§1-2

白龍―キラ―の記憶は鬼咲組からしかない。気付いた時にはそこにいた。5歳の頃にはもう人を殺める術を習っていた。先生は何人だかよくわからなかったが、いろいろな訓練を受けた。いろいろな勉学を習った。いろいろな言語を覚えた。8歳から先生の仕事に付いて行き、息を殺して彼の一挙手一投足を見て覚えた。先生からは物覚えがいいと褒められた。そして、10歳の時に初めて仕事をした。サイレンサーをつけたライフルが自分の背丈ほどもあったが、難なく目標に命中し、そいつは倒れて動かなくなった。簡単に人は死ぬのだと思った。一切の証拠を残さず場を離れる。初めて仕事を終えた日、先生は彼女をとあるアパートの一室に連れて行き、唐突に彼女を犯した。怪我をした時とは違う激しい痛みとよくわからない気恥ずかしさに驚いたが声も出さず歯を食いしばってただ耐えた。事が終わると彼は「これで俺の仕事は終わった。今日からはここでひとりで暮らせ。時々男が尋ねてくるだろうが、そいつらに逆らうな。言われた通りにしろ」と言った。彼女は裸のまま何も言わず頷いた。先生がいなくなったあと、何故か涙が出てきて、少し泣いた。なぜ自分が泣いたのか彼女には理解できなかった。


鬼咲組には、ヒロとリュウ、ケン、リョウがいた。ヒロの親父は鬼咲組組長だ。キラを拾ったのは彼である。リュウ、ケン、リョウの3人も彼に拾われた子供だった。ヒロを含めそれぞれ様々な厳しい教育を受けているが、殺しの英才教育を受けたのはキラだけだった。今になって彼女は「ガキの頃はマジで毎日『先生に今日こそ殺される』と思ってたぜ」と笑う。


先生からいろいろと学んでいた頃は実際に何度か死にかけた。その度にヒロたちは自分が今持っている中で一番くだらないものを持って見舞いに来てくれたものだ。その頃彼ら5人の中で流行っていた遊び。一番くだらないものを持って、それがいかにくだらないかを熱く討論すること。子供らしくはないがバカバカしくて面白かった。その頃は笑えることが少なかったから5人とも笑うことを、笑わせることを大いに楽しんだ。


もうひとつ5人が熱心に取り組んだ遊びがある。自分達だけの言語を開発すること。既にそれぞれ日本語以外に5ヶ国語をマスターしていた彼らは、その言語を織り交ぜて自分達の言葉とした。そしていつも5人だけの言葉で話し、不思議そうな奴らを尻目にクスクスと笑いあった。


親父には上下関係を叩き込まれた。ヒロがトップだ。それからキラ。そして3人は横に並ぶ。キラが一番年少なのに2番目に据えられたのは、仕事ができるからだろう。腕もいい。組には必要な存在だった。子供の頃から徹底した上下関係を叩き込まれたリュウ、リョウ、ケンの3人は自分より年下のキラに対して自然に敬語を使うようになっていた。

キラを除いた四人は揃って小学校から同じ学校、同じ教室で義務教育を受けていたが、「簡単すぎてつまらない」といつも言っていた。家であれだけの教育を受けていたら当然だ。キラは学校というものについの知識はあったが、そこへ行きたいとも思わなかった。つまらないところへ行っても仕方ない。

4人が中学に上がる頃、キラは既にひとりで暮らしていたので、4人とは時々彼女が鬼咲に帰ったときに会う程度だった。会う度に成長していく彼らは彼女の知らない世界の話をしてくれた。学校では4人とも女にもてるようだ。カッコイイらしい。「あいつらバカだから簡単だぜ」とはしゃぎ合う彼らを見るのは楽しかった。「もてる」とか「カッコイイ」という感覚はよくわからなかったが、笑って相槌をうった。最近では近くのガキどもを集めて何とかというチームを結成し暴れているらしい。「ガキっぽくていいだろ」と彼らは笑って言った。聞くところによると相当数が集まっているようだ。「勝手に集まってくんだよ」というヒロは少し誇らしげだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る