第19話鍛冶屋ベニート④
翌日、日が昇りきらないうちにカルロとロセは出発した。栗毛色の馬が尻尾を優雅に揺らす中、二人はずっと小競り合いをしていて、カリーナが首を横に振っていた。
「あんなのじゃ、喉が渇いてしかたないだろうよ。まぁ、よく話す二人だ」
「案外、息ピッタリなんじゃないか」
ダグマの返事にアデリーも同じ気持ちだった。ロセは本気で少し怒っているようだが、カルロはどこ吹く風で言い返しはするがほとんど気にしていていなかった。
「本物のケンカにならなきゃいいが……」
カリーナはカルロの母親だから心配しているようだった。
「大丈夫ですよ、カリーナさん。カルロはとても穏やかですもの」
時々驚くほど率直に鋭いことを言って周りを驚かせることもあるが、基本的な性格が穏やかなのを知っているのでアデリーはカルロを悪く思ったことはなかった。
「そうだろ。アタシの亡くなった亭主にそっくりなのよ。春の野に咲くタンポポみたいな人でさ。秀でたものはないけど、いつも心を温めてくれるんだ」
それはとても的を得ていた。カルロは素朴で優しいタンポポだ。
「さて、俺たちも仕事だ。アデリーは鍛冶屋跡を掃除してくれ」
ダグマに指示されて、アデリーは背筋を伸ばした。
「はい!」
「一階の部屋は全部店舗の奥に一部屋居住スペースがあるんだ。そこまでキレイにしといてくれ」
それを聞いていたカリーナが「それって陶器窯の部屋もかい?」と歩き出したダグマを追いつつ聞く。
「ああ、そうだが……二人で住むのには狭いと思うぞ。夫婦二人で同じベッドを使うならまだありだが、あんたとカルロじゃあ手狭だ」
「いやいや、そっちには私だけ住むつもりだよ。まだ嫁をもらう歳ではないけど、カルロはもう大人に片足を突っ込んでいるからね。それにここなら遠いわけじゃないし、別々だって寂しかないもの」
二人の後から階段を上るアデリーは、話に耳を傾けながらぼんやりと取り留めのないことに思いを馳せていた。
「おい、ボンヤリしてどこまでついてくるつもりだ?」
確かに鍛冶屋跡を通り過ぎようとしていた。
「あ、掃除をします」
直角に曲がると鍛冶屋跡へと入っていく。他の部屋同様に落ち葉とか砂埃があっちにもこっちにも山になっていた。
「火はいるか?」
明かりは必要かとダグマが聞いてくれたが、アデリーは部屋の奥を覗き込んでなんとか見えると思ったので「大丈夫です!」と大声で答えた。
「必要になったらカリーナに貰えよ」
「蝋燭なんて高級品はないけどね!」
「んなもの、王宮でしか使わないだろ」
二人の軽妙なやり取りが遠ざかっていく。
アデリーは一人残されてまずは奥の居住スペースを覗いてみた。それというのも、鍛冶場は仕組みもわからないし、やれることは明らかにゴミだと思えるものを掃き出すことくらいなのだ。それにゴミを掃き出すなら、奥からやったほうが効率的なはずだった。
薄暗い屋内に目が慣れてくると、本来は居住スペースと鍛冶場を隔てていた戸があったことに気がついた。今は立てかけてある板があるのみだった。とりあえず邪魔なのでそれを外まで運んで壁に立て掛けておく。もう一度居住スペースに行くと、入って右手にベッドに使っていたと思しき藁が散乱し、その上の壁には岩をくり抜いて作られた棚があった。棚には土瓶とマグカップが置いてあるがどちらもあちこち欠けていて使い物にはならなそうだった。
(どこの部屋も作りはそう変わらないのね)
割れたそれらを抱え、藁も持てるだけもってまた外へと運んだ。捨てる場所を聞かなければならないが、とりあえずゴミは出してしまうことにした。
ここの廃城は壁をくり抜いて作った棚があってとても使い勝手が良くなっている。たとえば松明を差しておける窪みもあるし、皿に油を入れて火を灯すようの棚もある。それ以外に服を掛けられるように杭を差し込んである窪みなんかもあった。
そういう棚には大抵埃が積もっているので、要らない遺留物を取り除いたら水拭きをしたほうが良さそうだ。石壁は滑らかに削られているし、古の人々の技術と労力が偲ばれた。
この部屋はベッドの木枠が跡形もなく消えている。それにアデリーの部屋とは違いテーブルが置ける空きスペースはない。隣の陶器窯の部屋も同じ作りなら、確かにダグマが話していた通り大人二人で暮らすのは無理そうだ。
粗方手で運べる物を出してしまったら、厨房に行き、手桶と布、それからホウキを持って引き返そうとした。
「アデリー。ゴミの中に燃えそうなものはあったかい?」
ダグマが川の罠から獲ってきた鰻とマスの下処理をしながらカリーナが聞いてきた。魚は塩漬けと燻製にするらしい。
「ええ、藁と落ち葉なんかは燃えると思います。あとは欠けた陶器とか、ゴミはそんな感じですね」
アデリーはカリーナが手に持っている長くて蛇みたいな鰻が少しだけ怖かった。鰻を初めて見たが、これが美味しい料理になるのが不思議なほど恐ろしい見た目をしている。
「じゃあ、燃えるものはここで使っちまうから運んで来て頂戴。陶器は割って、畑の横の足場にばら撒くといい。雨が降った後のぬかるみが少なくなるよ」
そんな使い道があったのかと学んだが、とにかく鰻がカリーナの手から逃れようとクネクネしてるのが恐ろしくて顔を反らして「わかったわ。教えてくれてありがとうございます」と、言うだけ言って、そそくさと厨房を後にした。出来れば次に来るときまでには鰻が全て処理してありますようにと祈りながら鍛冶屋跡に戻っていった。
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