第15話 魔法使いの召喚

 魔法と言う物は非常に玄妙で人には――もっと言えば、生き物には――扱いきれぬ神秘の御業だ。


 魔法使いたる少年すら、その全容のうち、つかめているのは塵一つにも満たないだろう。


 それを解き明かすには人の一生は――あるいは、星の一生ですら、足りえない。


 そんな秘蹟は時として奇妙な偶然によって生まれうることがある。


 それは例えば船がよく消える海域であったり。


 あるいは、なぜか方位磁石が利かず人を迷わせる森であったり。


 あるいは――無限に資源を放出する神秘の洞くつであったりするのだ。


 そして、神秘とは基本、生き物と共にあるものだ。


 生まれた時に祝福され、運がいいと賭けに勝ち、神と悪魔によって正道と邪道を行き来する。


 本来はそうあるべきだった。


 が、人はそうしなかった。


 祝福などないと言う者が現れ、賭けをしないものが増え、法を軽んじた。


 夜の陰に隠れる化生たちを幻覚だと痛罵し、街灯で住処を奪った。


 確率でもって裏道を探し、善悪に揺れる心を精神病だと決めつけた。


 結果、


 それらは、行き場をなくし、地下に沈んで――堆積した。


 それでもよかった、星の大きさに対して溜まる量は微々たるものだった――いつか、それが消費されるなら。


 が、そうはならなかった、世界はさらなる文明を作り、事態を悪化させ続けた。人口は増え、それでも人は神秘を捨てて――


 ――


 ――つまるところ、ダンジョンとは人が文明の進歩によって表出を妨げただ。

 

 そして、閉じ込められ地の底でもって、長い年月を経て澱のようにたまり続けた神秘はある日爆発した――と言うか、


 まるで、アスファルトを引き裂いて芽を出す野花のように、大地を引き裂いてあふれんばかりの神秘をもっと広い場所に放出せんとその口を開けたのだ。


 どういう原理かは魔法使いたる伊織にすらわからないが「」のだ。船がよく消える海域の様に条件が満ちたのだ。


 結果、神秘の漏出点であるダンジョンができた――つまり


 ゆえに尽きぬ資源を提供する。神秘が尽きるその時までは。


 なぜなら、ダンジョンとは【神秘を減らすため】の魔法だからだ、外の世界に資源やダンジョンの一部を持ち出されることをしているのだ


 それならばモンスターなどださなければいいだろうと思うかもしれないが――そうもいかない、何せ「資源だけでは減らす量よりもたまっていく量の方が多い」のだ。


 先ほども語った通り、人間が文明を発達させたため、神秘はその在りどころを失って地下に潜った。


 そして、むしろそれを維持するためにダンジョンに潜っている――つまり、結局のところ基本的な構造は何も変わっていないのだ。


 ダンジョンやその周辺はともかくとして、一般的な人間はいまだに神秘と縁遠い生活を続け、結果的に地下に沈められる神秘はいまだに莫大な量だ。


 これが「魔法使いの扱っていない自然に起きてしまった魔法」の難点だ。


 かっちりとした意志の下でなく行使されているから、これが意味のないバケツリレーだと気が付くこともなく無尽蔵に資源を吐き出し続けている。


 わからないから吐き出し続けて――でもなくならないから何とかしようとする。


 だからモンスターが必要なのだ、資源だけでは神秘を使いきれないから。


 モンスターは超自然的存在だ、呼び出すだけで資源よりもはるかに神秘を使う。だから、モンスターを呼ぶ。


 ダンジョン側の行動は単純だ、なんせただの自然現象なのだから。


 だから、資源が浅い層で顔を出すのだ、ほとんど神秘を要さない物質だから。


 だから、下の層に降りるほどドロップアイテムがよくなるのだ、神秘がより多く堆積している場所だから。


 だから、下の層に降りるほどモンスターも強くなるのだ神秘がより多く堆積している場所だから。


 だから人は魔法を使えるようになるのだ、本来彼らが持つべきものを色濃くする場所だから。




 シルフが言いたいのはおそらくこうだろう


「結局人間がどうなるにしても自分たちがしてきたことによっておこる現象なら、彼らの責任」だと。


 わかる話だ、昔、魔法を使ってきた人間は魔法をなくし、結果的に世界には文明があふれてこうなった。


 その結果できた力や場所でなにが起きても彼らの責任と言えなくはないのだろう。


 そこまで考えて「それでも」と伊織は思う。


「それでもだ。」


 頭を振る、頭に浮かぶのは死にたくないと嘆くヨルガオや助けてきた者たちの顔だ。


「それでもだ、なんだって起きていいことにはならない。」


「何だって起こしていいことにもだ。」と続けた少年に、理解できないものを見た目を向ける彼女は。


「ま、それならそれでもいいけどさ、少なくとも僕は知らないね。」


 と言ってパンにジャムを塗り付ける作業に戻った――「もうちょっと種類ないのかなこれ……」などとブツブツと文句を言いってはいたが。





「――さっきの話、探しといてあげようか?」


 パンを食べきったシルフは立ち去り際、そんなことを言った。


「いいのか?」


「今日のパンおいしかったしね、まだあるならやってもいいよ。」


「買っておく。」


「ならいいよ。」


「じゃあ頼む。」


「ん、わかったら来るよ、いなかったら――まあ、その時はパンだけもらっとくよ。」


 そう言って、来た時と同じように突風になって彼女は消えた。





 誰もいなくなった教室の中、すっかり暗くなった帳の裏で彼は――


『……ジャムの種類増やしとくか……』


 ――と考えて、


「――で、僕に何か御用かね、人形のお嬢さん。」


 ――瞬間、控えていたはずの夜の闇が突然形を変えて、彼の真後ろで人の形を示した。


「――お前、アヴドーラ様がお呼びです、ついてきなさい。」


 白磁の肌を持つその人型は慇懃無礼にそう言ってに力を掛けた。

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