第8話 戸惑うよう、震えながらそれでも最後に僕に
ボーイズ&ガールズ、勝ったのか、負けたのか?
ご笑覧いただければ幸いです。
―――――――――
僕の足首は三分の一を残して断ち切られていた。
完全切断と成らなかったのは、途中で背筋を震わせるゾワリとした危機感を感じ足を止めたせい。まあ間に合わなかったけど。
左目が潰れているけど凄くハンサムでイイ笑顔な『フワ金さん』が僕を見下ろしていた。そして髪の毛を掴まれ投げ飛ばされる。足首からの出血跡が宙に綺麗な赤い放物線を描きつつ5メートル離れた壁にぶち当たって止まった。
軽いなぁ僕。そして凄く痛い。意識が一瞬飛ぶ。肺から空気が一気に抜ける。足ももげそう。気持ちももげそう。
顔を上げ、『フワ金さん』を見る。
『フワ金さん』はウフフ的に嬉しそうに自分の手と股間を指し示し、やー驚いたけど助かったよって感じでウンウン頷いてた。彼が行ったのはただ僕が蹴り上げるだろうその軌道上に剣の刃をそっと置いただけ。正確に、適切に。
そりゃそうだ。僕の拳は既に潰れていた。人差し指なんて二発目の打撃で逆九ノ字に本来曲がっちゃいけない方向にイッちゃってた。まぁ、だから足で柔らかい金的しか狙えなかったんだけどね。それを『フワ金さん』はやっぱり
ヤダなー、旨いし、容赦がない。
身体の動きと速さは似非大賢者サマのお陰(?)でそれなりに様に成ってたけど、拳の強さは元の身体のまんまだった。素手で思いっきり鉄骨殴るようなもんだ。そりゃ潰れるよ。
YouTubeで見た細身で小柄な達人は爪先で立って歩いてみせ「5年掛かったけど、これで人の身体に穴をあけられる」と言っていた。筋力や拳の硬さはお手軽魔法(笑)では簡単に手に入らない。やはり長い時間を費やす鍛錬が必要だと
だからさ、使えねーな、コノの似非さんの魔法。ホント中途半端。
さて、如何しよう。 ……身体が痛い。ピンチだなこれ。
『フワ金さん』が、ごめんねーもう終りね、的なイイ笑顔で近づいてくるのを、立ち上がった『黒フード男』が押しのけ、凄い顔で僕を睨みつけてくる。
『フワ金さん』がしょうがないな野蛮人は、的なス〇夫スマイルでジャ〇アン、もとい『黒フードの男』にオーケー好きにするがイイさ的に肩を竦め、位置を譲る。ポーションを小粋にクイっと煽りながら。
『黒フードの男』のフードが外れ、初めてまともにその素顔を見せていた。予想以上に地味だな。顔隠さなくてもそんな顔、誰も覚えてないぞ。怒ってる怒ってる。そりゃ登場と見てくれが派手でカッコよかったのに、結局良いトコ無しだったもんな。いいぜ、こいよ、所詮残念な出落ち殺れキャラだって事、思い知らせてやんよ。
僕は無事な片足一本に“
神風アタックと思ったんだろう。『黒フードの男』改め『地味顔君』が上から目線で笑い、余裕で迎い撃つべく豪剣を振り被る。
残念、違うんだな。剣鉈ナイフの先に魔法陣が煌めく。
「炎弾」
ボウリング大の火の玉が『地味顔男』の顔を直撃した。一瞬で皮膚がめくれ片眼が沸騰し、焼け爛れ、そのまま崩れ落ちる。
彼女が炎弾を使用する際に現れる魔法陣を散々見ていた為だろう。頭の中の似非大賢者サマがコピーしたの使えるの、と、使ってみろと五月蠅く騒いでいたので使ってみた。本当に出来てビックリ。威力もパワーアップしててビックリ。でも本当のビックリはまだまだ。
僕は半分切断されていた筈の足を地面につけ蹴り出しとし『フワ金さん』に向かう。でも直線じゃない。奴は侮れない。位置を取れ。優位な位置。隙を突ける位置。万有間構成力ナンチャラ魔法(笑)の煌めく魔法陣。小さく速く。踊るようにステップを踏む。地面が抉れその度に加速。瞬く魔法陣、地面を抉り右へ、加速。小さく早く。煌めく魔法陣、地面を抉り左へ加速。回り込んで加速。そして潰れて使い物にならないはずの右手拳を突き出し。
「炎弾」
至近距離で生じる炎の球、に隠した拳を一瞬だけ見えた奴の正中、
炎弾の火花が散る中心、僕の拳は確実に捉えた。ただ、間に紋が美しい剣の腹が挟みこまれていた。刃を立てる隙間もなく横に滑り込ませるギリギリだったろうが、ガードとしては完璧だった。パキンと時間差で割れ落ちる刀身。僕の拳は再び潰れた。流石『フワ金さん』、伊達にフワ金してない。フワサラ金髪キラッキラ碧眼的な笑みがマジ得意そうだ。次は私のターンだ。って的な事を言ってそう。
そうだね。でもね。これも織り込み済み。
