第14話 魔法使いの聴取
「――すいません、この食パンってしょくひんてんかぶつとかってはいってないんですかね?。」
「ええ、うちは無添加の物を使うのが自慢なので――」
「あ、じゃあこれください。」
「ありがとうございまーす。」
カランカランと小気味いい音を立てて開いた扉をくぐって伊織はパン屋を後にした。
次は――
『ジャムか。あいつなんか知らんがバター嫌いなんだよなぁ……』
『いや、マーガリンだったか?』と首をかしげながら、少年は駅前に向かって歩き始めた。
朝方からこっち、ずっと見えていた後追い人の影を追いかけることにした少年がなぜこんな買い物などしているのかと言えば、これが彼なりの捜査だからに他ならない。
以前再三にわたって語っている通り、彼は魔法使いだ。決して探偵などではないし、まして刑事でもない。
よって、彼に明確な推理や微に入り細にいるような捜査など期待できない、そして、彼自身もそれを理解している。
そもそも彼は比較的大雑把な性格だ、計算だってどんぶり勘定をよくつかう。
よって通常の捜査はとてもではないができない。
では何ならできるのか?何を調べるつもりだったのか?どう調べるつもりだったのか?
それらすべての答えは彼の職業にある。
そう、魔法だ。
彼に誇れることなどこれしかないが、これがあれば大体の問題は解決できるはずだと言う自負がある。
それに、おそらく、今日彼女を探っても何も出ないだろうと彼は考えていた。
これでもエクスプローラーの配信界隈には多少造詣があった彼は、彼女がおそらく『定休日』であると考えていたのだ。
ここで言う定休日とは、エクスプローラー配信者によくある現象で、撮影機材であるカメラの台数のせいで起こる『強制的な休み』のことだ。
依然語った通り、エクスプローラー配信はかなり難しい、カメラがあまりにも高価だからだ。
その関係上、常に毎日配信を行うということは基本的にできない。
タレントの数に対してカメラの数が足りてないのだ。多くタレントを抱えている事務所だと大体1/3程度しかカメラがない。
その関係上、エクスプローラー配信には必ず『定休日』が存在し、彼女が昨日影につかれているのなら、今日は確実に定休日のはずだった。
であるなら、今日の内に下調べや準備は終わらせておくべきだろう。
そのためにもまず――
『着色料とか入ってないジャムってどこなら売ってんだ?』
――ジャムを探さねば。
夕暮れが世界を血の色に染め逢魔が時が近づくころ、彼の準備はあらかた終わった。
自身の教室に帰ってきた彼は、自分の机の上に儀式の用意を終えていた。
と言ってもそれほど仰々しい物でもない、ただ、ティーセットを置き、その上に買ってきたパンとジャム――なんとか見つけた――を乗せただけだ。
まるで中世の貴族のバルコニーのような様相のそこはただ一点、通常のお茶会のテーブルとは違うことがあった。
周りが線で囲われている。ちょうど机を取り囲む形で描かれたチョークのラインはごく狭い範囲を除いてコンパスで描いたように正確でゆがみのないものだった。
『パンよし、お茶よし、ジャムよし……とりあえず問題なしかな。』
空いた窓から風が流れることを確認して机の上の者に不備がないかの最終チェックを終えた伊織は二度ほど咳払いをして準備を整える、これから出す声は人では到底出せない声だからこそ必要な事だった。
「 」
そうして喉の奥から響いた声は壊れたラジオのノイズの様にも、天上の竪琴が発するこの上ない旋律のようにも聞こえたが、人の耳には鈴が転がった音に聞こえたことだろう。
その音が響いたのと窓から強い風が吹いたこと、そして、伊織が手に持ったチョークで円を完全に閉じたのはほとんど同時に起きた。
線の上でどこにも辿りつけずに蟠っていた星々の力が、つながった線からなだれ込み、きれいな縁となって内側の物をとらえる――魔法円だ。
超自然の物から逃げるときや身を守るとき、あるいは閉じ込めるときの図形であり、根本的かつ最も原始的なその陣形はそれでも狙いを過たずに内側の物を閉じ込めた。
円を閉じた伊織が顔を上げると、そこには先ほどまでいなかったはずの女性が不満げな顔で彼を見ていた。
「ちょっと―邪魔なんだけどー」
ふてくされるように言う彼女に伊織が
「我慢してくれ、こうでもせんと君とは話せんのだ。」
