まんまる令嬢は思う、あなたの前でだけは美しくありたいと

アソビのココロ

第1話

「シェリル、春には人肌くらいのぬるいハーブティーがいいと思わないかい?」

「思います」


 春の陽気の中、婚約者のエイベル・セイヴァン子爵令息とお茶をしています。

 エイベル様とはこんなところまで気が合いますね。

 老夫婦みたいな関係だねって言われることもありますが、私は優しく朗らかなエイベル様をお慕い申しております。


「次の休みに、祝福の丘に行かないかい? 一面のネモフィラの花が見頃だと聞いたんだ」

「あら、いいですわね」


 誘っていただけるのは嬉しいですね。

 でもエイベル様には申し訳ない気もするのです。


「……エイベル様は私が婚約者でよろしいのですか?」

「何だい、藪から棒に」

「私は……この通り醜いですから」


 私の顔は不自然に丸いのです。

 そう食べているわけでもないのに太っていますし。

 学院では『まんまる令嬢』などと呼ばれています。

 自分のことはともかく、エイベル様の評判を落としているのではないかと気が重いのです。


「ハハッ、シェリルは成績優秀だし、心が美しいじゃないか」

「そう言ってくださるのはエイベル様だけです」

「気にすることないよ。言いたいやつには言わせておけばいいさ」


 高位貴族の子弟に言い返せるはずもありませんしね。

 エイベル様も気にしていらっしゃらないようですし。

 婚約者がエイベル様でよかったなあ。


「次の休みが楽しみだよ」


          ◇


 ――――――――――エイベル・セイヴァン子爵令息視点。


「わあ、綺麗!」


 祝福の丘の遊歩道から見渡すネモフィラは実に素晴らしい。

 シェリルも喜んでくれているし、連れてきてよかった。

 空の青との調和が美しい。


 パーマー子爵家の娘シェリルとの間に結ばれた婚約は政略だ。

 ……というほどのものではないが、要するに年周りがいい、家格が合うということだ。

 オレは善良で素直なシェリルのことを気に入っている。

 シェリルもまたオレのことを憎からず思ってくれているようなので嬉しい。


 ただシェリルは自分の丸い顔と小太りな体形を恥じているようだ。

 美しいとは言えないかもしれないが、性格とマッチしていて可愛らしいのになあ。


 ん?


「エイベル様、あれは?」

「何だろうね」


 数人の人が集まっているようだ。

 美しい花畑に似合わぬ緊張感だな。

 あっ、誰かが倒れてる?


「どうした?」

「お、お貴族様?」

「この際礼儀はなしだ。そこに倒れてるローブ姿の女性は?」

「つい先ほどフラフラと歩いてたかと思ったら倒れたんでさあ」


 シェリルが診察している。

 シェリルは学院で基礎医学を選択している

 倒れているのが女性ではあるし、ここは任せよう。


「……呼吸と脈拍に乱れはありません。外傷はすり傷程度ですね。おそらく倒れた時についたもの。異常な発汗も発熱もないようですし、極度の疲労ではないでしょうか?」

「ふむ、屋敷に運ぼう。丘の麓に馬車がある。皆の者、彼女を運ぶのを手伝ってはくれぬか?」

「「「「おう!」」」」


          ◇


「ふあっ!」


 あ、目を覚ましたようですね。

 祝福の丘で倒れていた方は、女性ということもあり我が家にお運びしました。

 キョロキョロ辺りを見回していらっしゃいます。


「大丈夫でいらっしゃいますか? ここはパーマー子爵家の王都タウンハウスです」

「ええっ! お貴族様のお屋敷?」

「はい。私は子爵の娘シェリルです。失礼ながらあなた様が祝福の丘でお倒れになっていたので、我が家に運ばせました」

「こ、これはどうも。自分はマスデヴァルの見習い魔法使いウイと言います」


 マスデヴァル?

 何と海を越えた異国の方でした。

 そして見習い魔法使い?


