第48話 魔法使いの勧告


 これが計画――あるいはそうとすら呼べないずさんな物――だった。


 自分は正しい事をしている。ゆえに「正しいことのために動いている黒法師もすべてを話せば自分に賛同してくれる――」


「――はずがない。」


 彼の思考を後追いするように黒い影が口を開いた。


「なぜ断る!」


「どう考えたところでお前のやってることがいいことだと僕には思えんからだ。」


「どうして!あんたは人助けするんだろ?誰だかは知らないがこの件は救うべきじゃないとでもいうのか!」


 炎のような熱情をもって叫ぶ死霊術師の声を遮るように黒法師は穏やかに語る。


「確かにあんたの言う通り、この職は夢を売る職業なんだろう。そういった職業の人間が間違ったことをするべきでないのは事実だ。」


 実際、黒法師も推しの俳優が犯罪で捕まるたびに悲しい思いをしている。


「そうだ!だから――」


 ゆえに気持ちはわかる、わかるが――


「――だが、夢を与える側が自分の幸せを追求してはいけないとは思わん。」


「――はっ?」


 呆気にとられたようにぽかんと死霊術師は口を開けた。間の抜けたその顔はひどく無様で、心の底からこれが否定されていると思っていない男の顔だった。


「本人が幸せになるために起こした行動の結果を、僕らが否定する権利はない。」


「――だが奴らは衆目に触れる場でこういっていた!「ファンと恋愛はしない」と!」


 それを信じていたのだろう、叫ぶ声はもうほとんど悲鳴のように聞こえた。


「だが誰かと明確に制約をしたわけではない。」


「だが全員に公表してる!」


「あんたが死体を操っていることを明かさずに行動しているように彼女も恋人がいることを公表していなかった。それだけでは?」


「俺はこの偉業を邪魔しに来る愚か者から身を守るためだ!まったく違う!」


「同じことだ、恋人がいると分かればその人物の人生を邪魔する危険性がある、それを恐れただけかもしれない。」


 矯めつ眇めつ、視線をそらさずにじっと死霊術師を見つめる黒法師の目に映るのは、「いつか」「誰かに」心を傷つけられた男で、その立場から転げ落ちてしまった怪物だった。


 そんな彼を憐れんでいるのか黒法師本人にも、もうよくわからなかった――背後からくる殺気のようなものが深く考えるのを邪魔していた。


「それが事務所の方針だったかもしれない。」


「だったら言わせた人間も死ぬべきだ!」


「そこまでの罪じゃない。」


「そこまでの罪だ!だまされたものがいるんだぞ!」


「それは確かにそうだ、そいつらがそれを非難するのは構わん。だが殺されるべき罪だとは思わん。ハンムラビ法典に書かれている通りだ、<目には目を歯には歯を>だ。」


「罪の大小が小さいとでも言うのか!?」


「そうだ、正しい罪には正しい罰が必要だ。」


「――それを定める法などない!傷ついた俺達の苦しみを定める法など!」


「そうだな、それはそうだろう。だが、お前は彼らに悔悛の機会を与えなかった。」


 口論を続ける死霊術師の口が止まった。そんなこと言われると思っていなかったと表情が物語っていた。


「罰とは元来罪を償うために、悔い改めるために行われるべきだ。お前は弁明の機会も与えなかった。これが人が行った行為への罰だというなら、僕にはそれが納得できん。」


 追撃のように飛び出した言葉に死霊術師は鼻白んだようにひるんだ。


 考えなかったのだろう、殺されるべきだと信じた者にも言い分があったことなど。


 正義や――あるいは行き過ぎた善を信奉するものにありがちな心理状態だった。悪を裁いたり打ち倒したりすることはこの上ない魅力を伴うのだ。


 だ。悪人ならどれほど麦事でも肯定される。善行のもとに振るわれる限り暴力は肯定される――そんな気分になる。実際はそんなことなかったとしてもだ。


 しばしば善の魔法使いに置いて語られるそれは復讐に似ている。


「――奴らは詐欺師だ、出てくるのは嘘ばかりだ。」


 絞り出す言葉は苦しいものだった。


「だがお前はそれすら聞いていない。」


 叩き潰すような一言に言葉が継げなくなったように黙る死霊術師に「それに」と魔法使いはつづけた。


「あんたは善人ならこの件に手を貸すはずだと言ったな。それはありえん。」


「――なぜだ!罪を罰するのは良い事だろう!?」


「違う、僕が知る限りそれは善人のすることじゃない。」


「じゃあ何なんだ!」


「善人とは寛容な者のことだ。罪を許せる者のことだ。断じて罪を裁く者のことじゃない。少なくとも僕は師匠にそう習ったし、それで納得してる。」


 揺るぎのない山のように厳とした声は、死霊術師にとってどう聞こえたのかはわからない。


 ただ震える唇はそれでも声を上げて彼に叫んだ。


「だが―それならなぜ俺は死体を操る力を手に入れた!?これは天啓だろう!?」


「死霊術を手に入れたのは偶然か?」


「嗚呼!まさしく天の采配!」


「……あの殺し方はどうやって知った?」


「ああ、あれか?あれは使っていて気が付いた、初めて使った時はなんて扱いにくい力かと思ったよ、だが、それがどうだ!方法と結果がそろった――もうやるしかないと思った。」


 視線の先に居るのは肩で息をしている死霊術師が一人。


「それが間違いだったな。」


「――なら、あいつらの罪は許されるとでもいうのか!?」


 それは信じていた物に裏切られた人間の断末魔だった。


 自分が大事に守っていたはずの物が実は何の価値もない―――それこそ虫の糞ですらない物だったと知った人間が発する絞り出すような悲鳴だった


「いや、許されるべきだとは思わない。」


「なら!」


「だが、あんたは巻き込む理由のないものまで殺した。」


「一台しか配信機材がないような会社の唯一のエクスプローラーを殺した、中堅だがきっと芽が出る新人を殺した。彼らは嘘を吐いたのか?」


「…」


 答えに窮するようにうつむいた死霊術師に告げる、わかってリうのだろう――結局これが八つ当たりでしかないことを。


「少なくとも彼らには彼らの配信を楽しみにしている人間がごく少数だとしてもいたはずだ。家に帰れば彼が生きていることを喜んだ人間もいただろう、あんたはそいつらからその機会――喜びや幸せを完全に奪った。」


 死霊術師を見据える、魔法使いとして目を放してはならぬ事柄だと思った。


「それだけのことをしたら、あんたはあんたが恨んだ者達とどう違う?いつか許されたかもしれない罪で償う機会すら永遠に失われた奴らはどうしたらいい?」


 返ってきたのは絶叫だった。


「――知ったことか!アイツらもこの業界に入ってきた時点で消え去るべきなんだ!」


 そう言って血走った眼をこちらぬ向けた死霊術師に嘆息する――死霊術の使い過ぎだ、死体を操るなんてひどく冒涜的な事に使われる魔法は心や――魂の健常性を侵す。


「……あんたがどの道、降伏も何もしないのはとうに分かってる。が、こっちも手順としてやらなきゃならんので言っておく――あきらめて、僕につかまってくれ。」


 最後通知を告げた。これが通らなければ――やるしかない。

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