の扱いに慣れてるからだ。それに二人の方が何かと楽だろ。寝ちまった爺さん運ぶのにも手がいるしな」
「だったらダグマが行けばいいじゃない」
ダグマは皆の顔を見渡して、肩をすくめた。
「女ばかり残してか?」
ぐっと言葉に詰まったロセに、カリーナが提案する。
「道々、薬草を探したらいいじゃないか。荷馬車で行くならたくさん摘めるだろ。あんたにはいい話だと思うよ」
それを聞いて損得勘定をしたのか渋々「じゃあ行くわよ」と答えた。
「ライ麦パンを焼いてあげるよ。それから今回買ってきたプラムジャムを添えてやってもいいかい? ダグマ」
カリーナに問われ、構わないとダグマが答えた。
プラムジャムと聞いてアデリーの口の中に甘酸っぱい至福の味が広がっていく。ジャムの中でもプラムジャムはアデリーの大好物だった。渋っているロセに代わってアデリーがその旅に出掛けていきたいくらいだが、薬草のこともわからないので黙って耐えるしかない。
「じゃあ話はまとまったってことで」
カルロが話の区切りをつけて、パンを頬張った。そんなカルロを見てロセはダグマに訴える。
「私はダグマと行きたいわ。野盗が出たらカルロでは不安だもの」
ねだるロセに「俺はいけないな。それにこの辺りは野盗が少ないから大丈夫だろう」と、にべもない。
「そもそも、その鍛冶屋を知らない俺とロセでどうやって探し出すんだ?」
そう言われるとぐうの音も出ないロセに「ロセってわがままだなぁ」と、パンを頬張ったままモゴモゴと言うカルロに、アデリーは二人で出掛けて大丈夫なのだろうかと不安になった。なんせ、ロセはそれでプクッと膨れっ面をし、その後は最後までお喋りをすることはなかったのだから。
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