「祝福の丘では、調べごとか何かなさっていたんですか?」

「そうではなくて……」


 くう、というお腹の鳴る音がしました。

 あっ、空腹でいらしたのですね。

 顔を赤くするウイ様に一言。


「すぐに食事を運ばせますね」


          ◇


「シェリル様は命の恩人です。本当に助かりました」


 ぺたっと平伏するウイ様。

 大げさですね。


「路銀が尽きて行き倒れてしまいまして」

「さようでしたか」


 身体で特に悪いところはないようにお見受けしたのでよかったです。


「そこまでして我がヨルカ王国に来なければならない理由がおありだったのですね?」

「ええ、まあ。師匠の命令で」


 マスデヴァルの魔法技術は独特と言われています。

 理由の一つに、徒弟制度を取っていることが挙げられるでしょう。

 体系的な魔法の習得というのではなく、弟子にのみ伝える特殊な技法があったりするからです。


「差し支えなければどのような命令だか教えていただければ、お手伝いできるかもしれません」

「差し支えはないのですが、雲を掴むような話でして……」


 ウイ様の師匠が昔、呪いをこの近辺で落としたことがあるそうです。

 呪いを落とすなんてことがあるんですね?


「それでその呪いを見つけて浄化してこいと言うのです」

「ウイ様は呪いを解くことができるのですね? すごいです!」


 見習いなんてとんでもない。

 立派な魔法使いではないですか。


「えへへ。でもそれは呪いを見つければの話です。探すのは専門外でして……」


 まあ、それは困りますね。


「見てください、これ」

「腕輪、ですか?」

「魔力封じの腕輪です。師匠に着けられたんです。こんなのしてちゃ魔法使いとしてやっていけませんよ! 呪いと連動させとくから、解呪に成功すれば取れるんですって」

「ええ? ひどくないですか?」

「師匠がボンクラなおかげで弟子が苦労するのです」

「大変ですね」


 ウイ様、憤懣やるかたない御様子です。


「呪いが落ちたままならその土地は瘴気を放つようになります。また動物が食べたりしたら魔物化します。しかしどうもそうした記録がないようなのです」

「そうですね。私も王都近辺でそんなことがあったとは聞いたことがありません」

「誰かが解呪するか滅するかしたならそもそも魔封じの腕輪は機能しないはずですし、聞き込みしても手掛かりがまるでなくて。とすると呪いは人間に取り込まれている可能性が高いと思うのですが……」


 えっ?

 では呪われている人がいる?


「人は呪われるとどうなるんですか?」

「症状が一定じゃないから難しいんです。魔物みたいに変化しまう人もいます。いや、もしそうであれば見つけやすいんですけど、ほとんど変化のない方もいて」

「難しいのですね」

「……あれ? シェリル様から呪いの波動を感じる気がする?」

「えっ?」


 そ、それは私が呪われているということですか?


「シェリル様、これ持っていただけます?」

「何ですか? オーブ?」

「探知機みたいなものです。師匠の探している呪いだと真っ黒に変化するんですよ」


 私が持ったらたちまち真っ黒に!

 何ということでしょう!


「ラッキー!」

「何がラッキーなんですか!」

「見つけるのどれだけ大変かと思ってたものですから。こんなに簡単に見つかるなんて! シェリル様ありがとうございます!」

「……」


 ……呪われてると言われた私は複雑なんですけれども。


「呪い解いちゃいますね。これ持ってください」


 今度は四角い箱です。

 私が持つと何かが吸い出されていくような……。

 ウイ様が真剣な顔をして箱を見つめています。


「……いいでしょう。おああああ?」

「ど、どうしました?」

「シェリル様の顔が……」

「お、お嬢様!」


 侍女まで何なの?


「「美人!」」

「えっ?」

「あっ、腕輪が外れた! やったあ!」


 ウイ様は師匠の呪縛から逃れたということのようです。

 おめでとうございます。


「お嬢様、鏡です」


 鏡の中に可愛らしい顔が。

 これが私?


「呪いの効果が身体を丸くする、太らせるという変化を及ぼしていたみたいですね」

「お嬢様、身体もお痩せになっていますよ」


 本当ですね。

 服がブカブカです。


「身体が軽い上に、とってもスッキリした気分です。ウイ様、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそバカ師匠がとんでもない迷惑をかけて、申し訳ありませんでした。ところでシェリル様」

「何でしょう?」

「魔法使いの御用向きはありませんか?」

「えっ?」


 もう師匠の元には帰りたくないようです。


「雇っていただけると嬉しいのですが」

「申し訳ありません。父の許可を取らないと、私の一存では何とも」

「そ、そうですよね」

「どちらにしても、しばらく我が家で御逗留されるとよろしいですよ」


 呪いを解けるほどの実力を持つマスデヴァルの魔法使いですか。

 貴重な人材ですから、ぜひお父様に雇ってもらい、パーマー子爵家の役に立ってもらうべきでしょう。


「ありがとうございます!」

「お嬢様、服を仕立てませんと。それよりも寸法を詰めて対応させられるものは、すぐお直しいたしましょう」

「そうね」


 ああ、エイベル様は喜んでくださるかしら?


