§1-12
キラは鬼咲組屋敷に着くとすぐヒロの部屋へ行った。戸を開けると広い部屋でヒロは顔の上に読みかけらしい本を乗せたままベッドに横になっていた。
「さっきはありがとな」
ヒロの手が動いて顔の上の本を取り、むくりと身体が起き上がる。
「……大丈夫か」
「ああ」
じっとキラを見つめる。そしてまたベッドに横になると、腕を目の上にのせた。
「ならいい」
キラはしばらくヒロの様子を伺い、部屋の中へ進むと、「疲れてるようだな」と声を掛けた。横になったままでヒロが答える。
「ああ。例の件進めてんだ」
「そうか。上手く行きそうか?」
「ふん。俺らが組んだら敵はいねぇよ。だろ?」
「ははっ。そうだな」
久しぶりにヒロの部屋に入った。余計なものはなく、片付いている。ひとつだけ異質に感じるのは、鮮やかな写真が飾られたガラス製の写真立てだ。中には彼女の入学式の日の写真が飾られていた。鬼咲の屋敷をバックに制服を着たキラを四人が囲んで笑っている。
「……あいつらは?」
ついこないだなのに、とても懐かしく感じる写真を見ながらキラが聞く。
「ああ、リュウは北、リョウは南、ケンは西に行かせてる。だいぶまとまってきたぞ。おまえも面通しはすんだんだろ」
「ああ。さっきの奴は初対面だったがな」
ふっとキラが笑う。
「あんなカスはどうでもいい。大事なところは抑えられそうか?」
「まかせろ」
ヒロは腕の隙間からチラリとキラを見た。
―そこらの女なんか比べ物にならねぇな―
華奢でいて引き締まった身体、整った顔立ち。彼女は美しく成長している。
―親父の目は確かだったってことか―
ヒロはそう思いつつ話を続けた。
「俺がトップに立つ。おまえはナンバー2だ。で、リュウとケン、リョウが下につくんだが……3人てのが気に入らん」
「何がだよ」
「……四天王……ってあるだろ」
「ぶは!漫画の読みすぎだろ。……でも四天王がいいなら俺を入れればいいじゃねぇか。別にナンバー2である必要はねぇよ」
「まぁ……な……」
ヒロが何かを言い渋っているようだ。
「あー……、……あいつ、……どうだ?」
「……どいつ?」
「おまえの連れ」
「……!」
キラはヒロに背を向けたまま低い声で答えた。
「あいつは素人だ。ダメに決まってんだろ」
ボソっと「もう会わねぇしな」と付け加える。
「何でだよ。普通の会社だぜ?」
「普通の会社に四天王がいるかよ」
「普通の会社で普通じゃねぇことすんのがいいんじゃねぇかよ」
「ほー。じゃおまえらモデルでもやれよ」
「…はぁ?」
何言ってんだコイツ、と言わんばかりの声にキラは振り向いて言った。
「世間出てみてわかったんだが……おまえらは相当いいからな。顔もスタイルも。モテるって自分らでも言ってたろ」
「……めんどくせぇよ」
「いいじゃねぇか、トップが若いイケメン軍団となれば会社も売れやすいぞ?そんな会社そうそうないだろ」
「おまえはどうすんだよ」
「俺は表には出ねぇよ、つか出れねぇだろ」
「そうか。そうだな……」
ヒロが天井に向けて両腕を伸ばし、拳を握ったり開いたりしながら
「もう一人東担当が欲しいんだよ。そうすれば俺は経営だけに専念できるしな」
諦めきれない様子で言う。
「あ、そうか。今はおまえがやってるんだっけ」
「ああ。人間が多いからめんどくせえんだよ」
「まぁな。誰かいねぇのか?」
「身内はざっと洗ったが、いねぇな」
「じゃ、オーディションでもするか?」
キラがふざけた調子で言うと、ヒロは笑いながら起き上がりベッドを降りて立ち上がった。
「そういえば、見せたいもんがあったんだ」
部屋の外へと歩き出したヒロについていくと、小さな頃に自分達が遊び場として活用していた広い和室へと導かれた。ヒロは部屋の隅にある大きな箪笥の引き出しから何かを取り出し、キラに見せる。
「おお!すげぇ!何だこれ!かっこいい!」
「知り合いの絵師に頼んだんだよ。龍がいいんだろ?」
彼女達は小さな頃から武道から学術に至るまで徹底的な英才教育を受けてきた。ヒロを含めもともとの頭もいい。キラに至っては天才と言えるほどだった。しかしながら、もし彼女がごく平凡な家庭に生まれ育っていたらこうはならなかっただろう。拾われたのが鬼咲で良かったのか悪かったのか。彼女は良かったと思っている。小さな頃から一緒に育ち信頼できる仲間がいて、仕事もある。金に困った事もなかった。それに、これから彼らがやろうとしていることは、彼女をわくわくさせた。
