第5話 逃げてって、言われちゃった

ボーイズ&ガールズのあまずっぺー?語らい、その2です。

 好きなんですよ。

ご笑覧いただければ幸いです

―――――――――

 

 ああそうだ、彼女は僕を昔の名前渾名で呼ぶ。まずはそこからか。

「ところで君は……」


 と、鼻につく嫌な匂いが微かに漂ってくる。それが僅かずつ近づいてくる感じ。まだまだ遠いはずの微量のそれが鼻腔に触れただけで顔を背けたくなる。ああ、コレ、『不思議アリスなトランプの兵隊』や『黒フード男』の汗の匂いだ。それもアレだ、粘度メチャ高い系。ウゲ。


 匂いが漂ってくる方向に目を向けると、僕達が逃げてきた通路、数メートル毎に左右の壁伝いに傷ついた身体で押付けらスタンプされた血の跡が点々と続いていた。


 お〜スプラッタ。これ辿られたらヤバいよな。ゲンナリ匂いってそう言うことなんだろうな? それにしても滅茶苦茶鼻が敏感って僕、どうした。それと風呂入れよオマエら。臭いぞ、致命的に。

「ねえ、アイツら追ってきてるかも。さっさと逃げたほうがイイかも」


 伸ばした僕の手を振り解く彼女。

 はにゃ? お嬢様の手をいきなり握りに行っちゃ不味かったかな?今更だと思うけど。と思ったら意外な言葉が返ってきた。


「まだ助けてくれるの? どうして?」

 何故なぜかちょっと怒ってるゲなチョット吊り目な藍銀瞳で。


 どうして?……なるほど。どうしてだろう?


「もういいよ。もう充分。もういっぱい助けられたから。見ず知らずの人にもうこれ以上迷惑かけられないよ。血もいっぱい出てたし、もう、……怖いよ」

 怒った様な、思い詰め居る様な。手が震えていた。


 でも、納得。

「そうだね、そりゃそうだ。君から言ってくれて助かる。

(マジほっとした!)

 それじゃまた何処どこかで。

(hasta la viアスタラビスタsta!)」


「えっ! えー⁉意外とあっさり‼」


 心の声がダダ洩れですよ。でも聴こえなかったことにしましょう。

 うんちゃっと立ち上がり、おっ、身体が動く。動くよ。一億二千万円級借金を踏み倒しそのままきびすを返そうとする。っていうか逃げます。

 

 と、僕の手首を咄嗟に掴んでしまった彼女。

 ガクンとなる僕。

「え?」

「え?……ち、ちがうから。これは違うから、も、もう行ってイイ……」


 うーん、頭を掻く。

 体育座りで俯き、自分の膝に額を付け、何かから自分を守るように小さく丸まっている。ただその白く華奢な腕だけを伸ばし、僕の手首を掴んでいる。掴まっている。溺れないように。

 ……そうかぁ。


 なんだろう。なんか凄くギシギシする。キンキンと突かれ、ギリギリと僕を締め付けてくる。

 逃げようぜって、関係ねーじゃんって僕の本能がグイグイ訴えて来てる。全面的に賛成。なんでさっきはあんなに懸命に守ろうとしたのか自分でも不思議だし。赤の他人なのに。赤の他人、だよね?


 な、なによりだってコノ一連の状況? テロ現場? って、もの凄くヤバ目だし、基本、僕は通りすがりのただのラノベ的転移者だし。スッポンポンだし。即ち今すぐ逃走したほうが良い。ピューってスタコラサッサッて一目散に……。