          ◇


 ――――――――――エイベル・セイヴァン子爵令息視点。


 祝福の丘でデートした日以来、シェリルは超美人になっていた。

 何を言っているかわからないと思うが本当だ。

 祝福の丘で拾った女性は隣国マスデヴァルの魔法使いで、呪いを解いてもらったと説明を受けた。

 シェリルが丸かったのは呪いだったのか。

 呪いって体調が悪くなったり精神を病んだりすると聞いていたから、シェリルに当てはまるなんて全然考えなかった。


 以降、シェリルは学院でモテモテだ。

 そりゃそうだろう。

 元々善良で優秀な淑女なのだから、超美人になったらモテるに決まってる。


「エイベル様、お弁当にいたしましょう」

「あ、ああ」


 以前と変わらぬ態度でニコニコ昼食に誘ってくるシェリル。

 視線が痛い視線が痛い!

 婚約者と昼食するだけなのに、どうしてそんな嫉妬の凝縮された視線で見られなきゃいけないんだ。


 ……理由はわかってる。

 超美人になったシェリルとでは、オレは釣り合わないんだろうなあ。


 今のシェリルなら格上の家から縁談がどんどん舞い込むんじゃないか?

 オレが婚約者でいるがために邪魔してしまっている?

 シェリルの幸せを誰より願っているオレが、足を引っ張ってしまっているのか。

 そんなのには耐えられない。


「エイベル様、どうしました? 顔が怖いですよ?」

「シェリル、話があるんだ」


          ◇


「おかえりなさ……えっ? シェリル様、どうしたんです?」

「エイベル様に別れようかと言われてしまいまして……」


 確かに痩せてからの私は、急に人気者になった気がして舞い上がっていました。

 私らしくなかったと思います。


「エイベル様というと、シェリル様と一緒にあたしを助けてくださった婚約者の方ですよね?」

「はい」

「何故なのです?」

「実は……」


 顔が丸くなくなってから、高位貴族の令息に声をかけていただけるようになりました。

 今のシェリルにはもっと相応しい婚約相手がいるだろう、オレにはもったいないなどと言われてしまったのです。

 そんなことはありませんのに。

 私の本質は何も変わりません。

 お優しいエイベル様がいいのです。


「呪いが解けたことには感謝しております。可愛らしい顔になったことにも、身体が軽くなったことにも。でも……」

「シェリル様はエイベル様を愛していらっしゃるのですね?」

「はい。エイベル様を失っては何にもならないのです」


 ゆっくり頷くウイ様。

 ……実は最近お父様もエイベル様と婚約解消してはどうかと、それとなく匂わせてきます。

 より家格の高い家からの縁談を打診されているのだと思います。

 パーマー子爵家の立場を考えれば有利な話なのだろう、と想像は付きます。

 でも私は、まんまるの姿でもよくしてくださったエイベル様がいいのです。


「それで考えたのですが……私をもう一度呪いにかけていただけないでしょうか?」

「えっ?」


 ウイ様もまさかそんなことを言われたことはないのでしょう。

 表情が固まっています。


「やはりムリでしょうか?」

「……不可能ではありませんが」

「もうウイ様の腕輪は外れていますので、再び封印されるということはないですよね?」

「そこであたしの心配をしてくださるのですか。シェリル様のお気遣いは嬉しいですが、もちろん腕輪による魔力の再封印などはあり得ないです」

「でしたらお願いしたいのです」

「しかし同じ呪いでも、もう一度かけて同じ効果が出るとは限らない……」

「は?」

「今度は腕が腐り落ちるかもしれないですし、精神が壊れて廃人になるかもしれないです」


 何と、そんなことが?


