一年が経った
『おはようございます。現在、“
一週間ぶりに五十を下回ったな。
疲れが抜けきっていない重い体を起こし、コップ一杯の水道水と神様ショッピングで買える完全栄養食を口に入れる。
無味無臭のカプセル錠剤のような見た目だが、一粒で十分に腹が膨れる優れもので、社畜時代の俺が知ったら、愛用していただろう。
軽くシャワーを浴びて寝汗を洗い落とし、洗濯しておいたジャージに腕を通す。
「いってきます」
誰に聞かせるわけでもない独り言を呟き、俺は《
一瞬で到着した場所はどこかの森林。
陽の光が入ってこない鬱蒼とした森は俺の来訪を拒んでいるようで、近くからは魔物のものと思われる鳴き声も聞こえる。
「あったあった」
俺はナービーの機能の一つであるレーダーを頼りに低木の下にあった黒い玉を手にとる。
一目で悪いものと分かるほどの禍々しい黒いオーラを纏った手のひらサイズの黒い玉をナービーの機能の一つ――《
暗い森の中でじっと待つこと五分、何の異常もなく
瞬時に黒い玉は瞬時に跡形もなく消えていき、そして――
『“
というメッセージをナービーが表示してくる。
(よし、増えていないな)
俺は数字が減ったことを確認して、次の“異常”へと《転送》を起動した。
創造神の力によって異世界に飛ばされて約一年。
ゲームやマンガの中で体験してきた剣と魔法の世界への憧れは風化し、異世界に来る前と変わらない灰色の毎日を送っている。
溶岩流れる火山地帯も、深海に沈む海底ダンジョンも、生物が生息することのできない紫の不毛の地も、巨木を利用した森林都市も、今となっては見慣れた光景の一つになった。
その理由として俺の仕事がある。
俺の仕事は“異常”の修正だ。
ナービー曰く、“異常”とはこの世界で起きてはいけないことの総称であり、直ちに対処しなければ世界の崩壊を招く恐れがあるらしい。
“異常”の中には、“異物”・“異境”・“変異”の三つがある。
この世界に存在するはずがない物
――“異物”
異世界に通じる空間の裂け目
――“異境”
原因のない個体の進化現象
――“変異”
これら“異常”はいつでもどこでも発生する性質を持っており、放置しておくと世界に適応して“異常”と感知されなくなる。
“異常”を放置しておける時間は一日。
その時間以内に“異常”に対処できないと、罰として一個の“異常”に対して一週間分の給料をごっそりと奪われる。
しかし、一日で世界各地を周ることなんて魔法のあるこの世界の人間にとっても無理な話だ。
そこで重要になってくるのが、俺が扱うことができるナービーの能力だ。
俺が使える能力は以下の四つ。
世界各地の指定した座標に瞬間移動する能力
――《
対象の詳細を明らかにし、対象の情報閲覧できるようにする能力
――《
“異常”をこの世界から消去する能力
――《
“異常”の状態を変更する能力
――《
“異常”が発生した場所に《転送》を使って移動し、《解析》で“異常”かどうかを判別して、ナービーの指示通りに《削除》または《編集》を行う。
《削除》と《編集》の使い分けは、どう使っても役に立たない物は《削除》、使い道のありそうな物は《編集》といった具合にナービーが決めている。
《削除》が九割、《編集》が一割ぐらいかな。
ナービーの命令に任せて世界の崩壊を防ぐために世界各地を飛び回る。
俺の仕事はこれだけだ。
だが、もちろん休みはない。
社畜だった頃に比べて寝る時間が増えたのは嬉しいが、たったそれだけの違いだ。
そのせいで昼間に暇な時間はなく、せっかく畑をもらったのに種を植えられていないどころか、《転送》が便利すぎて畑に続く玄関すら使っていない。
社畜時代と変わらなあ起床、仕事、就寝の繰り返しを送っている。
食事の楽しみも趣味もない。
仕事で疲れて何もする気にならない。
このまま暮らしていても、異世界観光をしただけで異世界スローライフをすることなく死んでいくだけ。
そう思っていたある日、俺は気づいた。
ナービーの可能性に。
俺が自由になる可能性に。
「今日は早く終わるから、ナービーの調整かな」
そんなことを独り言ちながら、洞窟の中にある“異常”の剣を《編集》によって洞窟の中にある宝物の一つへと変化させる。
こんな面倒なことをせずに《削除》を使った方が時間がかからないので、俺はそうしたい。
しかし、この剣と魔法の世界においては洞窟探索の報酬として重要になる……そうだ。(ナービーに教えられただけだからよく分からない)
『“異常”の消滅を確認。残り41件です。早急に対処してください』
うーん、増えたな。
今日も長くなりそうだ。
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