蹴り足に再び力を籠め、地面を踏み込む。魔法陣が煌めく。重力を感じろ。大地という莫大な質量から生じる力、偉大なる高硬度大質量の力を引き出せ。地面が陥没する。全ての力を、脱力した全身を波動と化し駆け登る。
廻せ。廻せ。廻せ。廻せ。廻せ。
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
と結論 ∮〉
拳が逆再生の様に、かつてない程の速さで二回目の修復を終える。なんせ二回目だから。これで本当に最後。
指一本分の隙間さえあれば放てる。寸勁を伴ったワン・インチ・パンチ。
太鼓を叩くと音がする。音は叩いた太鼓の皮のみで生じる訳では無く、その内部で数多くの音の粒が飛び交い反響し合い増幅され、結果的に大きな複雑な音束になる。それを人の身体で行うのが寸勁。内臓を掻き廻す内部破壊の原理。
因みに内部破壊を行わずに衝き通す力で相手を吹き飛ばす技は、太鼓にナイフを突き刺すのに似ている。太鼓はもちろん音を出す事は無く、ナイフは突き抜ける。
『フワ金さん』は最後に満面の得意の笑顔を浮かべ、そのままそれでも静かに崩れ落ちた。
さようなら。
疲れた。マジ疲れた。
フッと意識が飛びそうになる。
彼女が僕に抱きつき支えてくれる。
僕は意識を取り戻す。
いつの間に降りて来たのか、いや、立ったまま意識を無くしていたのか。
彼女が僕をギュッとする。最初のその出会いの時の様に。ゲロ吐くなよ。思わず腰が引ける。
「何で嫌がるんだよ、心配したんだぞ」
そう言って彼女は僕の手足を手に取りマジマジと見分して「
……すげーホントに治ってる。キモいな、人間ビックリショーだな。営業で全国廻れるな」
ひでーな。気持ちはわかるが。でも色々こっちも大変だったんだぜ。
似非さんは人体修復を完璧に覚えたって豪語してたけど、ポーション無しの初回だったからか、最初に潰した右拳の再生には非常に時間が掛かって、金的狙いで誤魔化すしかなかったし、
足を半分切断されて機動力を奪われたのはマジ焦った。足の完治スピードが早かったのは異常に切り口がキレイすぎたせいで、これが力任せ、刃筋ブレブレの『黒フード男』ならこうはならかった。
無駄に技量が高い『フワ金さん』に感謝だな。右拳の再生が済んだのは、『黒フード男』を沈めた直後、『フワ金さん』再戦直前で本当にギリギリだった。
初回でコツを掴んだのか、その後の再生は早かった。だんだん早くなる感じで、最後の方は瞬時っていい程に熟れていった。
でもね、本当はね、体を再生する際のあの痛さ、覚悟がね……なかなか。
最後の『フワ金さん』との攻防、彼の周りを狛鼠のように飛び跳ねていた時は辛かった。隙を突く為のストップアンドゴーに肉体が耐えきれず、損傷の度に自己修復を繰り返していたのだが、骨が圧縮崩壊したり筋組織が千切れ飛ぶ痛さよりも、それを修復する痛さの方が何百も何千倍も痛いのって何なんだ。
完治は瞬間なんだけど、その分が何万倍にも凝縮されると言うか……。何度途中で放り投げて逃げようと、挫けそうになったことか。
でもまあ。
「まぁ、なんだ、何とかなったな。色々何だかなって感じだったけど」
「……ほんとだぞ……」
彼女は僕の腕を両手で掴み、首を垂れたまま頭をコツンと僕の胸に当てて。
顔を隠したまま。
「……ほんとうに、君が無事で……。無茶して、ハム君がどうにかなっちゃったら、本当に、怖かったんだぞ…」
彼女は自分より、侯爵令嬢のお姫様の癖に、僕を心配してくれた。そして、
「ありがとう」
まぁなんだ、ちょっと感動して、嬉しかった。ウソ。ワクワクする程嬉しい。「なんかさ、頭の中で似非賢者サマがさ、君に貰ったポーション? 超高級品の? あれの構造と再現性が判明して自己修復できるって言ってさ。細胞一つひとつのDNAの設計図にアクセスして元々の治癒力を」
突然僕の股間に彼女の膝蹴りが炸裂した。僕は股間を押さえて転げまわる。
悶絶する。
「下郎が! どこ膨らさせてんだゲスが! 殺すぞ‼」
既に
彼女の容赦ない
しょうがないじゃん。人間なんだもん。
因みに残りの“トランプの兵隊”は『フワ金さん』が沈んだのを見ると一斉に逃げ去ったらしい。正直助かった。だから安心して股間の痛みに悶絶できている訳だ。
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
腹部股間の自己修復……希望しますか?
