第17話鍛冶屋ベニート②

 馬車の荷台に上りまずはロセにカルロは包まれた荷を渡す。


「シーツと下着、後は布地で良かった?」

「ええ、助かったわ。これお代ね」


 ロセはカルロに銀貨を渡していた。かなり大きな荷物なので抱えると前が見えなそうだ。それでも機嫌良く「しばらく厨房で寝泊まりしていいのよね?」とダグマに問う。


「カルロにどこかの部屋のドアを直してもらうまでな」

「ええ、わかってる」


 確認をするといそいそと階段を上がっていく。


 次にカルロはアデリーを見るが、アデリーは「私の分はないわ。挨拶しに来ただけよ」と、聞かれる前に先回りして言った。しかし、カルロはニヤリと笑ってやはり大きな包みを出した。


「母さんとダグマが相談してアデリー用のも注文を受けてたんだ。君のは下着に服二着にシーツも二枚と、布地。服は一着古着なんだ。さすがに新品は何着もないってさ」

「そんな。欲しかったものばかりだわ」


 感激しアデリーはカリーナとダグマの顔を見た。二人共頷いたり、顎で受け取れとばかりにジェスチャーしたりするだけだった。


「ありがとうございます……」

「ほら、金を渡してやれ」


 ダグマに言われて、自分にもお金があることを思い出した。慌てて巾着を出すと金貨二枚をカルロに渡そうとした。


「いやいや、二枚は多すぎだから。金貨一枚でもお釣りが来るよ」

「ああ……そうなのね。でも、金貨しかないからそれしか出せないわ」


 銀貨も銅貨も持っていない。金額が大き過ぎてもどうにもならなかった。


「じゃあ、そのお釣りは俺の荷物の代金にしてくれ。その代わり俺がアデリーの生活を見てやる。これから一年、アデリーの食事は俺が面倒みてやるから」


 ダグマがそう言うと「そりゃいいわね」とカリーナが後押ししてくれたお陰でこれが妥当な申し入れなのだと理解できた。


「ダグマさん、助かります。計算は習っていても物の価値がわからないと──」


 そこまで言ったところでカリーナから横槍が入った。


「ちょちょ! アデリー、計算ができるのかい?」

「え、はい。読み書きと計算は習ったので、できます」

「こりゃ驚いたね。商人ならわかるが女でそこまで出来るなんて聞いたことがないよ。アデリー、ちゃんと特技があるじゃないか」


 嬉々として褒めてくれるカリーナだったが、アデリーは素直に喜べなかった。


「でも、私は店を持つこともできませんし、女で商家に雇い入れて貰えるものでしょうか。やれるとしたら家庭教師くらいだと思うけど、紹介状を書いてくれる人がいませんし」

 

 良家の子息相手なら家庭教師の口があるかもしれないが、それには立派な推薦状がないとつけないことをアデリーの家庭教師から聞いていた。そもそも、この辺りには大きな家は見当たらないし、到底家庭教師が出来るところはみつけられそうもない。そして商家は言わずもがな、男性社会だ。女性の働き口は限られている。そこは街に何度も行ったことがあるので見聞きして知っていた。


 カルロは金をしまいながら「そのうちここに子供が増えたら学校を開けるさ。俺だったら若い女の子に教えてもらえるなんて最高だと思っちゃうなぁ」と、言うのでカリーナに豪快に笑われていた。


「その特技がそのうち生かされることを願うよ。さ、置いてくるといい」


 ダグマに頷くとアデリーはズッシリと重い荷物を持って階段を戻り始めた。


「近いうちに長持(衣装などを入れておく箱)を作ってあげるよ!」


 カルロの言葉が追ってくるが振り返る余裕がなかったので「ありがとう!」と前を向いたまま返した。


「始めはいいが、何から何まで無償でやるっていうのはね」


 カリーナの苦言にダグマは用意していた返事を口にした。


「アデリー以外は金銭のやり取りをしたらいいだろう。アデリーは暫く俺が面倒をみるよ」

「そうかい? そりゃ、高尚なことだが……。ああ、そのうちダグマの嫁にするってことか」

「話が飛躍するな。そもそもアデリーは俺には子供すぎる」


 そこでカルロが割って入って「じゃあ俺がもらうよ。アデリーはいい子そうだし、なんて言ったって美人だ」と乗り気だった。しかし、カリーナが息子をたしなめる。


「一人前にならなきゃ嫁なんて無理だろ! せいぜい二十五くらいまで待たなきゃ」

「何年も先になっちゃうだろ」


 カリーナは息子の抗議をかわして、ダグマを見上げた。ダグマの方はチラリとカリーナを見たが、直ぐに視線を外す。


「こんないい男で適齢期真っ只中の人間にカルロが勝てっこないだろ。そりゃうちのカルロだってなかなか見てくれは悪くないが──」

「おいおい、親子喧嘩に巻き込むなよ。カルロ、俺の荷を出してくれ」


 逃げ出すために荷を急かすとカルロは何個も木箱を出してきた。


「一度には運べないですよね。食い物は貯蔵庫にしまっておきますよ」

「そうしてくれ。当分の食料はここから使ってもらうことで手間賃と相殺でいいか?」

「もちろん」


 二人の会話を聞いていたカリーナが「一年タダ働きするから食べ物はそっちで頼んだよ」と具体的にいい、ダグマはそれを了承した。


「肉は売るほどあるからな。また野菜なんかはどっかから調達しとく」


 晴れやかな笑顔でカルロが荷馬車から飛び降りた。


「林檎酒が一樽手に入りましたよ!」


 それを喜んだのはダグマよりカリーナだった。


「そりゃあいい! しばらくは酒なしでいかなきゃならないと思ってたわ」

「もしかしてカリーナ。そのかすれた声は酒枯れか?」


 ダグマに言われてカリーナは弾けたように笑ってダグマを叩いた。叩かれたダグマは迷惑顔だがカリーナは気にする素振りもない。


「バレちまったかい! アタシは酒が大好きなの。でも、悪い醉い方はしないよ? ね、カルロ」

「ああ、母さんは陽気になるばっかりだ。それで思い出した。あの人を見かけたんだった」

「あの人……もしかして、ベニート爺さんか?」


 急に表情を曇らせたカリーナにダグマは「誰なんだ?」と興味をしめす。



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