第24話 伊織少年の休養
『――ありえない。』
伊織はそう考える。
彼が『グリム』を名乗る配信者の死を知ったのは彼が学校での噂からだった。
「グリム死んだんだって」「っマジで?やばいジャン、ショック――」などというありきたりな同級生の会話を伊織はさほど気にしていなかった。
話からそれなりに有名な配信者のことだと思ったし、著名人や自分が見たことのある人間の死はそれがどれだけ希薄で一方的な間柄でも衝撃を与えやすいと知っていたからだ。
結局、今日も寝れていないのが彼の脳の回転を著しく制限し、思考が定まっていなかったのだ――SNSをのぞくまでは。
其処でもやはりそれなりに著名な配信者の死は大きな話題らしかった。
冥福を祈のりますという追悼文のようなものに張られた彼のアカウントの投稿を見て、初めて彼はなくなったのが自分がこの『後追い人の影』の一件で襲われてたのが五人の配信者の一人だと知った。
そして伊織は困惑に包まれた。
このタイミングだ、『後追い人の影』の一件と何の関係もないということはないだろう。
おざなりに授業の準備をしながら彼は自分が何か途方もないミスをして人を死なせたのではないかという自責の念と戦い、状況を整理した。
『……やはりありえん、助けた時確かに呪いの有無は確認した……呪いはかかってない。』
少年の『第三の視界』に移った術はあれだけだ。あれで人は死なない。
それに、ダンジョン内での死は外に影響はしない、これはあのダンジョンと言う魔法の性質なのだ。
ありえない、魔法と神秘の法則に反している。
そして、自分の知る限り魔法の法則は間違わない。
であるなら――これは魔法の関わった事件ではあるが魔法の結果起きた事件ではない。そう考えるのが妥当だろう。
「――これが目的か?」
頭にひらめいた推論はしかし同期の面で否定された、何の目的でわざわざダンジョン内で殺した人間をもう一度殺す?死体はすでに手に入っているはずだ。
『俺の推理が間違ってる……いや……』
――この時、彼の思考が一人の人間の死で埋め尽くされていたのを責められる人間はいないだろう。彼からすればそれは救い損ねてしまった命かもしれないのだ、気にも病むし彼はもう長い事眠っていなかった
だからだろう、これが起こるのを避けられなかったのは――
「――危ない!」
「――!?」
突然かけられた声は警告のための物だった、即座にそちらに目を向ければこちらに向かって飛んでくるサッカーボール――体育の授業中だ。当然ぼーっとしていればこう言ったこともある。
しかし、万全の少年であれば、この程度たいしたことではない。これよりも早い投げナイフや矢玉をかわしてきたのだ、この程度造作もない――
『――あれ?』
――はずだった。
かわそうと力を込めた足が突然意志と状況に反旗を翻し、その力が抜けた。
がくり、と膝が折れ、体を支えようとする力が失われて――
「あ、やべ」
ごんっ!といい音を立ててボールが彼の顔面に埋まった。
彼が覚えているのはそこまでだった。
「……んー?」
顔を滑りのいいシーツから放した伊織は自分がどこにいるのか、何をしているのか、一瞬真剣にわからなかった。
辺りを見回してみれば、そこもやはり見慣れない。
自分を守るように衝立が城壁の様にそそり立ち外界と自分を隔てている、ベットも自分が使っている物ではないし、もっと言えば、なんとも言えない消毒液の匂い。
『……どこだ、ここ。』
首をかしげながら、彼は自分に与えられた唯一の武器である知性を揺り起こし、自分に何があったのかを思い出そうと努めた。
『……えーっと、授業に出る、考える、ボールにぶつかって……』
そしてベットの上。
『あれ、もしかして倒れた?』
伊織はここでようやく現状を理解した。
どうやらあの一撃で自分の体は限界を超えたらしい。
となればここは――
「あ、起きてるね、大丈夫?」
カーテンレールの動く音と共に自分んと外界を隔てる城壁が破られ、そこから、白衣を着た初老の女性――養護教諭が顔をのぞかせた。
『……やっぱり四日目ともなると無理があったか。』
養護教諭に曰く「過労と軽い脱水症状」と診断された彼は保健室で夕日に焼かれながらいささかの後悔と共に一人ごちた。
壁に掛けられた時計はすでに四時過ぎを指している、どうやら一日中眠っていたらしい、よくもまあ病院に連絡されなかったものだ。
最低でも六十五時間近く寝ていないのだから当然ではあるのだ、今までの冒険でもここまで寝なかったことはない。
その間に化け物を四百体近く殺して、超自然的存在による圧迫面接と慣れない尾行と魔法の番人による詰問があったのならなおのこと彼の体が持たないのもうなずける。
『そらボール一発でダウンもするわな。』
そういえば碌に飯も食っていない、最後に食べたのは――
『……なんだっけか?』
もう思い出せない、少なくとも尾行中は何も食えていないはずだ、霊薬は注文を取りに来る店員にも効いてしまう。
唯一の例外は自販機だが、巻くためにいそいそと歩く彼女たちを見失わないために飲み物すら取らなかった。
『……考えてたら激烈に腹減ったな……』
もはや鳴る気力すらないらしい腹の虫に謝りながら彼はゆったりと立ち上がった。
頭の中の霧が晴れたわけでもない。腹も全く満ちてはいない。が、それでも動かないわけにはいかなかった。
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