と結論 ∮〉
お願いします。僕の股間に魔法陣が煌めく。思えば今日この日に負った損傷で一番の重症ってコレなんじゃね。
ところで、君は誰?
ザクっという音が足元から聞こえた。逆さにした500mlペットボトルによく似た金色にテラテラと光る何かが地面に突き刺さっていた。
上部だけ光度を上げながら廻り出す。光の輪がメリーゴーランドの様に広がり僕らを包む。美しい、ただ、その廻る光が力へと変わっていく。
急速に力を増す。本能的に思う。これはヤバいと。コレは純粋な恐怖だ。
気絶していた筈の『フワ金さん』が倒れながら呪文を唱えていた。その呪文に呼応する様に金色逆さペットボトルは生き物のように打ち震え力を増していく。『フワ金さん』シツコイ。
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
危険危険コレは危険、危険が危険キケンキケン危険コレはアカン !
と結論 ∮〉
ラップかよ。そして“結論”は外さないのね。
彼女と目が合う。彼女が足元のソレに手を伸ばす。そっちは任せて僕は『フワ金さん』だ。彼に向かって手を伸ばし、
「炎弾‼」
遠慮はしなかった。ボウリングのボール並みの大きさの青白く揺らめく炎が僕の腕の先に生まれ、ヤツに向かって射出された。
でも、伸ばした腕の先1メートル程で、それは霧散した。まさしく掻き消えた。『フワ金さん』が何かした訳でも無く、勿論僕が意図した訳でも無く、魔法がある一定の距離に差し掛かると、そんなもの初めから無かったのか如くに。
意識下で理解させられた。魔法が現実を書き換える力なら、その力で元の現実に強制的に戻された事を。
二発目。ビーチボール大の炎弾。
三発目。バランスボール大の炎弾。
駄目だった。全て腕の先から1メートルの距離で無かった事になる。『フワ金さん』には届かない。
鼻の穴を広げ驚いていた『フワ金さん』が、広げた鼻の穴そのままで下品に笑い。驚いて止まっていた詠唱を再開した。
本当に中途半端な魔法(笑)だよ。それと『フワ金さん』、その笑いゲスすぎて、イメージ通りモロだから止めたほうが良いよ。
彼女を見る。まるでその力を抑え込むようにド金色逆さペットボトルに身体ごと覆い被り、僕を見上げた。高速で回転するパトライトの如くに照らされ金色に点減する彼女の顔が泣き笑いで、唇が動く。
「逃げて」
糞が。
蹴り足に重力魔法を掛ける。魔法陣が遅ればせながら煌めき、僕は彼女の元へと加速する。
ハナ、手を伸ばせ。
彼女は笑ってふるふる首を横に振る。
そんな訳、いくか!
頼むよ!
戸惑うよう、震えながらそれでも最後に僕に。その白く華奢な腕を伸ばしてくれる。最初のあの時のように。
僕とハナの手と手が結ばれる。
そこまでだった。
僕らは金色の光の爆散に巻き込まれた。全てが白金の粒子に変換する。
ハナって、誰だ?
ハナって呼ぶな!
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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