「それに呪いが姿形だけに関与していたとは考えられません。精神の方にも影響してたはずですよ」

「そういえば、呪いが解けた後は心がすごく軽くなった気がします」

「シェリル様のケースは重くなかったとはいえ、やはり呪いは身体も精神も蝕みます。おやめになった方がいいかと思います」


 しかし私には他にエイベル様を繋ぎとめる方法がないのです。


「……前のようにまんまる顔になる可能性は高いのですよね?」

「体質自体は変わっておりませんので、同じような効果が出る確率が高いとは思います」

「ではまずい効果が出るようでしたらすぐに四角の箱で呪いを吸い取り、再び呪いをかけ直してまんまる顔になるまでやり直すことは可能ですか?」

「……可能です」


 ウイ様が呆れたようにため息を吐きます。


「シェリル様はそこまで思いつめていらっしゃるのですか」

「私にはエイベル様しか見えないのです。別れを切り出されて悲しくて」

「御立派です。となればあたしも全身全霊を尽くしてシェリル様の期待に応えましょう」


 ウイ様が協力してくださるようです。

 これで私はまんまるに戻れる!

 

           ◇


「あら、シェリル様。また丸くなってしまわれたの?」

「ええ、やはり私は太っている方がいいようなので」

「そんなことはないでしょうけれども。でも最近明るくていらっしゃいますわ」

「ありがとうございます」


 私は再びまんまるになりました。

 そのせいで心配されることがありますけれど、高位貴族の令息方に話しかけられることはなくなりました。

 思わずチョーカーに手が行きます。

 これはウイ様の傑作魔道具なのです。


『シェリル様、よく呪いに耐えましたね。まんまる状態を写し取ることに成功しました』

『写し取る、ですか?』

『はい。重要なのは呪いをシェリル様の身に宿すことではなく、まん丸に戻ることですよね?』

『そういえば……』


 呪いに拘ることはありませんでした。

 私の視野が狭くなっていたようです。

 エイベル様が去ってしまう危機でしたから。


『呪われている状態というのはやはり危険です。このチョーカーを身に着けてさえいれば、見た目まんまるをキープできます。呪いの悪影響一切なしにです』

『素晴らしいではありませんか!』


 私は健康なまんまるでいられることになりました。

 以前より明るく、積極的になったんじゃないかとは皆さんに言われます。

 おそらく精神面に作用していた呪いが抜けているからだと思います。


「やあ、シェリル」

「エイベル様」


 エイベル様の前でだけチョーカーを外して、まんまるでない私を見せることにしています。

 私も乙女ですので、エイベル様には少しでも可愛いところを見てもらいたいなあ、と思いますから。


「最近ウイ殿はどうだ?」

「元気です。魔法薬草の栽培を始めましたよ」


 各種ポーションの材料となる魔法薬草は栽培が非常に難しいのですが、ウイ様には可能だそうです。

 ただウイ様は魔法薬草が売れることを知らなかったらしくて。

 マスデヴァルの魔法使いは自分でポーションを作るのが普通だそうなので、我がヨルカのようにポーション工場に売るという分業が進んではいないのですね。

 ウイ様は栽培は好きだけど、ポーション作りは臭いので嫌いなんですって。


「ウイ様には魔法薬草の栽培法を教授してもらうことが決まっております。パーマー家の新しい産業としたいですね」

「シェリルはしっかりしているなあ」

「あっ、ごめんなさい。セイヴァン子爵家のことも考えなくてはいけないですね」


 私はエイベル様の妻になるのですから。


「まあ、領政や産業振興は大事だね。ところで最近ちょっと熱くなってきたじゃないか。精霊舞の滝でも見に行かないかい?」

「いいですね」


 エイベル様はただデートに誘ってくださるだけではないのです。

 観光業を視野に入れていらっしゃるんですよ。

 セイヴァン子爵家領は王都に近いですから、人を呼べれば最高ですからね。

 私もお手伝いしなくては。


「丸いシェリルも可愛いけど、美人のシェリルも可愛いなあ」

「ちょっと何言ってるかわからないです」

「シェリルは素敵だってことさ」


 もう、エイベル様ったら。

 私だってエイベル様のことを素敵だと思っているんですからね。

 幸せの時間が戻って来ました。

 まんまるでよかったです。

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