第5話 深入りしすぎる逢魔が時


『……思ったより重いな、この皮』


 結局『普段と違うことをすれば頑張っていることになるのでは?』との結論に達した彼は、持ち込んだロープでもって、丸めて縛り上げた蛇の皮を石で膨れたバックパックの上に積んで、両手に石で満杯の手提げを持って、帰路である一層の通路を歩いていた。


 一層はこのダンジョン内で判明している限り三番目に広く、モンスターの総数が少ない代わりに資源も少なく、下の層に降りるのも面倒と言う、うまみの少ない層だった。


 そんな中を彼は両手を荷物でいっぱいにして、重い足取りで出口に向かっていた――その姿はまるで、夏休みに机の道具をすべて持って帰らされる小学生のようだ。


『こんな重いくせに売値五万ならだれも運ばんわな……』と自分の判断を悔いて、ため息をく――その声が聞こえてきたのはそんな時だった。


「今日は下層に初挑戦するよ!」


  ――かわいらしい女の声だった。


 声の方に視線を向ければ、そこには男と女の二人組が何かをしているのが見えた。


 男はその女性にカメラを向け。女性はそのカメラに向けてかなり大声で話している、通常、ダンジョンで大声で話しても敵が近寄って来るだけでいいことない――普通ならだ。


 しかし、大荷物を抱える伊織にはその声の主が大声で話す理由に心当たりがあった。


『あー配信者かぁ……』


 俗にいうダンジョン配信者と言うやつだ。


 この手の「職業」が流行り出したのはここ2年ほどのことだ。


 そもそもすでに語った通り、ダンジョンは基本的に電波の通りが悪い。

 そもそも、生配信というものが出来なかったのだ、そんな中に一石を投じたのが「新技術開発財団」である。


 ダンジョンにおける新規格を作ると言うお題目でできたこの財団は、「ダンジョンにおけるリアルタイムな映像や情報の双方向通信」を目標に苦節三年半かけて「」を開発したらしい。


 細かい原理については省く――と言うか、専門用語が多すぎて何が何やら伊織にはわからない――が何かしらの特殊な技術でもって電波をある程度外に送れるようになったという。


 で、それが市場に流れたわけだが――


 が、ここで問題が一つ、コストが高かったのだ、最新技術をふんだんに使いすぎたのが原因だろう。都心に家を買えるぐらいの金額がする。


 結果として、一般人が手が出ない超高額機材としてそのカメラは世に出たのだ。


 買えるのは国や金のある企業、あるいは「」金のある一部の人間のみである。


 それを元手にしたのか、あるいはもともと作っていたのか、今度はやっぱり目玉が飛び出すほど高いスマートフォン――スマートフォンを作り出した「新技術開発財団」は名実共に世界の技術的トップに躍り出た。


 と言ってもこれを使えるのも、『ごく一部の人たち』なのだが。


 ともあれ『ダンジョン生配信』の準備もこうして整った――金があればの話だが。


 このため、現状『ダンジョン生配信』を行える人間はある種の勝ち組として認定されるステータスになっていた、まあそれだけ金があるという事なのだから当然である。


「下層から先は危険だなんて言われてるけど、私は大丈夫だから!下層以降の配信をしている人なんて全然いないから、みんなも気になるよね?」


 下層とは、基本的に現状の世界中にあるダンジョンにおける二十層から三十層までを指す俗語だ。


 今のところ五年間の調査でダンジョンはおおむね五十から百層の間で形成されることが分かってきている。そのうち、人間が自分たちの手で到達しているのは三十三層までだ。そこから先は機械を使っての検査の結果、階層数が分かっているにすぎない。


 その上で公的には下層だの上層だのと言った分類分けはない。


 どのような場合であっても新たなダンジョンを現れて報道されるときは「全五十三層のダンジョンが―」といった表現をされるし、エクスプローラーの到達階層も「誰それが第十三層を突破―」といった具合に報道される。


 とはいえ人間、優越をつけたがるのは生物としての性だ。


 一から九層を浅層、十から十九を中層、二十から三十までを下層それ以降が深層と言う分類をどっかの誰かが提唱し、それがSNSでバズった。


 そのうえで、「下層に潜れる奴はベテラン。」とか、「上層の上の方にいるやつは素人か新人。」と言った、エクスプローラーの格付けに使い始めたのだ。


 この場合、この声の主は二十から三十のどこかの層に潜るつもりらしい――おそらくは一人で。


 カメラを持っているのはおそらくカメラマンだろう。一昔前の物の様に巨大で扱うのに専門性のいりそうなそれを持って戦うことはできない。


 そして、彼女に仲間は見えない。そうだろう、彼女はそう言うう配信スタイルだ。


 この声の主に伊織は覚えがあった。


 配信者だ、確か名前は……朝顔だかひまわりだかなんだか――とりあえず、花の名前だったはずだ。


 黒い髪を肩ぐらいの高さで切そろえている美しい女性だ、年のころは二十かそこら、技術も確かにある腕のいいエクスプローラーにして配信者だ。


 そしてソロで潜っている。


 配信者と言うのはアイドルに近い、女性の配信者は特にその傾向が強く、ともすればファンは配信者との疑似恋愛的な雰囲気を楽しんでいたりする。それはダンジョンに入る配信者であっても変わらない。


 だからこそ、この手の配信者は徒党を組みにくいのだ、下手に男を入れると「匂わせがどう」だの「付き合っているのでは?」と言った憶測が飛びやすいから。

 

 彼女もその辺りに配慮したのか、配信開始当初から一人で潜り続けていて――ゆえに停滞し、近頃配信の同時接続者数で伸び悩んでいるというwebの記事を見た記憶があった。


『一人の限界か……』


 ダンジョン配信は停滞しがちなコンテンツだ。


 基本系にダンジョンは下に行けば行くほどモンスターが強く、種類も増える。


 その分実入りもいいが……当然、実力が合わなければ死にやすくなる。


 そして、そうやって下層で死ぬエクスプローラーは何かと下層に下りたがらなくなる。


 何故ならダンジョンで致命的な傷を負うことはない、外に出ればどんな損傷も嘘のように消えさる――が、道具はそうもいかない。


 ダンジョンから道具を持ち出せるようにダンジョンに道具を持ち込むこともできる、それはつまり『人体と異なり、物体は外でも中でも同じ性質を持つ』と言うことに他ならない。


 食品を食えば腹が満ち、包帯を巻けば血が止まる、剣で切れば物が切れる。当然の法則だ、使えばすり減り、いずれなくなり――だ。


 ダンジョンから死亡して排出される場合、エクスプローラーはされる、この時、体と違い


そして、人を完全に殺すほどの激闘を行えば、当然。壊れたものは誰かに直してもらうか、さもなければ買いなおすしかない。


 これがダンジョンに潜るエクスプローラー唯一にして最大のデスペナルティなのだろう。これを嫌って服だけ着て素手で戦うなんて挑戦をしている者もいたりする。


 配信者が一度死んだあとここに来ないのはおおむねこういった理由が背景にある。カメラを壊されると破産しかねないのだ。


 本当はもう一つ重大な理由があるのだが――まあ、これは直接ダンジョンに潜って経験しなければ分からないことだ。


 強いて言えることがあるとするなら――「」と言うことは「」とイコールでは繋がらないということだ。


 そんな配信界隈のあれやこれやを思い出していた伊織の耳朶を彼女の威勢のいい声が再び叩いた。


「それじゃあ出発!」


 そう言いながら、遠ざかってく声に伊織はそっとため息を吐いた――背筋に虫が這いまわるような、いやな予感がしていた。

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