 でもさ、何だろう。何かを忘れている感じ、このまま失ってしまうと取り返しがつかない感じ。

 この女の子、迷子の子猫みたいだ。


 彼女のカーデガンを腰に巻いたままで、ここで返せって言われても困るしな……。


「さっきの黒フードの男とか、マジ容赦なかった。ありえねーってぐらい。あれ、君の知り合い?」


「……」


「君、この世界の貴族サンか何か? それも身なりから相当偉い?」


「……」


「お金か、政治絡みか。そんなとこ?」


「……たぶん。でも、だからこそ私は殺されることは無いよ。でもハム君は、あなたはそうじゃない。さっきだって……」

 やっと顔を上げ、今にも泣きそうな瞳で僕を見上げる。唇を噛んで。

 まあね、ズタボロだったもんね。ほぼほぼ自爆っぽかったけど。ここに残っても何も出来ないだろうし。でもね、それでもね。何だろう。僕は……。


「それはさておき、立ってみようか。立てる? こんなところに座り込んで、スカートがホコリまみれになるよ。まあ、服全体が僕の血で散々なんだけど。すまんね」

 僕は彼女が握り込んだままの僕の手を握り返し、よっこらしょっと勢いをつけて立たせる。


 それはさておき。

 僕は見下げられている。僕のほうが背が低いから。何か納得行かない。


 それはさておき。

「甘いと思うよ。『黒フード男』さんったら、最初こそ君を避けてたけど、最後の方は容赦なかった。頭も悪そうで眼が血走ってた。段取りとか飛んでそう。そう云う奴を襲撃者に選んでる時点でダメダメだろうなんだけど」


「それでも、私を捕らえられたなら、逃げた貴方を態々探さないと思うから」


 囮になってくれるって訳ね。まぁ魅力的な提案なんだけど。

 彼女は僕は助かると言っている。でもそんなことはないだろうとも思う。半々かな。例え虫ケラでも下手な目撃者は確実に此処ここでしっかり後腐れなくサヨウナラさせとく。虫ケラを踏み潰すのに躊躇はしない。僕ならそうする。実に悪い貴族様っぽい考え方。


 黒フード男の、その振るう容赦ない剛剣に相反する粘着質な執着を思い返しながら考える。素人相手にあんなにムキにならんでも。大概やろ。やんなっちゃう。

 ねえ、君、僕を掴んだ手が、震えてるよ。


「僕ってば、たぶんだけど、転移して来たばかりでさ、右も左も分らないし、言葉もチンプンプン、そのうえ無一文なんだよね。此処ここでほっぽり出されちゃ困るんだよね」


 唐突な僕の言い草に最初は呆気に取られていたが、やがて一つ頷きごそごそと動き始め、腰のもう一つの小ぶりなポシェットから大型のボストンバックを取り出した。 

 ……ナニそれ。

 異次元ポケットから青色の耳無し猫型ロボットが例のドアを取り出すのにそっくりだった。ビックリ。おお! 転生異世界モノ定番必須アイテム在るのなー。ちょっとショボそうだけど。そのバックからゴテゴテした飾りがついた刀身三十センチ程の幅広なナイフ? 剣鉈? を取り出し。


「お金はないけど、コレ、私の守り刀だってお父様が。売ればそれなりにお金に成るはずだから」僕に押し付け「逃げて」


 逃げてって、言われちゃった。言われちったよ。とうとう。まいったな。


「ばあちゃんの遺言の続き、友達から受けた恩と借金は早めに返せ。僕ら、友達同士じゃないの」

 ん?友達?ともだちだったか?自分で言っておいてだけど……。


、友達でいて……くれるの?」


 ん? 何か変な言い方だな。だけど。残念、タイムリミットだ。

 臭い匂いが直ぐ傍迄近づいていた。それを彼女も認識する。


「確認なんだけど、借りを貸したのは僕。借りたのは君。ここまではオーケー?」


「……うん」


「ここで決めました。ウン。

 残念ながら不細工なナイフ? 剣鉈? 一本では誤魔化されません。コッチは死にかけたんだ。君と一緒にしっかり逃げ延びて、高位貴族のお姫様に見合う報酬を。って君はお偉いお貴族い様だよね?」


「侯爵家だよ。だけどお姫様じゃないよ。ただの末っ子の次女」

 侯爵家がどこらへんの高さなのか分からんけど、高機能ポーション持ってたし身なりからも良さげと見た。オーケー。やりなおし。


「やりなおし、侯爵末っ子次女の救出に見合う報酬をガッポリ頂く。それで老後迄安定生活の確保。それで出来れば異世界定番うはうはハーレムで……」


「はーれむ?」

 ピッきっと彼女。背後の空間に黒い亀裂が見えた。


「いや、ハーレムはいいや、普通の金銀財宝で……」

 なにこれナニコレなんなの? 怖い怖い怖い、ヒーってぐらい怖い。マジちょっと漏れた。


「だからお互い様。僕は君に助けてもらいたいし、その為に君を助けるよ。絶対守るなんて烏滸がましくて言えないからさ、互いに強力しあってこの場を乗り切ろう」

 何とか軌道調整。無かったことに。お願い……します!


