第1話 どこにでもありそうな午前
「――で、2018年12月9日に起きた『大侵害』で、ダンジョンの入り口は地上に出現したってわけだ。」
静かな教室にペンを走らせる音だけが響く――なんてことは当然のようになく、教室内は雑多で非常に……生活感のある音にさらされていた。
あるものの机からは、明らかに寝てるだろ寝息が聞こえていたし、何なら寝言だろう謎の文言が風に乗ってかすかに運ばれてきていた。
二つ後ろの席からは明らかにスマホをいじって、何やら――たぶんゲームだ――行っているだろう、かすかな音が聞こえる。
無法地帯とまではいかないが、明らかにまじめな教室とは言えない。
これがこの教室の――鴻之台高校2年2組の普通だった。
そして、どうにか遅刻を免れ、今は半分寝ながら現代社会の授業を聞いている彼――東雲伊織の授業態度も普段と変わらない物だった。
「先生ーあの地震でうちの食器全滅しましたー」
「あー俺んちも食器棚と食器が死んだ。買いなおすの大変でなぁ……いや、まあそんな話はいいんだけど。」
うつらうつらと舟をこぐ伊織少年をしり目に授業は進んでいく。
「じゃ、ダンジョンに共通する項目は?えー佐藤」
「えー……ダンジョンに共通するのは――」
――ダンジョンには共通点が二点ある。
『魔物』と『資源』の存在である。
それらがどこからきて、一体どのような存在か、人類はいまだ明確な答えを持たない。
一つだけ確かなのはこれらが、ダンジョン内のにいる人間に敵対的であるという事実のみである。
最初に、ダンジョンがあらわれた折、どのダンジョンを調査しても、敵生体に襲われたという事実がその裏付けだろう。
しかし人類とて臆病者の知恵無しではない、足らぬフィジカルを知恵と数で押し切り、何とか魔物……魔道生物を打倒した時、彼らはもう一つの共通点に気が付いたのだ――
――魔物が立ちはだかる先にあるのが資源……この場合、原油であることに。
そう、いかなる奇跡か、この謎多き構造体には莫大な資源が眠っている可能性が突然浮上したのだ。
後に尽きることを知らぬと称されるほど莫大な資源への一歩がその手に握られた瞬間だった。
後はとんとん拍子だった。
曰く、この構造体に侵入した人間はその身に一つ『神秘的な御業』を得る。
曰く、内部で機械的な武器は使えない事。
曰く、モンスターは特定の条件を満たさなければ外に出ない事。
曰く――この内部では人は死なない事。
より厳密に言えば、この内部で傷ついた体は外に出ると嘘のように癒えると言うことだ。
どれほどの大けがも――死すら例外なくだ。
内部で死亡した存在は例外なくダンジョンの外に押し出される――無傷の姿で。
この発見は速やか、かつ、著しい驚きをもって伝えられた。
何せ人の探求欲の最果てである『死』を体験できるかもしれないのだ。知識にとりつかれた人間は一様にダンジョンに走った。
そして、国にとってもこれは朗報だった。
なんせどれだけ人員を突っ込んでも人的被害が出ないのだ、資源取り放題である。
使用上の注意を守ればダンジョンは金の生る木だ。
人権がどうこう言う団体や既得権益を持つ国から蛇蝎のごとく嫌われたりしたが、それも利益が行き届くまでの話だった。
そうこうしているうちにダンジョンを調べていた者達からは新たな驚くべき報告――すなわち、魔法のような力が使えるようになったことや、奇跡のような力を持つ物品の存在が伝えられ、世界はさらに熱狂した。
ともすれば何もない場所から水を出す杖であったり、あるいは瀕死の重症すらたやすく治す水薬。切った場所を焼き払う剣、稲妻をまとった槍――そんなものを見せられた世界はもう止められなかった。
国の勧告を無視して乗り込みにかかる一般人や物資の横流しが横行して――結局、世界の国々は一般にダンジョンを解放した。
そこには『致命的な危険はないから問題はないだろう』という判断も多分にあったようだが――まあ、そこはどうでもいいだろう。
そんなわけで、世界は何時しかダンジョン探索者であふれ、花形の職業とされ、腕の良いものはまるでアイドルか教祖かと言うレベルで崇められている。
彼らを魅了するのはその特異の在り方か、それとも魔力への憧れか、ともあれ、多くの人間が今日も身をやつしている――
教師の話で夢うつつに考えていた思考から意識を浮かべてみると、すでに授業の内容はの別のところに移っていた。
「――で、これを見つけたのがポール・J・アレン、このおかげでエクスプローラーが爆発的に増えたってのは有名だな。これテスト出るぞー」
時計の針がそろそろぐるりと一つ回る、少年の平凡で代り映えのしない一日がこうして進み、いつも通り終わるのだろうと考えていた――ひどく些細な変化が起こるまでは。
――?――
始めに意識に上がったのは床にはねた何かだった、その何かは床で転がって伊織の机の足元に転がってきた。
『消しゴム……』
彼の目が正確にピントを合わせた時、その物体が実際のところ学生のお供である消しゴムであり、どうやら前の席から転がってきたものだろうと当たりが付いた。
『……前の席のやつじゃ……ないな。』
いまだ板書を続ける背中を一瞥して、伊織はそれがどうやらその前の席から転がってきたらしいと判断した。
まあ、二つ前なら席を立たなければとれないし、拾ってやろうと手を伸ばして――その動きが止まる。
彼の脳裏に浮かぶのは自分の周りの席の座席表だ、自分の前の席は男子、ではその先の席は?
『やっべ、女子だ。』
顔に苦いものが走る、彼は女子の消しゴムと言う極めて限定的な物に若干の苦い思い出がある。
どうしたものかと考えて、顔を上げて――二つ前の席の女子と目が合った。
消しゴムの所在を探していたのか、覗き込むようにこちらを見ている。
その視線に責めいているような向きを感じて伊織の手が引っ込んだ。
二つ前の席でこちらを見ている顔が「えっ?」と言いたげにゆがんだ。
伊織の思考もドツボにはまった。
果たして自分はここで消しゴムを拾ってよいのだろうか?またしても帰ってくるのは舌打ちなのでは?
わずか3秒の間に20の逡巡といくらかの決意――舌打ちをされる決意と襲とののしられる決意ともう一つ――を決めた伊織少年は二つ前の女子に小声で問う。
「すいません、これ僕が拾っても大丈夫ですか?」
「え、うん、全然いいけど……」
何言ってんだこいつ?と言いたげな視線をしり目に伊織は慎重な力加減でもって消しゴムの消す部分をつまんで相手に差し出した、消す側だったら触っても問題ないやろというも最大限の配慮の結果だった。
「あ、どぞ。」
そう言って消しゴムの受け渡しを無事に遂行した伊織は「あ、ありがと。」と告げる女子をしり目にそっと息を吐いた。
――正直、ゴブリンと殺しあっているときよりも胃に来る。
これであとは女子が消しゴムを洗う現場に出くわさなければこの件は問題なく終えられる――
――そう思っていたからこそ、次の休憩時間に
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