第3話 これはもうロボットのどんちゃん騒ぎなんですが!?

ハルが帰ったあと、俺たちは何事もなく、眠くなったら寝て、明るくなったら起きた。……まぁ、何事もなくというか、クソ暑くて寝るのには厳しかったけどな。電気も通ってないここじゃ、キャンプ用のランタンがめちゃくちゃいい働きをしてくれる。かなり明るい。

適当な朝ごはんを済まして、約束していた待ち合わせの場所に向かおうと準備を始めた。

「メテオ、タイヨウを持ってくの忘れないでよ。手放したら危険だし」

「あー……。でもポケットに二つも入らないんだよな」

「じゃあ使ってないトートバッグでも貸すよ。これに入れてね」

「おぉ、さんきゅ。どうせならハルにも見せるか。雷都もSBS持ってたよな?」

「今は分からないけど……持ってたね。久々に会えるの楽しみだなぁ」

雷都とはあの事故以来、数年ぶりに会う。ここ、地元じゃ少しは知られた話だ。というのも──あいつはどうやら、雷に打たれたらしい。らしい、というのは、本人がそれについて何も語らないまま、『治療のためここを離れる』と、ふっと転校してしまったからだ。ハルの友達という、いわば友達の友達的な扱いでいたのだが、それでもよく遊んでいた。

陽が昇り始めてきたなか、必要なものをバッグに入れて山を降りる。蒸すような空気に包まれながら、ときおり吹く風の心地よさを感じていた。数年ぶりに友達に会うのは、やっぱり緊張する。でも、どこか楽しみでもある。そんなことをミノルと話しながら、山を降りてすぐのところにある学校、そのまた近所にあるハルの家を尋ねた。チャイムを押す。

「あっ、おはようございます。二人して時間通りに来たね」

「……休みでも服装は変わらないのな」

「決まった格好のほうが楽だから。色違いなだけ」

仮にも昔、片思いしていた相手に会いに行くのに、色気もクソもないその格好でいいのか……? まぁハルはずっとあんな感じだし、逆に変わってても近づきにくいか。


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「雷都とはどこで会う話になってるの?」

「うん、昨日ママに話つけてもらって、駅前で待ち合わせてる」

「よし、じゃあ行くか」

「そうだね、ハルも早く会いたいだろうし」

「いや、あたしがまだ雷都くんのこと好きとか一言も言ってない……!」

通学靴よりも少しだけ綺麗なものを履きながら、追いかけてくる彼女を横目に見る。そのまま必死に弁明するのを聞き流しつつ、俺はふと、道端の空き地で遊んでいる子供たちを見た。やっぱりSBSだ。最新……ではないけれど、一世代くらい型落ちだろうか?

ミノルも同じように子供たちを眺めて、それから俺に視線を向ける。

「そういえばメテオ、昨日、新しいSBSゲットしたんだよね」

「えっ、嘘!? どれどれ? どんなやつ?」

「いや、あれはゲットしたっていうか……。まぁいいや。これ。タイヨウってんだ」

トートバッグから、あいつを取り出す。昨夜、端末と接続するとか言っておきながら、結局は忘れてしまっていたやつだ。今日のどこかで繋げよう。忘れなければな!

「おぉー……! 胸のところに太陽の刻印がっ。光が機体に反射するのもいいねぇ。見た感じ、これ旧式のやつな──はあぁっ!? ガチのスペースシリーズじゃんこれぇっ!」

「おぉ、ハルちゃん気が付いた。しかも反応がただのオタクだね」

「いやだって! だって! 今や廃盤になった伝説のシリーズ……! 国内限定十二機! めちゃくちゃプレミアついてるんだよ!? そんなのがなんでここにあるんだ……?」

「最新式のSBS二機に絡まれたところをたった一機でボコボコにしたしな、クソ強い」

そろそろ住宅地を抜けて、駅とかビルが見えてくる頃合いだ。一瞬で辺りの雰囲気がグンと変わるから、この街は本当に異質だと思う。開発を無理しすぎなんだよな、普通にさ。

オタク丸出しで歓喜しているハルをいつものことかと放りつつ、いよいよ近付いてきた駅への通りを歩く。駅とは言っても、もとは田舎だ。そんなに大きなものを作れるわけじゃなくて、田舎相応のそれなりな規模。ひとまず待ち合わせ先にした反対側の出口へ向かった。

「あっ、雷都くん! いた……!」

ハルがいくつかあるベンチのうち一つを指さす。横顔でもしやと思っていたけれど、ハルが言うならそうらしい。あまり変わっていないような、それでもかなり変わってしまったような。少し面影は残っているけど、うーん、よく分からん。この時期はみんなそうかな。

