職業【管理者】のせいで、異世界スローライフが叶わない

水没竜田

異世界へ

 異世界転生


 生を終えて異なる世界に生まれ変わること。


 一般的には、小説やマンガで描かれる剣と魔法が織りなすファンタジー世界に生まれ変わることを想像するだろう。

 そして、少なくない人間がそれを望み、手に入れた力で無双したり、ハーレムを築いたりすることを夢見るだろう。


 実際、俺もその中の一人である。

 まあ、今の環境から解放されるのであれば、なんだっていいとは思っているが。


 新卒で就職してから五年、平社員として毎日パソコンとにらめっこをしている。

 俺が勤めている会社はいわゆるブラックだ。

 残業や泊まり込みは当たり前で、月月火水木金金を合言葉に、休日はあってないようなもの。帰れたとしても、三時間寝てシャワーを浴びるだけ。

 かといって、お給料が高いわけでもなければ、残業代がでるわけでもない。

 おまけに、上司は「会社は家族」を事あるごとに言い、社員を会社に献身的な存在にしようとしてくる。もちろん、今いる社員は俺含めて洗脳済み。

 新人が入ってきても数日で来なくなり、鬱病になる人も稀ではない。

 いつ社員の内部告発があってもおかしくないはずだが、こうでもして働かないと大手との契約が切れて会社自体が倒産する。

 早いうちに見切りをつけるべきだったと今になって自省するが、新社会人だったときの俺には分からなかったのだから仕方がない。


 そんな会社の歯車として生きていると憧れるのは田舎での悠々自適な生活。

 都会生まれ都会育ちの俺にとって田舎は不便な場所と小さい頃は遠ざけていたが、今となっては楽園のように見える。

 自然に囲まれて農作業をしながらゆっくりと流れていく季節の変化を味わい、それに身を任せて旬を感じながら食を楽しむ。


 そんな日本人らしい生活を送りたいなと思っている。

 いや、正確には思っていた……かな。


 享年二十七年、嶋田しまだ雅人まさと――つまり、俺は死んだ。


「あの、すみません……私のもとで働くことってできますかね?」


 死んだはず……だった。


 視界に映るのは土下座をするピンク髪の女性。

 白い布を肩に掛けただけという中世のルネッサンンス(?)を彷彿とさせる衣装に身を包んでいる。

 

 露出すご

 でかすぎだろ


 初対面の女性に対して失礼だが、そんな感想を抱いてしまう程に彼女は男の色欲をそそる体つきをしている。


「すみません、申し遅れました。えっと……創造神をやっている者です」


 ソウゾウシンってなんだ?


「世界を作って管理する神様です」

「っ!?」

「勝手に心を読まないでほしいですよね。本当にすみません」


 口に出していないはずなのに答えが返ってきたことに驚く間もなく、女は怯えるように体を震わせて謝ってくる。


 創造神か…… 


 万物を作った創成の神様ってことだよな。


 神様の中でも最高神に近いイメージのある創造神が一人の人間にこうも頭を下げるものなのか?


「あのっ、顔上げてくださいよ。神様に頭下げられているのって、なんか申し訳ないというか……」

「いえ、このままでお話させてください」

「は、はい」


 神様の威厳なのか、神聖さなのか、俺は素直に黙ることにした。


 だが、気まずい。


 初対面の女性に土下座させているという現状が、とても気まずい。


「……えっと、働くってなんですか?」

「はい。異世界に行っていただいて、私のもとで仕事をしてもらおうと思ってまして」


 異世界転生!! 


 でも、仕事か……異世界行っても仕事があるのはなぁ……


「あなたの希望はできる限り叶えるつもりです。仕事以外の時間は何をしていてもいいですし、ちゃんと給料は払うつもりです。必要最低限のものは容易に手に入るように工夫するつもりなので快適に過ごせるかと……ですから、その、力を貸していただけないでしょうか? あなたが必要なんです」


 頭を下げたまま早口でまくし立てるように女神は話す。


 そうか、俺の心を読めるから――


「勝手に心を読んですみません!!」


 創造神は強く反省したことを体現するように頭を床に強く打ちつける。


 ゴンッと鈍い音が鳴り、痛そうというかドン引きではある。


 でも、俺にここまで頭を下げるほど追い詰められていると考えると、可哀想でもある。


「じゃあ、一個いいですか?」

「はい!なんでも!!」


 嬉しかったのだろう。


 彼女は顔だけをこちらに向けて、目を輝かせて満面の笑みを浮かべている。

 まだ仕事をすると言ってもいないのに、俺のことを恩人のように感謝を込めた目で。


 初めて顔を見たが、想像していた通りの美人で、額から流れている血さえなければ文句無しだ。

 血のおかげで台無しとは言えないが、そんなに強くぶつけたのか、とドン引きしていられる。


「畑付きの一軒家を山奥にお願いしたい、です」

「わかりました!! 危険なモンスターが入ってこれないように結界を張って、内装も使いやすいようにジャパンクオリティでお届けします!! 他にチート能力みたいなものとかはどうでしょうか!?」


 なんか、すごい剣幕だな。

 

 夢のマイホームは手に入ったし、チート能力って言われても聖剣とか超強力な魔法とかを手に入れたら、最前線に飛ばされるとかありそうだし……


「余計なことを聞いてしまってすみません!! それでは早速、転移を開始しますね!!」

「はっ、もう!?」

「はい!! 善は急げです!! それでは、いってらっしゃ~い!!」

「ちょっとまっ――」


▼▽


「――てって……まじかよ、話聞けよ」


 いくら嬉しかったからって話聞かないのは、人としてどうなんだ?

 神様だから許されるのか?


 いや、神様だからって駄目だろ。


 神様への憤りを感じながら、俺は周囲を見回す。

 木目調のフローリングに木製の大きなテーブルと椅子が四脚、リビングだろうか。


 窓にかかったレースカーテンを開けると奥には森林、手前には柵で囲まれた畑用のスペースが広がっている。

 それから家を探索すると、使い慣れた現代的な日本のキッチン、風呂、トイレ、寝室があった。


 俺の理想の一軒家だ。


 ティロリン


 脳内に電子音が鳴り響く。

 次の瞬間には、長方形型のモニターが何もない空中に現れる。


『こんにちは、マサト様。あなたと創造神クラリス様を繋ぐナビゲーションシステムです。仕事内容のお知らせと通販の注文を行います。お気軽に“ナービー”とお呼びください』


 なるほど、お助けシステムを付けてくれるのはありがたいな。


『一件の“異常バグ”が発生しました。ただちに原因を除去してください』


 さっそく仕事か……来たばっかなんだけどな……


 望んでいたのは人生を零からやり直せる異世界転生。

 けれど、悲観していても仕方がない。


 まずは、初仕事を頑張るとしますか。

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