第25話 ある少女の悲劇あるいは――


 天王璃珠がエクスプローラーを始めたのは友人に勧められたのがきっかけだった。


「――一緒にいかん?」


 と聞かれたとき彼女はそれほど迷わなかった。


 友人――加藤杏かとうあんずとはずいぶん長い付き合いだった。


 幼稚園であってからこっち彼女と離れたことは一度足りとてない。だから、それがどれだけ危ない事でも付き合うつもりだったし、生命や人生に影響が出るようなら止めるつもりだったし、実際そのようにした。




「え、すごない?」


 自分に与えられた力を見た時に友人はそういった。


 退屈――でもなかったが隣の友人はそう感じたらしい――な講義を終えて、初めて入ったダンジョンで光と共に現れたその羊皮紙はもろそうな見た目に反してしっかりとした手触りで彼女の手の上で存在を主張していた。


 ダンジョンに入り、ステータスなる謎の多いものを手に入れて帰る。


 そこまでは何の問題もなかったのだ、ちょっとしたアトラクションのようで楽しくすらあった。


 問題はその後に起きた。


 エクスプローラーとして登録するための受付で想定外だったのか、新人であろう女性が彼女の持っているスキルを誤って公表してしまったのだ。


 そこからはほとんどパニックだった。


 身長体重と言った女子として知られたくない諸々の情報の下、特別にあつらえられたような空欄の中に書いてあることはどうやら周囲を驚かせるに足る何かがあるらしいとその時に初めて気が付いたのだ――いやまあ、一応調べはしていたし、書いてある事柄的に何かしら普通でないことは明白だったのだが。


『剣王の寵児』と銘打たれたこの能力は同時に効果の異なる五つの剣を呼び出し、それを自在に操れる強力なものだった。


 これを初めて見た時は『え、うちのお父さん剣道とかしてないけど?』と真剣に困惑したのを今でも鮮明に思い出せる。


 後であとで知った話だが、この手の『希少な能力』をオンラインゲームだか、サブカルチャーだかになぞらえて、ユニークスキルとよび、自分はそれを偶発的に得てしまったらしかった。


 ただ、当時の彼女はそんな事知る由もない、ただ書かれていたことが周りからびっくりするほど騒がれて、人付き合いが苦手な精神に負荷をかけて目を回していただけだ。


 別に普段からこうではないのだ、気を張っていれば人前に出ようが問題はない。ただ――ちょっと急だっただけで。


 そんな具合で目を回して――杏に助けられただけだ。


「ごめんなさいねーこの子人ごみダメなんですよー」と対応する友人に抱えられてその場から逃げるように立ち去った記憶はいまだに夢に見ることがある。


 何はともあれどうにか逃げだした彼女たちは二度とここには来ないだろうといそいそと帰路に就いた――





 ――当時、驚くほど騒がれていた『ダンジョンの生配信を行う会社』にスカウトされたのはそれから半年ほど後のことだ。


 どうやら、あの『ちょっとしたパニック』にいた人間から話を聞き、彼女の自宅まで調べてきたらしいその人物は自分の能力を配信事業に生かさないかと言った。


 始め断ろうとした彼女の中で何が起きたのかは彼女自身すら知らない。


 ただ、彼女はその誘いを受けることにした――一つ条件を付けて。


 次の日、彼女は杏の家に向かい、彼女を説得した。


 自分でもどこから出るのかと思うような熱意でもって彼女を説得にかかった、自分で言うのもあれだが人生で一二を争うほど真剣だったと思う。


 自分の唯一の親友だった。


「お、おう、そこまで言うなら……」と彼女が了承したのはその日の夕暮れだった。


 それがかれこれ一年半ぐらい前、高校生になりたての頃に起きた人生の転機だった。




 それからは怒涛の展開だった。


 二月でデビューの日付が決まり、同じようにスカウトされた同期――とてもいい人だ――と共にダンジョンに潜った。


 それから一年。


 順調だった――と思う。


 コメントも読めないぐらいに流れるようになり、中には付き合い合いとか結婚したいと言ってくる人までいた。多分冗談だと思うが……それでも認知されているようでうれしいと思っていた。


 ダンジョンで手に入るものもどんどん増えて、気が付けばファンも八十万人なんて大人数になっていた。


 全員から話しかけられたら失神するかもしれないと、死乳と嗤ったのはごく最近のことだ――








 ――そして今、その友人が腕の中で死にかけている。


 不意打ちだった。


 秋葉原ダンジョン十七層、森林地帯を何時もの様に歩いていて、木に化けたモンスターである『トレント』に奇襲を受けた。


 それ自体はどうにでもできた、すぐにさばいて――その後ろにいる数に愕然とした。


 キシキシと葉を揺らす化け物が軽く二百はいた。


 配信者として最低限守るべき分別を持った罵声を浴びせて、会社の方針に従うため、カメラマンを逃がした。


 そして自分たちも逃げようとして――親友が捕まった。


 同期を一人で逃がして、どうにか助けようと暴れて――どうにか助け出した彼女はちょっと人に見せられないほどボロボロだった。


 逃げて逃げて逃げて……追い詰められて、それでも必死に逃げ込んだ此処で――死にかけた友人を抱えて泣いている。


「だい……じょぶゃ……ここで……もべつに……」


 そう告げる友人の声で却って焦りが深くなった。


 ダンジョンの中だ、死んだからと言ってどうなる事はないのは分かっている、わかっているが――


 ――もし何かの間違いで本当に死んでしまったら?


 なぜ死なないのか誰にもわかっていないのだ、


 それが、今自分たちに降りかかってくるのか否かも


「ごめん……ごめん……」


 自分が誘ったせいでこんなことになったと謝る自分に友人がどんな顔をしているのか涙で滲んだ眼ではもう見えない。


 キシキシと鳴る葉の音が近づいてくるのが聞こえる。


「――よし。」


 深く深呼吸をする。もはや満身創痍の体は思うように動かないがせめて友人を守って死んでやろうと思った。


 キシキシとk身の悪い音を響かせながらのそのそとこちらに向かってくるトレントに何時もに比べてひどく重くなった剣を握って構えようとして――立ち上がれないことに気が付いた。


 どうやらとっくに限界を超えていたらしい。


「……はぁ、これで終わりかぁ……」


 思わずため息が漏れた、せめてもの抵抗をと親友の体を抱き寄せる。


「ごめん杏、ほんとにごめん……」


 樹木でできた怪腕を持ち上げる怪物を前に謝る必要もないのに言葉が漏れた、かばうように親友を抱きかかえて――


『In nomine `Fortissimi Zazarabam', causa et effectus et miracula, ruina!《最も強大なるザザラバーム》の名において、因果と軌跡よ、崩壊しろ!』


 ――煮えたぎる怒りと悔恨の念によってうち放たれた稲妻がすべてを打ち払った。


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