 彼女は唇を嚙み、逃げてきた通路の向こうに目を遣り諦める様に「わかった」でも、ちょっとホッとしてゆるむ顔。

それでいいさ。……やった! 誤魔化し成功。俺えらい!


「オーケー、先ずそのバックは仕舞ってくれるかな。仕舞えるよね?」

 おお、角からシュルシュルーって入っていく。欲しい。


 あれ、何時の間にか僕は彼女と逃げるって話になってる。それもなんか戦うっぽいし。あれ? 可笑しくね?……解せぬ。


「まあ、何とかなるさ。君のあの痛い呪文のショボい魔法よりは僕の『重力? 反発?(仮)魔法?』のほうが逃げるには余程都合いいだろう。此処ここまで逃げて来れたんだ」初めてでアレくらい出来たんだ。次はもっと上手く出来るさ。

 ……ポーションは後3本あるし。借金プラス三千万円、合計一億五千か? 報酬で相殺って言わないよね。必要経費だよね。ちょっと不安。



「ショボい魔法だと!」と、いきなり激昂する彼女。


 何だ?

「妾を誰と心得る、ヴレゥ侯爵家の至宝の天才魔導師……」で途切れ。

「……【爆烈炎の聖女】……と呼ばれた……」で段々小さくなり、最後は聞こえなかった。


「大丈夫?」と僕。


「……コッチの世界の自分に、引っ張られた。不覚。……でも、ショボいって、酷いと思うよ……。さっきは急だったから……」


 悪いこと言っちゃったのかな。でも彼女、高位貴族の侯爵家って言ってたし、今の言い回しも瞬間の冷え冷えとした目つきも、もろ高飛車高慢ちき系女子だった。異世界コッチでは悪役令嬢やってたのかな。チョット吊り目がっぽかったし。友達は居なさそうだな。

 それにしても『爆烈炎のナンチャラ』って、魔法の呪文もそうだけどコッチでは厨二テイストが標準なのかな? やっていけるか僕?


「失礼なこと考えてたでしょ、今」と彼女。


「ソンなコトないヨ」


「詠唱呪文がモロ厨二とか、二つ名が痛すぎるとか、悪役令嬢とか」


「あっ、自覚あるんだ」


「潰す」


「まあ、何とかなるさ。僕と君となら何でも出来る。なんちゃって」


「ごめん、股間ぶらぶらさせながら口説かれてもちょっと……」


……僕は黙って落ちていた彼女のカーディガンをいそいそと拾い腰に巻きつけ。

「コレ、必ずちゃんと洗って返すから」


「絶対いやよ。返さないで」

 そして、僕のしも方向に目を遣り、フッ。


 ……がんばれオレ。まだ、まだガンバれるはずだ……。口の周りをゲロでカピカピにさせてる女の子なんかに負けない。



 手に残されたままの彼女の守り刀という名のナイフ? 剣鉈? を抜いた。柄や鞘のゴテゴテテカテカに比べ、刀身は簡素で無骨だった。

 無骨というよりもナイフにしては肉厚で幅広な鉄塊に無理やり片刃をつけた感じ。刃先も斜めに切り落とされただけで刺突には使えそうにない。剣鉈に一番近いけど、それより元々あった剣を手元30センチを残して切り落としたよう。いや、柄も妙に長いく本当に折れた刀を再利用したのかもしれない。

 高位貴族のくせにミミっちいいな。でも造りはちょっとしたモノかも。


 詳しくは分からんけど。のたる刃紋に藍い光沢が走る黒い刀身。ダマスカス? でも紋は藍い。鋼ではない。見たことの無い質感。


 分からんけど、僕って素人だし。所詮家庭用包丁鍛冶の息子だし。まあ、そのまま捨てちゃうのは確かに勿体無いかな。

「コレ、借りるよ」

 廃棄されるはずだった再利用品なら多少手荒にしても構わないだろうし。

 それに僕の手に妙にしっくり馴染む。


 ふと、の峰に刻まれた文字に目を移す。酷く雑粗ぞんざい金釘カナクギ日本語カタカナで。だから思わず口に出してしまった。


 【ワレネガウ】


 瞬間、刀身に魔法陣が浮かび、身震いする様に小さく鳴った。


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 契約結束だそうです。

 と結論 ∮〉


 そう言う意味深なのマジいいから。




―――――――――

お読み頂き、誠にありがとうございます。

よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。


毎日更新しています。

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