第4話  ところで、君は誰?

 ボーイズ&ガールズのあまずっぺー? 語らいです。

 ご笑覧いただければ幸いです

―――――――――


 今、僕の腰には彼女が羽織っていた高そうなカーデガン状の上着が被さっている。相変わらず僕は壁に寄り掛ったまま、マジで動かない。何処どこ彼処かしこも。そんな中、ささやかなテントが一張。凄すぎるぞ俺、生理現象なんだからしょうがないじゃん。とか、高校男子若い って罪。とか、のレベルを超えている。全く誇れないけど。バカだけど。

 

「なんか、ごめんね。コレはちゃんと洗って返すから」


「もう返さなくていいから。絶対」

 絶対零度。そんな顔。


……がんばれオレ、負けるな。こんな扱い、いつものことじゃんか、ガンバレ。


 なんか、今の彼女からはお姫様抱っこしてた時のような特殊嗜好者の腐臭ニオヒは全くしていない。なんかマトモ。さっきの彼女は僕もだけど、刹那のパニクりから自己が漏れ出たっていうか“被ってた猫”が外れてしまったというか。


 ……ここは無かったことにするのがベターだと一般常識人の僕は思う。“秘匿者”をこれ見よがしに暴露する趣味は僕にはない。ちょっと残念だけど。

 ……うそうそウソ、違うから。僕は秘匿者じゃないから。違うよね? でも異世界に転移なんて、それ自体が特殊嗜好者モロなような気もするが。


「これ、飲んで」

 彼女は僕の目の前に小さなロココ調風の装飾過多な硝子の小瓶を取り出し「ポーション。これで全部治るから。飲んで」そう言うとキャップを外そうとする。

 わお、有るんだ、治療薬ポーション。


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 定番ですとチョット……。

 と結論 ∮〉


 わかってる。「ありがとう。でもちょっと待って、それは骨折とかもちゃんと直るのかな?


 彼女は少し頭を傾け「大丈夫だと思う。お父様がとにかく怪我したら飲んどけって持たせてくれた。スゴク高いからよく効くって。スペシャルだからって。ああ、欠損は駄目っぽいけど」


「因みにお幾ら万円ぐらい?」


「メルセデスGクラスのAMG」


 なにその例え。確か乗り出し2千5百万円位か。


「の限定車」


 ああ、3千万円超ね「良く知ってるね。ゲレンデの値段なんて」


「前世でパパが内緒で買って、ママにバレて怒られてた」


 なにそのセレブリティな団らんの一コマ。……前世ね。やっぱり転生者なのね。

 あれ? そんなロイヤルな幼馴染が……いないな。俺ん家は貧乏だし、接点なんてオールナッシング。だよな?


「まだ後3本有るからやり直しが効くし」

 おっと、現実に戻ろう。

 なにそれ、今世もセレブリティなのね。でもさ、コッチは潰れかけた包丁鍛冶屋の末息子で、移転してきた今は文字通りすっぽんぽんの一文無しで、直ぐに大怪我して借金持ちかよ。九千万円。返せる気がしねぇ。ついてねー。


「ねえ、もう飲んで、血がいっぱい出てるし。私、怖いよ」

 彼女の瞳が揺れていた。まあね、魔法のある世界だって事は、理解したんだけど、でもこれほんと大丈夫なのかな? 副作用とか無い? 厚生労働省の認可は受けてないよね? 所詮は民間療法の怪しげな薬じゃないの? 保険は効かなさそうだし。


 それだけじゃない。この異世界と、違う世界から紛れ込んだ自分との漠然とした、しかし決定的な異差からくる違和感? 疎外感? に僕は戸惑っていた。縹渺ひょうびょうとした自身の危うさ故の此処ここに存在していて許されるのだろうかという危殆きたい。そしてもう一つ、恐怖。


 彼女がグイッと顔を近づけ、僕を真っ直ぐ見つめる。

 オーケー、取り止めのない思考で現実逃避はやめよう。彼女の厚意を素直に受け取ろう。実際に僕の状況って相当だし。このままじゃまずいのは確かだし。



 見たくはないけど自分の足を再度確認する。両方折れてて、変な方向に曲がってる。右足は肉を突き破って折れた骨が少し見えてるし、うう、見ないことにしよう。……ここに今まで座ってたんだよね彼女が。なんてことだ、痛すぎてプクッとしたそのお尻の有り様を堪能できていなかった。無念。


