第23話 伊織少年の弁明
「――ええ、路地で人型倒れていて……はい、お願いします。」
一仕事終えたとばかりに警察との電話を切り、男に形態を投げ返した伊織は彼に一言告げる。
「ここで横になって寝てろ。じきに警察が保護に来る。」
「わかった。」と一言返して卒倒するように横になる男をちらりと一瞥してから、彼は顎に手を当てて考えを巡らせる。
『あいつの話が正しいのなら、たぶん……』
ひゅるひゅると気の抜ける音が彼の耳に入ってきたのはその時だった。
弾かれたように左足が動き、体を半身にする。
茶色のまぶしいレンガが彼の左半身のあった位置をぶち抜くように通り抜けたのはその一瞬後のことだ。
体に接触できなかった煉瓦は速度を緩めずに路地を構成するコンクリートの壁にぶち当たって音もたてずに砕けた。
――消音レンガだ。これを作れる魔法使いは一人だけ――
「――『レンガ職人』か。」
「いかにもだ、『戯れを救う者』」
伊織の視線の先、音もなくそこに降り立ったのは小さな影だった。
決して背の高いとは言えない伊織をして頭一つ小さいその影は伊織よりも細身で、切れ長の目を持つ――梟の姿をしていた。
「久しぶり……だな?」
伊織は記憶をあさって声をかける、彼に声をかけるときは普段よりも慎重でなければならない理由があった――特に今は。
「ああ、鳥かごでお前が『強大なる』ロック鳥を破って以来だ。」
「……去年、『オークの木の下の霊会』で会わなかったっけ?」
「あの時は『妖霊の侵攻』を食い止めていた。」
「ああ……大変だったってな、言ってくれれば行ったのに。」
「別段、問題があるわけでもない、それにこれ以上お前に貸しを作るのは好かん。」
「さようか。」
あれを貸しの一言で評されるのは甚だ腹立たしかったが、ともあれ多少場があったまったと判断し――その判断が付くほど彼に退陣経験があるのかは傍から見ると謎だったが――本題に入る。
「――で?こんなところに『掟の番人』が何の用だ?」
――『古い樫の木の誓い』もしくは『樫の木の下で行われた制約』は、あらゆる魔法使いと超自然的存在のために作られた戒律だ。
弱者を庇護し『ここではない場所』の侵攻やろくでもない魔法から何も知らぬ者達や魔法使い自身を守るため、当時もっとも力のあった者たちが作り上げ、あらゆる魔法使いや超自然的存在がこの影響下に入るようにされた強大な魔法だった。
しかし、止むにやまれず法を犯すものと言うのはどこにだっているのだ。
例えば、相手が先に法を犯している場合。
あるいはよりか弱きものを守る場合も有形力を行使する必要があり、そのために強烈で質の悪い呪文を使わねばならない事は神秘満ち満ちた世界ではありうる話だ。
そういった状況に対応するべく、当時の力ある者たちは掟の『番人』を選定した――その一人が彼だ。
この小さな梟の体に世界と世界を隔てるレンガを一人でくみ上げるほどの力が宿っていることを知る者はそれほど多くない。
「私が来るということはどういうことかお前なら理解しているはずだ。」
「……こいつへの魔法使用か?これはこいつが力を持っていない者を追い回していたから行使したのであって――「違う。」」
「――あん?」
「お前の処分は別の容疑だ。」
――理解できない。
自分がここ一年で犯した容疑に当たりそうなものなどこれ一件だけだ。
この一件すらこの男が仕事とはいえ未成年者に付きまとっていたことを考慮するとどうなのか怪しいものだ。
「……なんの話だ、」
「――『戯れを救う者』お前は命に対する重大な禁則を冒している。」
「……はぁ?」
内心「おい、またかよ。」と毒づきながら、胸中の怒りを抑える。昨日に引き続きまたこの時間だ、どうにもこの時間は相性が悪いのかもしれない。
「待て待て、あんたまさか僕が「死霊術」を使ってるってのか?」
「そうだ。」
「馬鹿言え!」
「事実だ、『離さぬ猟犬のレパード』の印が「死霊術」の香りを捕まえた。この領域において死霊術が使われている。」