と、返すと不満そうに「パンにつられてくるもんじゃないなー……」と唇を尖らせている――彼女が最新鋭のイージス艦すら転覆させるような嵐を起こせる存在だと語っても、誰も信じないだろう子供っぽくて可憐なしぐさだった。
「――悪かったよシルフィード、別にひどい目に居合わせるつもりはない。」
そう彼女――シルフィードに謝意を伝える、このままへそを曲げられてはこの後に差し障るのだ。
シルフィード――パラケルススによって提唱された、四大元素を象徴する精霊の一人であり、風の種族の一人であるこの大いなる存在は伊織少年の数少ない魔法的な『情報』を伝えてくれる存在であり、彼とささやかながら協力関係にある超自然的存在の一人だった。
「じゃあ出してよ。」
「さっきも言ったがこうでもせんと君とは話せんだろ。」
「なんでさ、名前呼べばいいでしょ。」
「君、名前呼んだって風になって僕の前吹き抜けるだけだろ?」
「その時話せば?」
「長い話なんだよ。」
「じゃあ長く話せば?」
「聞いてくれるのか?」
「吹き抜ける間ならね。」
「じゃ、あきらめてくれ、話しきる前に君が消える。」
「えー……不便な生き物。」
またしても唇を尖らせる彼女はしかし、机の上のパンを見つめると「食べていいのか」と言いたげに伊織を見つめた――「どうぞ」と言い切るのが早かったか、彼女がパンにジャムをつけだすのが早かったか、伊織にはわからなかった。
「あー……最近何してた?」
「ん-?知らんの?最近はビル風になって飛ぶのがコッチノブームってやつなんだよ。」
「……いつからの?」
「五分ぐらい前かな?」
「……さようで。」
これが、シルフと言う種族だ。
いつだって行動が早く、流れていくのも早い、すぐに前の物を忘れ、次の物に移って――忘れたことすら忘れて前の物に戻る。
全てが高速で過ぎていく種族だ――
「でー何の用さー」
――話題も含めて。
「この辺に魔法使いがいないか?」
そう聞いた彼にシルフィードは不思議そうな顔で
「いるでしょそこに。」
と彼を指さした。
「僕じゃなく」
「じゃあここに」
「君でもない。」
「えー……わがままだなぁ」
そう言ってパンをもそもそと食べながらため息を吐くシルフに伊織もまたため息を吐いた。
「……五歳児の相手してる気分だ。」
「おっ?ほめられちゃったー」
そう言って喜ぶ彼女に理解できないものを見る目を向けた伊織は思わず
「……これでほめてることになんの?」
と問えば。
「えっ、若いって意味でしょ?」
などと返ってきた。
「……そういう解釈もできるか。」
思わず感心した彼に向かってシルフは「こういう解釈しかないよ。」と言ってのける、伊織が彼女は異種族だなぁと思うのはこういった微妙に重ならない会話をする時だった。
「何言ってんの」と言いたげに首をかしげる彼女に「人の条理はきかんよな」と、あきらめたように笑う伊織は改めて彼女に話を続ける。
「そうじゃなく、僕が知らん魔法使いはいないのかって話だ。」
「君の知らない?人のってこと?」
「そうだ。」
「いないんじゃない?君が教えないなら大体の魔法使いは人に魔法なんて教えないでしょ?」
「いるっては話は――」
「聞いてないね、別次元から来てれば知らないけど、僕らが気づかないようにこっちに来るのは無理でしょ。」
そこまで言ってパンを片手に首をひねった彼女は「なんでそんなことを?」と彼に問うた。
「ダンジョン内でなんかやらかしてるやつがいる、ことによっては殺人だ、それを止めたい。」
「だん……?……?」
しばらく考え込んだ彼女はうんうん唸ってから、パンと手を叩いて。
「ああ、神秘の漏出点のこと?変な名前つけたねぇ?」
と言って笑った。
「僕が付けたわけじゃないけどな。」
「フーン?まあ、いいけど……どうせあそこで死んだって外にほっぽりだされるだけでしょ?それが目的の場所なんだから。」
「だとしても、だ。」
そういった彼に向けた彼女の顔はげんなりとヤル気なさげにゆがんでいる。
「そもそも、君らの種族が悪いんでしょ?神秘のこと捨てて、文明とか言うのは発展させすぎたせいで「あふれた」んじゃん。」
そう言って彼女は飽きれたような顔を伊織に向けた。
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