§1-10

「……随分カスなことしてんだな……」

「……あ?……何……?」


若が驚いたと同時に怒りを含んだ声で言う。


「……玄人がガキ相手に何やってんだって言ってんだよ」

「何だテメェ」


部屋の中がざわつき出した。ショウが横で呆気にとられている。キラはそれを尻目にすっと耳に手をやった。そして小さなピアスを外すと、机の上に置いた。


「……これは……!鬼咲の……!」

「そういうことだ」


一瞬にして部屋の空気が変わる。


「……この茶番……まだ続けるか?」


人殺しの目で若をじっと見る。ぞっとして若は凍りついた。一瞬彼の顔が強張る。しかし相手はガキの女一人、ビビることもないと考えたのか、彼はニヤリとした。


「……ふん。確かにそれは鬼咲の上部にいる人間しか持っていない筈のもんだ。……ふふん。確かにな。……で?どこで拾ったんだソレ?」


しばらく間が空き、部屋にいた組員が笑い出した。


「拾ったもんは警察に届けろって習わなかったのか?」


ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら嗤う。


「……ハァ」


キラはため息をついた。


―これだから阿呆は嫌いだ―


「そうか。わかった」


そう言うと、キラは携帯を取り出してじっとその携帯を見て、もう一度ため息をついた。


―ショウとはもう会えそうにないな―


そう思うと悲しいような寂しいような妙な気持ちになった。呼び出し音が鳴り相手が出ると、キラは話し出した。山田の組員はひとりも止めようとしない。若はまだニヤニヤしている。


「……ああ、俺だ。……ああ。山田建設の事務所にいるんだ。屋敷の近くのほうの。……ああ。……拉致られたんだよ。悪いが誰か寄越してくれねぇか。……いや、連れがいるんだ。……ああ、悪い」


ピっと通話終了ボタンを押す音がした。キラは若に向き直り彼を見下しながら言う。


「おまえ、もう少し人を見る目を養ったほうがいいぞ」


若は黙ったままだ。今になって焦り出しているようだ。しかしもう遅い。ここから鬼咲組の屋敷は車ですぐだ。数分で誰か来るだろう。


「……。アンタ本当に鬼咲の人間なのか……?」

「何を今更」


ハッとキラが見下した目で乾いた笑い声を立てた。ショウはずっと黙っている。目はテーブルの一点を見つめていた。部屋にいる組員がそわそわし出した。若はまだかろうじて汚い笑みを浮かべている。チンピラが一人、窓に近づいて行った。


「……若!車が……!……すげぇ数が!」


言い終わらないうちに大きな音を立てて若が立ち上がり


「ちっ!おい、茶だ!茶を用意しろ!ふたり分だ!」


言いながらテーブルに置かれた紙をやぶり捨て、朱肉を自分の机の上に置きなおした。そして慌ててソファに座りなおす。


「おい!俺はおまえらを持てなしてたんだ!いいな!!余計な事言うんじゃねぇぞ!!」


ギロリと睨みつけて側にいたチンピラに声を掛ける。


「下の奴らに鬼咲の連中が着いたら丁寧にご案内するように伝えろ!」


若はイライラと拳を握ったり開いたりしている。ショウはテーブルを見つめたままだ。キラは足を組み若を睨んでいる。すぐに大人数が階段を上がってくる音がして、部屋の扉が開いた。若が目を見開いた。


「!!鬼咲の!若頭じゃないですか!!」


ころっと様子を変えた山田組の若頭がもみ手でもせんばかりに捲くし立てた。


「いやー、お久しぶりですねぇ。今日はこの男のほうに用がありましてね!そうしたらこっちの嬢ちゃんも一緒に行くって付いて来ちゃった次第でして。嬢ちゃんには用はないんですがね!」


ヒロは黙って部屋を見渡し、キラが座るソファに歩み寄った。


「まさかおまえが直々に来るとは思わなかったな……悪い」


自分の膝に目を落としてキラが言った。ヒロはそれには答えず、山田の息子に向かって「外を見ろ」と顎で窓をしゃくる。息子がぐっと何かを堪えながら立ち上がり窓の外を見下ろすと、そこには黒塗りの高そうな車がずらりと並び、山田建設の周りを取り囲んでいた。


「あ……あ……」


声にならない様子を見て、ヒロは


「二度目はねぇ」


と吐き捨てるとキラに「行くぞ」と言い、きびすを返して歩き出した。キラは立ち上がり、ショウを促すと、ふたりは無言のまま部屋を出て、来たときと同じ階段を下りた。外に出るとズラリと並んだ高級車がふたりを出迎えた。正面の車のドアが開き、


「あ、キラさーん、大丈夫っすかー?」


とのんきな声と共にケンが出てきた。


「おお!おまえまで来てたのか!」

「えぇ、だって面白そうだし」

「ははっ」


キラが笑顔で返し、ショウに乗るように促す。ショウは一瞬ためらったが、すぐに車に乗り込んだ。

車内は見た目からは思いも寄らないほど広く、向い合うように革張りの座席が並んでおり、ショウ、キラに続いてヒロとケンが乗り込んでもゆったりとしている。


「へぇぇ、こいつがキラさんの連れ?いい男じゃないっすか」


ケンは悪びれることもなくじろじろとショウを観察している。ショウは居心地が悪そうだ。


「ああ、まぁな」


キラが言葉を濁すと、ヒロが唐突に「何があった」と尋ねた。


「何でもないんだ。手間掛けさせて悪かったな」


ヒロとは目を合わせずにキラが言う。


「……そうか」


ヒロはしばらく彼女を見ていたがそれ以上何も聞かず、車内は静かになった。ケンはいろいろ聞きたくてうずうずしていたが、何も言わなかった。


「あ!ここで降ろしてくれ!」


車が商店街のはずれに差し掛かると、キラが声を上げた。


「……ここでいいのか?」

「ああ、ショウ、行こう」


車がゆっくりと止まると、ショウはのそっと動いて外に出た。キラもそれに続く。


「悪い。後で話すよ。ありがとう」


そう言ってドアを閉めた。車が走り出す。ふたりはしばらくそのまま佇んで去っていく車を見ていた。車の向こうでは赤く焼けた空が1秒ごとに色を変えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る