「雷都ぉ!」

「……ん」

思い切って名前を呼んでみる。もともと気付いていたのか、小さく頷きながら手を上げてくれた。やっぱり挙動が控えめで無口なところは、昔とまったく変わってなさそうだな。

「何も変わってねぇのな、雷都」

「俺だけじゃなくて、誰も何も変わってねぇよ」

男にしてはやや長めの、それこそ校則にギリギリ抵触しそうな髪と、目つきがもともと悪いのか、睨みつけるような目。声が少し低くなったくらいで、馬鹿みたいに変化なしだ。

……このクソ熱い夏に、真っ黒の長袖シャツを着ているのだけは頭の異常を疑うけどな。

「ミノルもハルも相変わらず真面目なツラしてんな」

「僕は真面目だけが取り柄の人間だよ」

「まぁ、あたしも学級委員長だしねっ」

いつもよりもはしゃいで見える二人を横目に、声を出して笑う。

「お前、今までここから離れてどこに行ってたんだ?」

「……いま話しても構わねぇけど、さすがに暑すぎるだろ」

「そんな格好してりゃあな。んじゃ、どっか行くか。ハル、なんか決めてないのか?」

「えっ? んー……あたしの部屋?」


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「えー、ハルちゃんの部屋って物ばっかりあるでしょ」

「しょうがないじゃん片付けるとどこにあるか分からなくなるんだし!」

「デパートの休憩スペースでいいか。雷都も涼しけりゃいいだろ?」

「あぁ」




「──はい、雷都くんたちにお水」

「どうも」

夏休みだからか、やっぱり遊びに来てる子供は多い。フードコートと休憩スペースが混ざっているなか、一面ガラス張りになった窓際の席に座りながら、紙コップの水を飲む。

「んで、俺はいま、いちばん雷都のことが気になってるんだが」

「それはそうだろう。……三年ぶりくらいか?」

俺の対面に座っている雷都は、しばし考えるような仕草でそう言った。クールというか、無自覚にキザったらしいというか。一部の女子にモテるのもなんか分かるな。現にハルがこいつの隣で恍惚としてんだから。目の前にミノルがいるだろ、せめて自制しろよお前。

「まぁ、あの時は何も説明せずにここを出てったからな……気になるのも仕方ないか。ただ大枠は、メテオもハルもミノルも知っての通り、雷に打たれたっていうあの事故だ」

「あたし、最初は治療のためかなって思ってたんだけど、それにしては帰ってくるまで長かったよね……。そこはなんで? あっ、聞いちゃいけないことなら聞かなかったこ──」

「……怖かったからな」

「怖い……?」

俺の呟きに、雷都は黙って頷く。周りだけがうるさくて、それが少し不自然だった。

──と思った次の瞬間、雷都がやにわに服を脱ごうと袖に手をかけ始める。

「ちょっ雷都くん、ここで脱いじゃダメだよ……!」

「ハルちゃん、流石にそこまで馬鹿じゃないでしょ雷都も……」

「──っ、おい待てお前……それって……!」

思わずテーブルに手をついて前のめってしまう。もちろん上半身裸になったわけじゃない。袖のホックを外しただけ、なのだが──少しだけ見せてくれた腕には、生々しい傷が残っていた。それはまるで、雷そのもののような。赤白い傷が、肌の上をうねって、波を打つみたいに走っている。衝撃が走った時の状況を克明に描いているようで、やけに痛々しい。

「これがバレて気持ち悪がられるのが嫌だったんだよ。しかし雷とは言ったが、本物の雷じゃない。俺と同じくらいのやつに、SBSでやられたんだ。その調査のために帰ってきた」

みんなが揃って口をつぐむ。恐らく、一度はショックで驚いたんだろう。俺もそうだ。

ただ、そんなことよりも──雷都がそんなに弱気になっていることが、いちばん驚いた。あまり群れない一匹狼っていうイメージで、それでも態度は強気ではあったから。

そしてなにより、あの事故に裏があるらしいことを──ここで始めて、聞かされたから。

「みんな変わらねぇって言っても、中学生なら多少は分別もつくだろうしな」

「……僕たちがそんなことすると思ってたの? 雷都は」

「いや、そんなことない。ただ、取れる方法は徹底的に取りたかった。本当は治療のために静養してた時期もあったが、だいたいは移住先でひっそりと小学生やってたよ」

「もちろん、他で勉強してて学校には行かなかったけどな」と、困ったように笑う。事故の話を有耶無耶にするように、敢えて話を逸らしているみたいだ。もちろん、空気は読む。

「お前らしくねぇなー……。でも戻ってきてくれてよかったぜ。また昔みたいに遊べる」

「何気にみんな、雷都がいなくなって寂しがってたからね。ハルちゃんなんか特に」

「いや、あたしはただの……友達としてだけどっ。別に変な意味は──」

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