第46話 魔法使いの宣告

「気が付いたのはリズ・レクスを助けた時だ。」


 どこからともなく響くその声は、頭の中から響いているようにもはるかかなた、地平線の向こうから響いてくるように聞こえた。


「その時は気が付かなかったが、後で気が付いた。あの時、僕は叶いうるだけの速度でリズ・レクスのもとに駆け付けた。モンスターとの接触も歩数すら最小限に抑えて。僕は最短かつ『一直線に』通路を駆け抜けた。」


 その声は地獄から響く怨嗟の声にも、天国から響く悔悛の宣告にも聞こえたが一つだけわかっていることがあった。


「――にもかかわらず、彼女達を救った時に何でか知らんが。」


 ――これが自分の行いを暴いているということだ。


「色々調べたが決定的なのはこれだった。すれちがわないってことは逃げてないんだろうと思った。一人は分かる、戦うための人員だからな。助けに戻ったのかもしれない、その割に接触はしてないがね。それよりも問題は――?それを考えたら、糸がほどけるように答えが出た。」


 聞いている人間――この事件の犯人である死霊術師は苦々しく思いながらを覗き続けた。


「――あんたが犯人だったんだな、さん。」





 言葉が返されることはなく、しかし雰囲気で自分の話を聞いていることを理解していた黒法師――東雲伊織は目の前でカメラを除き続けるこの件の犯人をまじまじと見ていた。


 若い男だ、取り立てて目立つ容姿とは言えない。少なくとも伊織はこいつと街中ですれちがっても気が付かないだろう。


 黒い髪に黒い瞳、のっぺりとした顔をしたマッシュルームヘアのその男は一見しただけでは全くこんな大事件を起こすようには見えない。


 ――しかし、魔法使いには彼の目の奥でゆらゆらと揺れる怨嗟の色がありありと見て取れた。薄暗がりの魔法を使っている奴特有の魂の揺らぎだった。


 考えてみれば当然のことだったのだ。


 犯人はいくつかの条件を満たす必要がある。


 一つ、後追い人の影を扱えること。


 一つ、被害者になる配信者に接触できる必要がある、それも、一人二人ではなく全員にだ。


 一つ、必ず現場にいる必要がある、死霊術を使わなければ犯人の目的を果たせない。


 一つ、後追い人の影で寄ってきたモンスターから逃げきる必要がある。自分が死体になっていては何の意味もない、そもそも死体が残っては何かの拍子にばれた時に疑われかねない。


 それらの条件を満たせる人間が犯人だった。それに該当する人間などほとんどいない、彼はそう思って諸々を調べていた、が、気が付いてしまえば何のことはないある共通点から探ればよかったのだ。


 そして、魔法使いでもない限りこの条件を満たせる人間は一人だ。


 は魔法を使える――ダンジョンに入った時にそれを手に入れたから。


 は必ず配信者に接触する――魔法を使えるほど近くまで。


 は必ずその現場にいる――居合わせるための人間なのだから。


 は必ず現場から逃げられる――そうれが常識だからだ。


 はたとえ事件に気づかれても疑われにくい――それは陰に隠れているからだ。


 あらゆる配信者に共通しているのは『映像を売り物にしている事』だ、そして『その映像は誰かが取らねば存在し得ない』である以上、この配信事業にはある人物の存在が必要不可欠だ。


 ――すなわち、カメラマンだ。


 この神秘の吹き余りは機械を嫌う。


 ゆえに、この科学や無線の時代のおいて、ダンジョン内は一種回顧主義的な撮影方法を扱うほかなくなってしまう。


 ドローンは持ち込めない、遠隔操作が使えない――やろうとするとあまりにも重く飛ばない――し、ほかに電子的に撮影を行う手はない、こうなればできるのは人力での撮影だけだ。


 ゆえに、この手の事業の最も身近な裏方としてカメラマンは脚光を浴びることなく、このダンジョンにいる。


 ダンジョンに入っている以上、彼らも特殊な能力を持つ――それが、後追い人の影であっても何ら違和感はない。


 カメラは非常に高価だから配信者は『失っても戻る』命ではなく『壊れたら損害のある』物品を守ろうとする。


 彼らは必ず現場にいる――ともに遭遇してそれを放送するのが仕事だ。


 誰も矢面にあげない子の職業は考えたら考えた分だけ犯人に適していた。


 黙して語らない相手に魔法使いも合わせるように口を閉ざした。


 これ以上、彼に語ることがなかったということでもある、自分が彼をとらえようとしている理由は明かした、魔法使いとしてはもはや行動する以外の選択肢はない。


 カメラの向かう先――死霊術師が本来罠を仕掛けていた場所で談笑を続ける二人と一歩下がった場所からそれをにこにこと笑いながら見ている一人がいる。


 傍から見た時それはひどくほほえましい光景のように見える、が、内実を知っている魔法使いには気づかれずに獲物を狙っている猛獣のように見えた。


 もしも何事もなく、ただ罠が起動しないだけならば今ごろ、あの笑顔に狂気をにじませて彼女たちのどちらか――おそらく倒しやすい杏――に襲い掛かっていただろう、そう確信するに足りる気配がちらほら見え隠れしていた。


 それをその場に縫い留めているのは空路奉仕のどこから来るのかわからない視線だった。


 貫くようなそれが命令を待つ猛獣を地面につなぎとめて離さない。


 二人の間に流れる沈黙を切り裂くようにリズ・レクスが能力で呼び出した剣をふるって一層固有の魔物を切り裂いていた。


 配信はつつがなく続いている。

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