§1-11

「黙ってて悪かったな」

「……」


ショウは自分の靴先を見ている。


「俺、ヤクザってやつなんだよな。ま、学校とかには内緒にしてんだけどさ」

「……」


少しだけ彼の反応を待ってみた。しかしショウが身動ぎひとつしないのを見てキラは続けた。


「もう会わねぇほうがいいな」

「……」

「じゃあ……な」


キラはショウを見なかった。歩き出そうとすると、腕を掴まれた。見上げると、無表情のショウの目と目が合った。ふたりはしばらく見つめ合った。やがて、ショウは目を伏せると「悪かった」と言った。


「俺のせいで……。巻き込んで……危ない目に合わせた。アンタの仲間にも迷惑を……掛けた。……悪かった」


ぎゅっと目を瞑りながらショウが言う。


「……」


キラはじっとショウを見つめた。


「……いいんだ。ああゆうの慣れてるしな俺。ははっ」


自嘲気味に笑い、キラも目を伏せた。もう会えないのかと思うと、胸がしめつけられる。何だこれは。彼女にはよくわからなかった。腕を掴んだままのショウの手に力が入る。


「もう……会えないのか……?」

「……」

「アンタにもアンタの仲間にも二度と迷惑掛けねぇ……二度と馬鹿な喧嘩しねぇよ……」


ショウの視線を感じ、ぎゅうっとキラの胸がしめつけられる。キラは目を伏せたまま自分の腕を握る彼の手をそっと掴み、放させてから答えた。


「……ああ」


ショウは掴まれた手でまたキラの手を握った。


「……」


何か言いたくてもうまく言葉が出てこない。ショウはもどかしさの中で自分が馬鹿なガキだと思い知った。


「ショウ……俺は……」


彼女はぐっと唇を嚙んだ。


「俺は……普通じゃないんだ。おまえとは……違う世界にいる。でも俺、おまえと友達になれて良かったよ。すげぇ楽しかった。ありがとな。……だから、もう会わないほうがいい」


ショウはキラの肩を掴むと、ぐいと自分のほうを向かせた。キラはショウと目が合うとまたすぐに逸らした。


「何でだよ」


キラの顔を覗き込みながら押し殺したような声でショウが言う。キラはぐっと自分の手を握った。今まで感じた事のない感情が自分を支配しようとしているのが怖かった。彼女が黙ったままなのでショウがまた話し出す。


「今回のことは……俺が全面的に悪い。……アンタが怒るのもわかる。でも……なんでもう会えねぇんだよ……普通じゃないってなんだよ。アンタがヤクザだろうが何だろうがそんなもん関係ねぇだろ!」


ぐっと引き寄せられそのままキラはショウの腕の中に抱きすくめられた。キラはショウの行動に驚き、それと同時にずっとこのままここにいたいと思った。ショウの腕の中は暖かくて心地よかった。今までの男達とは何かが違う。


―泣きそうになるってこういうことか―


彼女は少し背伸びしてショウの首に腕を回した。ショウの吐息が耳に掛かる。ショウはぎゅうっと音がするほど強く彼女の細い体を抱きしめた。できることなら離れたくなかった。このまま、このまま……。キラは静かに目を閉じ、ゆっくりと開いた。そして、身体を離しショウの顔に両手を添えると、泣きそうな笑顔でこう告げた。


「俺はダメだよ、ショウ。俺、人殺しだから」


そして、呆然としたショウから体を引き離すと走り去った。



ショウは一人ぼうっと歩きながら自分の思考をまとめることに専念していた。


―あいつが……人殺し?どういうことだ……くそっわかんねぇ!―


わかりたくもない。思い切り近くの自販機を殴ると自販機は無残にも凹み、変な音を立てながらガタンガタンと飲み物が落ちてきた。ショウはおかまいなしで歩き続ける。キラの最後の笑顔が頭から離れない。


―あんな顔させちまった。俺が馬鹿なせいだ……あんな喧嘩するんじゃなかった。くそっあいつら……違う!悪いのは俺だ!俺が馬鹿なせいだ―


無表情のまま頭の中は堂々巡りを続けている。ずんずん歩きながら同じ事を何度も何度も考えていると、いつの間にか、いつものたこ焼き屋の前まで来ていた。ふらっと屋台に近づき、一言も発することなくたこ焼きをふたつ買った。いつもの公園のいつものベンチにひとりで座ってみた。もうキラは来ない。


「……くそっ!」


買ったばかりのたこ焼きを思い切り投げ捨て、ショウは両手で顔を覆った。無残な残骸がぽつり、彼を見ていた。

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