§1-5

二日後。キラはこの2日間ほとんど寝ていない。何故かあの男が頭から離れず、それと連動してこないだの仕事が思い出されて頭が疼き、睡眠剤もあまり効かなかったからだ。全ての授業が終わり、もうすぐホームルームが終わるかという頃、彼女は少しイラついていた。もうすぐ帰れるぞと自分をなだめていると、窓際の男子が「あっ!」と叫んだ。


「あれって……東高のショウさんじゃね?」


その一言で教室内がざわつく。


「え?マジで?」「見たい見たい!」


一斉に窓へと駆け寄った生徒達によって一気に教室が騒がしくなる。教師は困った顔で「席に着きなさい」と繰り返した。周りの教室でも同じような反応が起きているようだ。キラも気になり、どんな奴なんだろうと外を見てみた。そこには見たことがある男がいた。先日の人殺しかけ男だ。校門に寄りかかり、誰かを待っているようだ。


―へぇ、あいつが噂の「ショウさん」だったのか―


一瞬イラつきを忘れてキラはひとり頷いた。その時誰かが「あの人があんなとこにいたら帰れねぇじゃん」と言い出した。すると皆も後に続く。


「そうだよ!目が合っただけで殺されんだろ」

「俺の友達、何もしてねぇのに急に殴られたって」

「えーマジで?超怖いんですけど!」

「でもあんなにカッコイイ人にだったら殺されてもいいかもー!キャー!!」


キラはげんなりしてふぅと息を吐いた。そして、ガタッと音を立てて席をたつと、教師に向かって「もう帰っていいですか?」と聞いた。

一瞬教室内が静まり返る。慌てて教師がこの時間を閉めた。


「あ、はい!じゃキリーツ!これで今日のホームルームは終わります。礼!」


生徒たちは教師の声に合わせてバラバラと立ち上がり、礼をしながらひそひそと目配せをしている。キラは少し後悔したが、早く帰りたい気持ちのほうが大きかった。すると、ひとりの勇気ある少女がキラに向かって言った。


「ねぇ、白田さん。帰るのもう少し待ったほうがいいんじゃない?」

「なんで?」

「今帰るとショウさんの前通ることになるじゃん」

「……だから?」

「え?だからって……」


キラは彼女を無視してさっさと荷物をまとめると教室を出た。何だかうんざりだ。学校なんてやはりつまらない。ヒロたちの言うとおりだ。教室からは聞こえよがしに「何アイツ、うぜぇ」という声が洩れていた。


イラつきを抑えながら下駄箱からローファーを取り出し、校庭を見た。見事に誰もいない。いつもなら運動部や帰宅する生徒があふれ出す時間なのに、だ。「ショウさん」の威力は多大らしい。

ひとりで横切る校庭はいつもより広く感じて、少し感動した。やがて校門に辿り着く。校舎の窓からたくさんの視線を感じたが無視した。多大な威力をお持ちの「ショウさん」が待ち構える校門を何気なく通り過ぎようとすると、いきなりぐいっと腕を掴まれた。窓からの視線が目に見えるようだ。


「……何ですか?」


すばやくショウの顔を盗み見て相手に敵意はないようだと悟ると、キラは何も知らないふりをして尋ねた。ショウはじっと彼女の顔を見て言った。


「……あんた、こないだの……?」


キラはニッコリ笑って答えた。


「はい?」

「やっぱり……ここの制服だったんだな」


ショウが無表情のまま満足げに言う。


「何がですか?」


キラがあくまでとぼけて言うのも終わらないうちに、ショウは制服の尻ポケットから見覚えのあるハンカチを取り出しキラに差し出す。


「……これ」


まったく人の話を聞いていないようだ。何て自己中なヤロウだと思いながら、キラはもう一度だけわからない振りをすることにした。


「何ですかコレ」


ショウは露骨に不機嫌そうに


「あんたのだろ」


とだけ言い、じろっとキラを睨んだ。


「……」


キラは軽く舌打ちすると、「知らねぇ振りしてんだろうが」と呟き、ショウを見据えた。そしてショウの手からハンカチを受け取ろうとしたが、ショウがハンカチを放さなかったので、失敗に終わった。


「……何だよ」


イラつき、キラは表情は変えないままでガラリと態度を変えた。笑顔でショウを睨みながらハンカチを引っ張る。


「テメェのせいで全校生徒の注目集めてんだろうが。さっさと渡して消えろよ」


目だけで怒りを表現し、ようやく聞き取れるような低い声で言った。ショウは一瞬戸惑ったようだったが無表情のままでハンカチを彼女の手から引き抜いてポケットにしまい、もう片方のポケットからガサガサと何かを取り出した。そして目をそらしながらキラに差し出す。


「こっち」


ショウのポケットの中で型崩れしたと思われるそれは、四角い紙袋にかわいらしいリボンでラッピングされていた。


「……?」


ショウがそっぽを向いたままボソボソと喋った。


「血が落ちなかった。……悪い」

「…………」


キラは少しの間ショウを見ていたが、やがて彼の手からかわいらしい紙袋を受け取った。袋の口を折りたたんで、テープで止めてある。このテープには見覚えがあった。隣の駅に併設されている女性向け雑貨屋のものだ。それをそっと剥がすと、中から薄桃色にハート型の桜の花びらが舞うハンカチが出てきた。キラは一瞬あっけに取られたようにショウを見て、すぐに俯いた。そして、校舎の窓を飾る生徒の群れから見えない校門の影に移動すると、ショウに背を向けくっくっと肩を震わせだした。


「……おい?」


ショウがゆっくりとキラの正面に回り込む。


「……どうしたんだ?」

「……いや、おまえ……これ、わざわざ買いに行ってくれたの?」

「……?……ああ」

「ひとりで?」


なかなかファンシーな雑貨屋だ。男性ひとりでは入店しにくいであろうその店で彼がひとりでハンカチを選んでいる姿を思い浮かべると思わずニヤついてしまう。質問の意味を理解したのか、ショウは舌打ちするとキラに背を向けて歩き出した。


「あ、待てよ!おい」


歩き出したショウの腕を掴み、キラはショウを見上げると笑いながら言った。


「おまえ、律儀なやつだな」


ショウは一瞬笑顔に見惚れたが、すぐに掴まれた腕を振りほどくと不機嫌そうに歩き出した。それについて歩きながらキラはまだ笑っている。


「ついてくんな!」


ショウが追い払おうと振り上げた手を掴み、キラは彼の顔を覗き込んだ。


「待てって。礼くらい言わせろよ。わざわざ買いに行ってくれたんだろ?」


ショウは笑顔全開の彼女の目から逃げるように顔を背けると片手で口元を隠した。


「うるせぇよ」


キラはそれを無視すると、両手を後ろに組み身体を傾けて女の子っぽく尋ねた。


「ね、たこ焼き好き?」


ショウは口元を隠したまま、また軽く舌打ちをしてからボソっと呟いた。


「……別に。嫌いじゃないけど」

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