第3話 境界のあいまいな放課後
――蟻みてぇだな……――
《秋葉原ダンジョン》入り口前の広場を初めて見た時、伊織はそう感じた、その印象は
東京メトロ日比谷線5番出口脇、秋葉原公園のど真ん中の地面に大口を開けて待っているのが《秋葉原ダンジョン》である、比較的鉱物資源を多く含み、逆に原油なんかは出ない。
かつてそこにいたであろうスマホを見ながら歩く若者やメイド喫茶の客引きの姿はそこはなく、五年以上前ならコスプレでしかありえなかったであろう長い杖や剣、斧なんかを持った鎧やひどく厚手のローブを身にまとった老若男女であふれていた。
まるでダンジョンという餌にたかる蟻のようだ、帰っていく人間もちらほらいるのが余計に巣に帰る蟻を連想させた。
非常に交通の便に邪魔だが、それでも、周囲の人間は5年で慣れつつあるのかそれほど邪険にした様子もなく――内心はどうあれ――辺りを行きかっていた。
――常々思うがここにこの数の人間いんのスゲー邪魔だよなぁ……――
かつて、信号を渡った先にある本屋やらその先にアニメグッツ店だのに入り浸っていた少年はこの光景を目にするたびに重くなる胸の内を嘆息と共に吐き出す。
物事は移り変わっていくものだ、こんな風だと思っていたかは別として。
伊織はダンジョン入り口に向かう列に向かって歩き出した――本来は今日、来る予定ではなかったのだがと思いつつ。
あの現代社会の授業の後に起きた『ささやかで重大な一件』を終えた後、伊織の学校生活はいつものさざ波一つ立たない穏やかな波模様に戻った。
特になにを考えるでもなく、授業を受け、昼食を取り、また授業を受けた。
そんなこんなで、放課後は学生たちが期待していたよりも速足で現れて、全学生を勉強の有益な牢獄から救った。
さて、帰ろうか――と思った時、伊織の脳裏には流れる黒いつややかな髪とそこでともにかけられた言葉が反響していた。
「あ、復習ってことは今日も潜るの?頑張ってね。」
別に彼女は何かしら意味を持って言った言葉ではなかったのかもしれない。
ただ、まあ――頑張ってと言われるとついつい頑張らなければいけないような気分になるのだから、人間とは簡単な生き物である。
そして、伊織少年も見た通り人間である。その性からは離れられない。
別に復習と言っても今日潜るための物ではなかったが……まあ、どのみち、明日明後日で潜るのだ一日二日早めても問題はないだろうと、彼はいそいそと準備を整え、ここ、《秋葉原ダンジョン》にやってきたのだ。
入場ゲートの列はいつもより人が少なめだった。毎週火曜木曜は人が少ない、まあ、並ばなくてもいいほどでもないのだが。
今日は殊更もめごともなく――まあほとんどの日にもめごとなどないのだが――ダンジョンに入れそうだと、伊織は自身の財布を取り出した。
入場料のため――ではない。ここに侵入するために必要な『Ex ID』が財布の中にあった。
Ex ID――きわめて流行りに乗っかった、俗っぽい言い方をすればステータスのわかるカードだ。
専用の機械に通すと登録されている人間悪『スタータス』と呼ばれる身体的特徴が見える。
と言っても、これ自体は政府がデータ入力をして発行しているただの電子カードである。
ではステータスはどこから来るのかと言えば――それは当然ダンジョンだ。
『この構造体に侵入した人間はその身に一つ『神秘的な御業』を得る。』
その「神秘的な御業」がこれだ。
この発見は極めて初期――と言うかぶちゃけ調査開始時点で判明したことだ。
ダンジョン内に入ると光り輝く巻物がいつの間にやら手に握られており、そこに自分の能力と何かしらの神秘的能力が『どのようにかわからないが』数値化された情報が記載されている。
筋力や敏捷性、知力と言った肉体に関する個人情報の項目――おおよそダンジョン探索に関係のない身長と体重まで――はもれなくこれに記載されている。
この羊皮紙を『全日本迷宮協会』に持っていくことでこのEx IDが発行される。
これを発行されて初めて『エクスプローラー』として認められ、公的に身分として名乗れるようになるのだ。
ちなみに、「じゃあ初めての一回はどうすんだ?」と言うと、これがまた少々複雑で『全日本迷宮協会』で講習を受けて、その最後にステータスの羊皮紙を確保するためだけに一層に侵入すると言う工程を協会監視のもと行い、その上でEx IDを発行してもらうという手順を踏むことになる。
伊織も昔受けたが……まあ、ファンタジー感のある行為ではなかった。
前にいたガタイのいい二十代の男が階段に消えていった。19時までにどれぐらい稼げるのかを計算していた伊織は電子カード片手に入口の前に立った。
駅にある改札機のような開閉装置に、これまた改札機のようにEx IDをかざす。
表示されるのは最高到達階層と『予定探索階層』である。
エクスプローラーがダンジョンに潜る際、この改札でこの『予定探索階層』を申請する義務がある。
これは「捜索をする必要があった際にこの階層を探す」と言う目安だ。
この規則の前提として、「内部で機械的な武器は使えない事」と語ったことが関係してくる。
機械的な武器――としたが、厳密に言うと『ある一定水準の機械的装置の持ち込み』がダンジョンではできない。
正確に言うと『持ち込めはするが、非常事態を引き起こすため持ち込むことが許されていない』のだ。
これも初めてダンジョンに入った際に起こった問題の一つであり、それのせいで第一陣の調査団は全員ダンジョン内で死に、結果『ダンジョン内では死なない』ことを図らずも証明することになり――さらに悪いことに
モンスターの脅威を全世界に知らしめることになる、重大な問題を引き起こした。
このため世界共通認識として『ある程度以上文明的な物』の持ち込みは禁止されている。
で、この原則を破るとダンジョンは『想定外の挙動』を起こす。
これは持ち込んだものによるのだが現在の研究では、武器→建材→通信機器→その他の電子機器の順でやばいことが起きる。
何だって建材が通信機器よりもやばいのかはさっぱりわからないがダンジョンには明確なルールがるらしいことは知れており、基本時に上の二つを持ち込んだら即逮捕である、ついでに言うなら、問答無用で実刑を食らい、10から15年出てこれない。
では、下二つはというと……これもまた、使いにくくなる。
と言うのも、どういう原理かわからないが電波が通りにくくなるのだ。
携帯は確実に圏外、カメラ等の記録装置は録画はできるが通信系は全滅する結果になった。
結果としてダンジョン内では、遭難するとその相手がどこにいるのか知る手段がなくなるのである。
その対策として、協会が考えたのが、この申請制度である。
エクスプローラーがダンジョン内で失踪、もしくは長期的に不在にして、それを遺族なんかが警察に届けると警察は協会に通達。
協会はこれを受けて当該のエクスプローラーがどこの層に潜ったのかを警察に伝えて警察が対応を決定する――というのが、ダンジョン探索時の失踪人捜査の基本的な流れである……らしい、講習で話していたのをおぼろげに思い返す。
まあ、要は登山計画みたいなものである。伊織はいつも通りに十一層を選択し、申請を実行。受領されるまで十秒もかからなかった。
ガチャンと音を立てて幻想と現実を隔てていた正常性の仕切りがなくなった。
――視線の先には過ぎ去ったはずの幻想と誰かが捨てた神秘が折り重なった伏魔殿だけがあった。
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