 バカですゴメンなさい。血がトプントプンと流れているが、勢いがさっきより少し弱くなってる感じ。あ、ブラック・アウトしそう。意識が遠のく。だめだ、耐えろ。

 だからって激しく揺さぶらないで、逆効果だから。寝ないから。



 動かない手を無理やり動かし、足を取り合えず真っ直ぐにしておこうと思う。

「なんかさ、やっぱり治療と骨を正常な位置に戻すのってのは、ベクトルが違う気がするんだよね」せめてやり直しで借金の額が増えるのは嫌。


「私がやるよ、任せて」


…………。

 

「ゼンゼン焦らさなくてもいいんだけど、生殺しは正直勘弁」


「だって怖いんだもん」


 彼女は自らやると言って手を伸ばすものの、暫く固まっていた。そりゃそうだ。でもその後、震える手で、血で真っ赤にしながら、明後日に向いた骨を真っ直ぐにしてくれる。痛くない? 痛くない? 大丈夫? と僕に何度も問いかけながら。

 僕としては、一気にやって欲しかったけど。ひどくゆっくりなのね。そっち系?


「さっき、私ここに座ってたよね。……ゴメンなさい」

「許さない。許してほしかったら治ったらもう一度お尻を乗せてグルグリして」

 最後は一気にやってくれた。勢いをつけてほんとに、ガコンて。いいんだけどね。開放骨折箇所が増えたような。



 なんか微妙にまだ曲がってるポイけど、彼女の心配そうな藍銀瞳の奥の揺れを見ちゃうと……ええい、男は度胸。


 「いくよ」の声と共に僕の口にポーションを一気に流し込む彼女。キャップを開ける時、一瞬だけ僅かな光が漏れた感じ。でもそれだけ。

 おお、なんか一気に痛みが引く、これは期待していいのかも、異世界ファンタジック万歳! でも全身が淡いオーロラに包まれる等の派手な演出もなく。その後は何も進展もなく。考え込んでいる?

 って思ってたことがありました。


 突然、全身の傷口部分から全方向にこれ迄かって程の爆発するように眩い光が飛び出す。まさに傷口という傷口が一斉に弾け飛ぶような。


「がッあぁぁぁぁああぁぁあぁぁああぁ‼‼」


 思ってたのと違う。本当に弾け飛んで無いよね!?

 全身に激しい痛みが駆け巡る。いや、今までが痛く無かった訳じゃなくて、コレは一段次元を上げた通常とは全く異なる種類の痛みだった。

 細胞の一つひとつを千切れないようにゆっくり捩じ曲げる様な、それが永遠に続くかのごとくの絶望感に苛む。激しく軋み、皮膚の下で大型の虫が這いずるようにボコボコ波打つ。キモ! 俺キモ‼


 何度も意識を失いそうになるがその度に痛すぎて覚醒する。気絶もできない。藍銀瞳マジック恐るべし。厚生省に訴えてやる! もう飲まない。絶対だ!


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 細胞核のDNAエイドスにアクセスする因子体【魔因子アルカナ・エレメントと呼称】を以って損傷前の正常であるべき状態を読込みリード、魔力・因子体の理力【魔理力体アルカナ・フォースと呼称】を以って超高速にて細胞を強制増殖させ修復。加えて骨格も正常位置へと微調整のうえ操作し修復していることを確認。

 第三基門・並列亜次元領域が開放されました。

 第三基門・にて構築された量子演算フィールドにて解析検証を開始。 完了。


 論理の更なるビルドアップアンドスクラップを執行。

 完了。


 各基門・並列亜次元が同軸亜次元へとバージョンアップしました。

 第三基門に展開された量子演算フィールドにて多重同時加速思考付与型編纂疑似脳が構築、エイドス理論による人体再生修復技術を完全取得して記述。

 完了。

 と結論 ∮〉


 もうさ、どうでもしてよ。

 朦朧とした意識下で見ていたのは、飛び出た骨が謎の力で引っ込んで行き、傷口が逆再生の様にグジュグジュと塞がっていく様子だった。イヤイヤ、ゲロい、ゲロい。


 ただ、随分と後にわかったことだが、全ては一瞬の間に終わっていたらしい。爆発的光の洪水も無かったらしい。らしいというのは、自らの感覚的では終わりの見えない程の超長い時間に渡り激痛が続いていたから。信じられない。もうね、超拷問だよ。もうね、金輪際、超回復なんてやらない。断固拒否。