五人で会社を作って世界のトップに立つというのは子供の頃からの彼らの夢だ。漠然とではない。既にその為の準備は進んでいる。まずは日本だ。それから世界。鬼咲組は全国に傘下を持つ大所帯だ。これを利用しない手はない。ヒロは現在、鬼咲組若頭としてヤクザ家業もしてはいるが、会社立ち上げと共に裏の肩書きは他の者に渡すことで親父と話はついていた。つけた、と言ったほうが正しいかもしれない。
会社を設立するにあたり、五人はいくつかの条目を定めることにした。そしてそれを守るという誓いの為に、皆で同じ刺青を入れようと言い出したのはケンだった。後の四人はその言葉に乗った。どうせ入れるなら龍がいい。かっこいいから。キラがそういうと、皆簡単に賛同した。それなら、自分の色を決めてその色の龍を彫ろうぜ。そんな話をしたのはもう何年も前の事だ。
―覚えてたんだな―
キラは嬉しかった。
「俺この龍がいいな!あいつらはもう見たのか?」
「お、やっぱりそれか。全員バラバラに聞いたんだが、同じヤツ指差してたよ。俺もそれが気に入ってる」
まじまじと下絵を見ながらこれを彫った後の自分の姿を想像した。楽しみだ。
「色は?確か色を変えて彫るんじゃなかった?」
「ああ、それはもう俺が決めた」
「決めたのか。俺、何色?」
「おまえは白だ。白い龍。白龍だ。いいだろ」
笑顔でヒロが続ける。
「俺が黒竜。ケンは黄龍でリョウが緑。リュウは赤だ」
「へぇ!なんで?」
「あぁ?なんとなくだよ」
「やっぱりな!」
ふたりは声を上げて笑い出した。いつもそうだ。五人集まると未来が楽しみになる。ひとしきり笑った後、急に真面目な顔になったヒロがぽつりと言った。
「もうひとり、何とかしねぇとな……」
「おまえが必要だと思うなら、探そうぜ。でもあいつはダメだ」
「頑固だな。あいつは鍛えたら伸びると思うぜ」
「鍛える方向が違う。あいつは俺達とは違うんだ」
「何が違う」
「生きてる世界がだよ」
「そうか?俺には同じ世界を見てるように見えたがな」
「……。……とにかくだめだ」
「テメェに命令される筋合いはねぇよ。最終決定は俺がする。文句は言わせねぇ」
「……わかってるよ」
キラはぷいと部屋を出て行こうとした。そして引き戸の前で立ち止まり、思い出したように付け加えた。
「あ、そういえば俺、明日高校辞めるわ」
「……もういいのか?」
「ああ、飽きた」
「ったく。相変わらずだな」
「一度行ってみたかったんだよ。学校ってヤツに」
「つまらんかっただろ」
「ああ。おまえらに同情するよ」
「どっちにしろもう辞めさせるつもりだったから丁度いい。明日から本格的に動くぞ」
「了解」
キラはヒロに向かってニッと笑ってみせると、部屋を出た。屋敷から家に帰る途中、いつものたこ焼き屋に寄ってみたが、もう閉まっていた。
次の日、学校を辞めるために登校し、必要書類を提出してから教室に入ると、授業中だったので生徒全員の視線を一気に頂戴した。気にすることなく自分の席へ行き、荷物を全てまとめてみると、以外に少なかった。ガタガタと音を立てるキラを見て教師は「白田、どうした。早く席につけ」と促した。キラが笑顔で「あ、すみません。今日は家の都合でもう帰ります」とだけ言うと、教室全体がざわつき出した。教師は「こら静かにしろ」と生徒達を叱り、キラに向かって「そうか、気をつけて帰るんだぞ」と言うと、授業を再開した。
キラは荷物を持つとそそくさと教室を出た。もう来ることのない廊下を歩く。授業中なので人気もない。玄関まで来て靴を履き替えると、彼女は振り返り見える範囲全てを見渡した。少し寂しい気がする。自分がこんな面倒くさい人間だとは知らなかった。少し笑って校庭に出る。いつもならここから見える校門にショウがもたれかかって彼女を待っている。今日はいない。彼女は今度は少し寂しげに笑い、まっすぐに校門に向かって歩き出した。校門を過ぎたあたりに車を待たせている。今日は久々に五人でミーティングだ。雑念を振り切るように頭を振ると、キラは車に乗り込んだ。
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