§1-6
学校からキラの家への帰り道の途中に、小さなスーパーとその向かいに小さな公園がある。スーパーの入り口付近には、いつも「たこやき」の暖簾がかかった屋台があった。ここのたこ焼きは彼女のお気に入りで、時々、鬼咲組にも差し入れに持って行くほどだった。
「ほい」
キラはぶらさげたビニール袋からガサガサと8個入りのたこ焼きを出し、差し出した。公園のベンチに座ったままショウがそれを受け取る。その隣に座るとキラはふたを開け、つまようじでたこ焼きをひとつ刺した。それを落とさないように持ち上げながら
「食ってみろって。美味いから」
とショウに勧める。湯気立つたこ焼きにふーふーと息を吹きかけてキラは悪戯っぽく笑った。
「俺の秘密の店なんだぜ。誰にも言うなよ」
ショウはしばらく彼女を見ていたが、やがてつまようじを持つと、たこ焼きをひとくちで頬張った。外はかりっとしているが中はとろとろで熱い。彼がはふはふ言いながら食べていると、キラがケラケラと笑いながら「熱いから気をつけろよ」と言う。ようやく飲み込み、口の中が落ち着くと、ショウがポツリと呟いた。
「……あんた変なやつだな……」
キラはちょうどたこ焼きを口に入れたところで、ショウと同じようにはふはふやっていた。質問の意味を考えながら飲み込み答える。
「そういえば、おまえ相当怖がられてるみてぇだな。なんで?」
「……」
ショウは黙ってたこ焼きをつついた。
「こないだみたいなケンカばっかしてんの?」
「いや、あれは!……やりすぎた」
先に地を曝しているので、素のままのキラが話していたが、ショウは特に気にしてないようだった。
「たこ焼き、美味い?」
ショウは顔を上げて彼女を見る。
「ああ、……ありがとな」
キラは少し驚いた。こいつ素直だな。しばらくショウを見つめていると、ショウはぶっきらぼうに目を伏せた。
「誰かとこうやって食べるの、すげぇ久しぶりだ」
照れくさそうに言う。キラはもぐもぐと口を動かしながら、ショウの横顔を盗み見た。
―きれいだな―
確かにクラスメイトの女子達が騒ぐのもわかる。きれいな肌に整った目鼻立ちをしており、二重で切れ長なその目は強く光っていた。
「……なぁ、俺さ。普段は猫かぶってんの」
突然なんだと言う顔でショウが見る。
「学校では優等生の女子なんだよ。俺」
「……ああ」
「俺とか言わないんだ。学校の時は」
「そうか」
「うん、真面目で目立たないようにしてんの」
「……」
少し考えていたショウが少し怒気を含んだ声で言う。
「……俺がいると迷惑ってことか」
すぐにキラは怒っているんじゃないと気付いた。傷ついたんだこいつは今。
「いや、違くて」
「なんだよ?」
不機嫌そうなショウを見て、何だか可愛いなぁと思いながら「びっくりすんなよってこと。今もし学校の奴に会ったら俺、急に優等生女子になるからな」ニッと笑いながらショウを見ると、彼の無表情は少し和らいでいた。
「なぁ」
キラが切り出す。
「ん?」
「ケンカ、楽しい?」
「……いや」
「なんかさ、人は殺さないほうがいいらしいぜ。法律で決まってて……悪い事なんだって」
キラは呟くように言った。
「……殺したことねぇよ」
「殺しかけてただろ」
「……あれは……あいつらが卑怯な真似しやがるから……ちょっと脅しただけだ」
ショウは無意識に腕に手をやる。キラは思い出した。あれは刃物の傷だった。
「……感情のコントロールができないのか?」
言いながら、さっきの教室での出来事を思い出してキラは、俺もまだできてないけどなと付け足した。
「……何言ってんだあんた?」
変なことを言うやつだと言いたげなショウを見て、キラは自分が何を話そうとしていたか気付き、ふっと笑った。
―そうだった。こいつは違うんだった―
「いや悪い、忘れてくれ」
慌てて言うと、今度は高校に入って同年の女子に学んだ方法で言った。
「つまり、あんまケンカしちゃダメだよってこと」
ね?というふうに上目遣いで顔を覗き込む。ショウはキラと目が合うと何か口の中でもごもご言いながら目をそらした。身内―ヒロとリュウ、ケン、リョウ―以外と一緒にいて気が緩んだのは初めてだった。危ない危ない。こいつは仲間じゃない。気付かれないようにスッと線を引くと、キラはまた笑って言った。
「美味かっただろ?たこ焼き」
「ああ」
「じゃ、俺もう行くよ。ハンカチ、ありがとな」
「あ、ああ」
空になった船をビニール袋に戻してキラは立ち上がり、ゴミ箱にそれを捨てる。
「じゃあな」
ショウに告げて歩き出すとすぐに呼び止められた。
「あんた!名前は?」
そういえば、名前も言ってなかったか。キラは笑いながら振り返ると
「キラ」
と言ってまた歩き出した。ショウが何か言いたげだったが、無視した。あまり関わらないほうがいいと直感が告げていた。彼女はなぜ今自分が少し寂しい気持ちであるのか、わからなかった。
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