 全てが終わった後、僕に抱きつき、声にして泣き出した彼女。ごめんね、ごめんねと何度も謝っていた。何で『ごめんね』なんだ。まあスゴク心配してくれていたのはわかった。でも、ソンナニ擦らないで。違うものが出ちゃう。出さないけど。

 あと、お尻を乗せてグルグリして下さい。約束しましたよね。



 その後、ベヒモス一頭分の肉を摂取する位のスタミナ増幅用とファイヤーボール100発分の魔力補強のポーション二本を強制的に飲まされた。

「お幾ら万円?」


「ん、体力補充は同じ? 位? 魔力充填は、ちょとお高め」


「どの位お高めなのな?」


「ん、倍?」


「それ、ちょっととは言わないよね。だから貴族は」


 流石メルセデスAMGゲレンデ限定車四台分。結局借金一億二千万円なり。チクショー。

 スタミナ増幅用は血液が恐ろしい勢いで増産され、細胞一つひとつが震え、力がみるみる漲るのが実感出来てしまった。流石ベヒモス一頭分を謳い文句にいているだけはある。ベヒモスの大きさがイマイチわかんないんですけど。

 でもコレ、酷く、それもヤバ目系のドーピングの匂いがする。

 「お父様が、一日一本厳守だって。出来たら二日は開けなさいって」


 例の如くポツコン似非賢者様も第ナンチャラ同軸ナントカがって言って喜んでたけど、なんか直ぐに黙った。いま舌打ちしてなかったか。ヤッパいけないやつ? 不味いヤツ?


 魔力補強のポーションは濃い目のミックスジュースの味しかしなかった。嘘、ゲロまず! 人が飲み食いしていいレベルを遥かに超えていた。

 確かにミックスジュースなんだけど。口に含んだ瞬間吐き出し、舌を切り取り思い切りゴシゴシたわしで洗いたい、何なら表面チョット削ってもいいとさえ思ってしまうほどの味覚、もうそれは味覚とはいい難いけど。

 そこまで追い込む強烈な違和感と、なにより、耐え難い嫌悪感を覚えた。


 えっ、これ腐ってんの? イヤイヤこれ腐ってるとかの通常判断を余裕で超えてるヤツだから。


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 こ、これは……、想定外です。

 と結論 ∮〉


 えっ、なになに、どうしたの?


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 ……。

 と結論 ∮〉


 ああ、驚愕したけど訳解んないってことね。それともなに? 俺が悪いの?


 隣では腰に手をあてて魔力充填のポーションをゴクゴクと満足ゲな顔つきで飲み干していた。人間技じゃない。

 

「えっ、なに?……ハム君、大丈夫?」


 結局僕は一口目ですべて吐き出して、その後は飲み干すことは叶わなかった。

 哀れ僕の幻の六千万円。って感じ?

 イヤイヤ、僕が頼んだ訳じゃないから。だいたい魔力ってワカンナイし。減ってたかもワカンナイし。六千万円はノーカンってことで。


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 魔力を魔力素粒子アルカナと呼称することを要求。

 と結論 ∮〉


 ねえ、それどっから出てきたの? 意味あんの?……だんまりかい!



 遊んでないで現実に戻ろう。色々びっくりしちゃったな……。

『ところで』って感じで一周回って最初に戻ってくる的な。

 最初の思考。ああそうだったね。

『彼女は僕を昔の名前ハムで呼ぶ』まずはそこから。


「ところで、君は誰?」


 でも、その答えを聞く前に、追手が迫って来ていた。『トランプの兵隊』や『黒フード男』達だ。


 やれやれ。




―――――――――

お読み頂き、誠にありがとうございます。

よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。


毎日更新しています。

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