第2話 あの日から二年の月日が経ちました。魔王

「ふぁ……」


 昼飯後の眠たい時間。あくびをしながらオレは自席から斜め向かいを見た。

 席に座ってもう次の授業の準備をしているやつがいる。姿勢がピンとしたその女子は今日もとても可愛い。

 日に照らされてほんのりオレンジに染まる長い黒髪。他の女子達のような着崩しなど一切しないきっちりとした制服。だが、その中に隠されている胸のサイズはかなりのもの。服の上からでもわかる。でかい。

 次の授業の予習でも始めるのだろうか、教科書を開き筆記具を走らせる。うん、とても優等生キャラだ。

 遊佐真由ゆうさまゆ、優等生の彼女の名前。そう、オレの幼なじみだ。

 真由が告白されていたあの日から、幼なじみなのに距離を取っている。彼女は好きな人が遠い人と言っていた。少しでも遠い存在になりたいからなんて死んでも言えない。


「おい、大間おおま。お前何見てるんだ?」

「んー、すげぇ美人」


 大間拓也おおまたくや。それが今のオレの名前。平凡な親父とお袋。平凡な高校に通う、容姿平凡、成績平凡、体力平凡なごく平凡でごく一部だけ変わってる高校一年生男子。やや陰キャよりである。ちなみに一人称は昔僕だったがあの日を境にオレになっている。

 頭をかりかりとかきながらクラスメイトの男子に答える。男子は眼鏡をかけているがいわゆる陽キャだ。ことあるごとに一人でいるオレにまで声をかけてくる。名前は何だったか、――そう、池照緋彩いけてるひいろ。イケてるヒーローなんて、いい名前じゃないか。


「あぁ、真由さんか。確かに美人だ」

「だろ」

「だけど、君には高嶺の花じゃないかな」

「うるせー」


 こいつ、はっきり言いやがる。オレだって女の一人や二人や三人、好きや嫁にしてくれなんて言われたことがあるんだぜ。

 …………前世でな。

 チャイムが鳴る。授業が始まる。池照はニコニコしながら自分の席へと戻っていく。視線の先を真由の方へと向けたまま。

 あまり、好ましい視線ではなかった。


 ――失敗したか。


 まさか他人に気取られてしまうとは。それほど真由の事を見てしまっているのか。今後は気をつけなくてはならないな。

 ……真由の横顔が彼女に似ている気がしてつい目で追いかけてしまう。真由が彼女だったらいいのにと何度も考えた。

 見つけられない、涙を流しながら約束した彼女。

 最後の笑顔、まだ覚えている。


『生まれ変わったら一緒になりましょう』


 オレは勇者マユに同意した。だから、見つけないといけない。


『絶対に見つけてね。次は一緒に生きられるといいね』


 そう約束した。これが前世魔王だったオレ、常闇夜ダークナイトの使命だ。


「小テストするぞ」

「「「ぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」


 ふふふ、凡人どもめ。これくらいで焦るとは。え、お前もじゃねぇか? だと。ふ、ふふふ、オレは凡人だが元は魔王ぞ? 見ていろ。

 オレは手のひらに鉛筆で魔法陣を描く。小声で使い魔を呼び出す。


「こい、覗き魔デビルアイ


 鉛筆で書くと何気に痛い。だが、ペンは消すのに水がいるし、わからないようにとりあえずでこすると悪化するから面倒だ。シャーペンは芯が細すぎて書けないしな。

 あぁ、今のうちに言っておこう。オレは中二病ではない。もう高校生だしな!

 その証拠に、ほらここに小さな翼を持つ目玉がいる。

 いや、いるんだって。オレ以外に視認されないけれどっ!!


「よし、行け。一番頭のいいヤツのところへ!」


 魔王が何やってるの? だと。いやいや、ここオレの知ってる世界じゃないからね。何だよ、英語? 数学? 日本史?

 すべて! すべて1からなんだよ!!

 オレのパーフェクト魔法学、召喚術学、悪魔学、オレ(魔王時代)の国史なんて学校でやってねーんだよ!!

 ふよふよと飛んでいく使い魔はクラスで一番頭のいい閃九頭脳ひらめくブレイン君。頭脳と書いてブレインと読む。名の通り閃きの天才だ。もちろんそれ以外も。


(よし、よしよしよし! 見える。見えるぞ!! あ、奥に真由も見える。映像越しでも可愛いなぁ)


 頭脳君の指が解答を書き始めた時だった。

 使い魔からの映像がブツッと途切れた。


「なっ!!」


 使い魔を見ると目玉に光が突き刺さっていた。

 あれは、勇者の使う魔法、光の刃(サイズ鉛筆)。

 ふ、ふふふふふ。やはりか。

 勇者マユはいる。この近くに!!

 オレはあたりをキョロキョロ見た。


「いてっ!!」


 頭をがしりと掴まれる。先生の手だ。


「大間、堂々とカンニングとはいい度胸だな」

「いや、いやいやしてませんよ!」


 だって、いま使い魔潰されましたからね? ほら、目に刺さって泣いてるじゃないですか。あ、見えないですよねー。


「ふん、ならキョロキョロするな。テスト用紙をしっかり見ろ!」


 数学担当なのに無駄に筋肉きんにくしい先生、頭迄あたままで枡瑠まするの握力を喰らいオレの頭はクラクラしていた。


(まったく、近くにいるならいますぐ会いに来てくれればいいのに……。照れ屋さんなのか? それとも魔王がオレだとわかってない?)


 そう思いながらオレは小テストを始めた。え、真由の事を好きならなんで勇者まで探してるんだって? それはほら、約束だし……。もし、彼女がオレを好きだったらを考えればだな。あー、ゴホンゴホン。

 やっぱり気になり顔を上げてしまう。当の真由は真剣にテスト用紙を見ていた。

 転生勇者ちゃんは彼女ではないのだろうか。

 いったいコレを使ったのはどこのどいつなのか。そっと使い魔から光の刃を引っこ抜く。すると、怪我はなくピンピンしていた。映像だけ断ち切られていたのか。器用だな。

 オレは使い魔にねぎらいの言葉をかけ、そのまま休暇に向かわせた。

 よし、オレの実力をきっちりテストにわからせてやるぜ。


 ――――後日、返却されたテストの結果は、まあ聞かないでくれ。

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