第47話 魔法使いの対話

「えーっと、まあ、そんなわけで、私たちは割と元気にやってます。だから心配しないで、配信も続けるんで。」


 そう赤髪の少女が締めの挨拶を行っている。


 結局、カメラマンは彼女たちを襲うことに失敗した。


 罠は悉くつぶされていた。


 伏兵は動けなくされていた。


 計画はほとんど機能不全だった。


 ゆえに彼は彼女たちをあきらめた、あきらめて――


「それじゃあ、次の配信で!ばいー」


「ばいばーい」


 そう言って二人の手を振る少女をカメラに映しながら、彼は誰にも悟られえない胸の中で「ある計画」を練り始めた。









「――黒法師、あんたの言うことは正しい。」


 カメラマン――死霊術師はそう言って振り返った。


 そこにあるのは光すら通さない漆黒の闇――あるいは切り取られた夜をまとう魔法使いの姿だ。


 先ほどまで隠していた姿を見せた魔法使いは一言、「そうか」と返して相手のセリフを待った。何を言うのか興味があった。


「確かに俺は人の死体をもてあそんでる。そういう風に見えるのは分かる。ただ違うんだよ。」


 そういった男の目は時間帯のせいで降り始めた夜の帳の中でも爛々と輝いている――まるで飢えた獣の目だった。


「――星丘明星ほしおかみょうじょうの炎上騒動は知ってるか?」


 そう聞かれた黒法師の脳裏に浮かんだのはそれこそごく最近に起きた炎上騒ぎだった、確か――


「――家でしていた配信に男の声が入ってたってやつだったか。」


 ダンジョンに入る配信者はシフト制だ、とはいえ、シフトが開いている日が休みとはいかない。


 今のコンテンツが飽和した時代、二、三日であっても間を開けるのはよろしくない。


 であるならできるところで配信をする。問う思考にたどり着くのはある意味当然の帰結だった。


 結果として、エクスプローラー系列の配信者は自宅でいつもの格好をしながら配信を行うものが少なからずいた。


 ――そして、この炎上騒動はそんな配信中に起きたちょっとした事故の類だった。


 星丘明星という女性配信者が家で配信を行っていたところ、背後で飼い猫か何かの名前を呼ぶ男性の声が入り込んでしまったのだ。


 おまけにその声が有名な男性アイドルの物に酷似していたことが事態を悪化させた。


 呼んでいる名前が彼がSNSで発表している物であることも疑惑に火をつけたのだろう、爆発的な速度でその噂は駆け巡り両社が公式に謝罪して「交際の事実はない」という内容の謝罪配信をするまでに至った。


「知ってたか。じゃあ、道長歩の一件は?」


「同じような話だろう?あの時は――おんなじ会社の人間との交際だったか。」


「そうだ、配信の後あいつら常にそれを否定した――が、それは嘘だ。」


 そう言って死霊術師は闇の中から顔を出した――その顔がまるで昔話の鬼のように真っ赤で険しいのは黒法師の見間違えではなさそうだった。


「あいつらは常に俺たちに夢を売るふりをして俺達をだましている!まるで――」


「――詐欺師、か?」


「そうだ、あいつらはみんな嘘つきだ、だから――「置き換えてしまうと思った」――!」


「――んだろ?」


 自分を驚きと――共感で満ちた目をした死霊術師を見て、黒法師は自分の考えが正しかったのを理解した。


「気が付いたのは偶然だった、「なぜグリムだけ殺されたのか?」それを考えていてふっと思い付いた――実はイレギュラーだった項目が違うんじゃないかと。」


 他の神秘的生物であれば行わない発想だ。悪魔ならもっと悪辣だろうし、妖精ならもっと衝動的だ。実に人間らしい不思議で――くだらない考えだった。


「あんたの能力は追跡と死体の操作。外でも問題なく使えるタイプの……言ってしまえば地味なものだ。ただ、この作業には適してた。あんたは自分の能力でもって彼らの居住地を明らかにし――。」


 悍ましい考えだった、自分で考えていて自分の人間性を疑いたくなるような考えだ。だってそうだろう?


「――そして、、絶対に人を裏切らない理想的なキャストの出来上がりだ。どんな違法行為も行わない、行えない。」


 ――いったい誰が、死体を人間のようにふるまわせるなんて考える?


 彼の顔色はすでに何かを信じている狂信の光で煌めいていた。彼が自分を理解していると固く信じている様子だった。


「――ショックだったんだろう?」


 黒法師は彼を見据えた。確かめるように言葉が舌を滑る。


「あんたがこの業界に入った理由は知らない――けど、こんな新進の業界に来るぐらいだ、何かしら思うところがあって入ったんだろう、夢か野望かはわからないが。」


 それは彼の先ほどのセリフでも明らかなように黒法師には思えた。


「が、蓋を開けてみればあこがれるものなど一つもない。清廉さで売る男は女と毎晩乱痴気、ファンと付き合わないと公言していた女は芸能人とみるやすぐに食いついた――まあ、実際そうなのかは知らん、僕はそっちの業界に明るいわけじゃないしな。ただあんたはそう感じた。」


 魔法使いは思う、これが思いつく自分もずいぶんとくだらない妄想をしているなと、一歩間違えば――いやもうすでに、自分は目の前の男と変わらないところにいるのかもしれない。


「で、あんたはそれじゃいけないと思った。だから――」


「――だから、正しい形に戻そうと思った。」


 黒法師の最後のt言葉を掬い徒つように死霊術師はつづけた、まるでクリスマスにプレゼントを見つけた子供のように喜びに満ちた声だった。


「そうだ!ははっなんだわかってるんじゃないか!」


 そう言って死霊術師は手を伸ばした。


「――だから黒法師、手伝ってくれ!あんたならこの崇高な行いが分かるだろう!」

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