「それは知ってる。そいつを探してるんだよ!」
「……ふむ?」
梟の目がほそまる――どうやら彼の興味を引くに値する情報を伝えれば、話を聞かせる土台に傍てそうだった。
「――つまり、この領域において発見不可能な方法で人を殺め、それに対して――」
「――死霊術を使ってる。」
「ふむ?」
いぶかしむ梟に――まったくもって疑り深い鳥だ!――言葉を続ける。
「神秘の漏出点では生き物はしなない、厳密言えば――」
「――死んだ瞬間に魂と精神を神秘が保護し、肉体を「作り直して」漏出点の外に置かれる。お前の調査書に書いてあったな。」
「そうだ、業腹だが一回自分で実験した、間違いない。」
「ふむ、ご苦労だな。」
「まあ、僕だって魔法使いの端くれだ、これぐらいせんとな。」
「うん、結構。それで?」
「で、この場合、放置されていた肉体がどうなるかと言えば――」
「――呼び出された者たちの餌か……」
「まあそんなとこだ、で、それが起こるのは当然タイムラグがある。モンスターがやってくるまでのな。」
「……なるほど?」
首をがくりと傾けた番人は表情の変わらない――というか鳥の表情など伊織は知らない――顔で彼に問う。
「――あり得るのか?死霊術はひどく難しい術だ、何の修練もなしに扱えるのか?」
当然の疑問だ、これがそよ風を吹かせる程度ならともかく、死霊を操るのは並大抵の術ではない。
だが――
「神秘の漏出点を超えた人間は基本的にその身に神秘を宿すのは知ってるだろう?」
「聞いている。」
「で、その神秘は基本的に特異な能力を形成する。基本的には魔法のようにふるまうの力をね。」
「……人との交わりで生まれる魔法か」
「そう、「呪文も動作も認知すらいらない魔法」――自然の魔法だ、人にもそれが芽生える。」
「……なるほど、つまり今回の件の犯人に目されるものはその自然の魔法を使って、死霊術を使っていると?」
「僕はそうみてる、まあ、気が付いたのは昨日だが。」
「ふむ……」
思案するその顔は疑いと信用が半分ずつ
「理由は?」
「動機ってことか?わからん。」
その言い草にあきれの混ざった言葉が襲う。
「ずいぶんずさんな言い分だ。」
「いや、ダンジョン内での「人の死なない殺人」程度ならゲーム感覚でやるかもしれんとは思ってたが……死霊術まで使ってるとなるとかなり計画的だ、そこまで行くと、もうちょい調べてからでないと分からん。」
「ふむ……」
またぞろ思考の海に潜り始めた同類を見ながら、彼は襲ってくる眠気を追い払うのに必死だった。この後も優先度の高い救助に向かわなければならない。
「……分かった、ひとまずはお前の言う事を信じよう。」
「ずいぶん聞き分けがいいな……てっきりもっと食い下がるかと思ったが。」
「お前が術を使っていないことはここについた時点でわかった、問題はお前がそれをほう助したかどうかだ、それを知りたければ――」
「――僕を監視すればいいと?」
「そうだ、お前はこれから『ダモクレスの剣』にかけられる、もしもお前が何かしらの方法でこの件を幇助していれば――」
「――その場であんたが僕を殺す。わかってるよ。」
「では――ゆめゆめ私をだし抜けると思わないことだ。」
「こっちは眠くてそれどころじゃないよ。」
最後に添えた言葉を聞いたのか聞かないのか、梟の頭をした男はすでに羽すら残さずに消えていた。
少年は肩をすくめ、同じようにそこから消えた。
後に残ったのは、昏々と眠る探偵の男だけだ。
その日も同じように人を助けるべくダンジョンに潜った彼は同じように影の影響で襲われただろう人間を助けた――昨日より大勢だ。
『明らかに悪化し始めてるな……』
胸に抱いた危惧はその重みを増し始めていた――
その翌日だった、「影」をつけられ、ダンジョン内で死亡した現実でも死んだと聞かされたのは。
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