第3話 もう一つの私は
途中の◆から可愛い女子? の視点での一人称です。
主人公に抱えられて逃げる女子は転生者です。
彼女は何を思うのか。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
逃げる。
『フワ金さん』、ごめん、後は任せた。
踏み出す右足に全力を掛ける。
瞬間、鋭い今までとは違う決定的な痛みが走る。駄目だ、止まるな。ここを逃せば。逃す訳には行かない。構わず大地を踏み込む。全体重をかけ、重力を全身で反発させる。その時、何かを圧し潰すような鈍い音が小さく響き、僕の身体が傾く。駄目だ、耐えろ。まだだ、まだ行ける。重力を感じろ、反発させろ。
瞬間、僕は飛んだ。縮地とは全く別の力で。正に『トランプの兵隊』の頭上を大きく、予想以上に、想定外に高く飛び越えて。
ちょっと飛び過ぎなんですけど~!
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
第一基門・並列亜次元領域在中の“
と結論 ∮〉
ナニそれ、って、落ちる。見ると僕の右足は脛の部分で変な方向に曲がり肉を破り骨が飛び出していた。おまけに血がピューって、もうね、血塗れ。どうすんだよコレ。普通に痛いです。
〈∮ 及び検証考察結果を報告。
無事な左足で地を蹴って再度に“
と結論 ∮〉
そんな。この高度と速度で地面を蹴り上げたら確実に逝くって。って、もう地面。仕方ないの〜、仕方がないんですか〜! 僕は左足を伸ばす。足にありえない衝撃。やけに軽くクシュッと。見ません。瞬間、魔法陣の瞬きが、そして再度飛ぶ。より速く高く。おお! しゅ、しゅごい。って、チラッと見た左足は今にも捥げそうにブランブランしてましゅ。
そのまま目的の路地に飛び込む。やった。だけれども、軌道がずれてる。このままだと通路真ん中より右寄りの壁面に斜めに激突する。曲がれ!
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
曲がれません。“
質量体に対して万有引力の重力相互の理から逸脱させ、反発の上、追次に加速させていくだけです。体の一部を対象物に当てて下さい。その際に角度を調整すれば行きたい方向に軌道修正は可能です。何事も経験です。トライ&エラーの精神です。そこで一つ警告を、当魔法は物理衝撃を無効化するものでは有りません。
と結論 ∮〉
オマエ、普通にヒデーな。
僕は腕の中の彼女を庇うように深く抱え込み、覚悟を決めて、ごめん、嘘、覚悟なんて全くこれっぽっちもない。強制的に仕方なく肩から壁面にぶち当たる。
肩から変な音がした。自分の身体からは絶対聞きたくないような音。痛いっスー!
アッ、すいません。ソコどいてください。おっと。ゴメンナサイ。
しゃがみ込んだイイとこ風の年若い奥様と抱きしめた娘さんの頭の上をぶつからずに通過。
次いで、頭部が涼やかなおっさんの脇を掠める。
ちょっと待って、今のおっさん、服着た熊じゃん。それも頭薄くて且つおっさんだとハッキリわかるクマって。ナニ?
「ねぇ、聴いて、私あんな厨二病的な言葉なんて、普段は云わないのよ、ホントよ。コッチの世界ではアレが生呪文で
……でもね、私は違うけど、厨二病を全否定するのはよくないと思うのよ。私はもちろんソッチ系はゼンゼン興味ないんだけど、ああいう言い方はちょっと傷つくっていうか、折れるっていうか。人の嗜好は色々だから、どうなのかと。
ううん、私は違うのよ。そんなんじゃないんだけど。やっぱりね、そう思わない? ねえ聞いるの?」
えっと、今大事なのソレ? 今自分、壁にガシガシぶち当たりながらのピンボール状態で、人様の間を掠めて無理クリで逃げてるんですけど。それなりに痛いし、その度に傷だらけになって行くんですけど。
あんたも大概にヒデーな。可愛いけど。
そのように、見た目はちょっとアレだけど、米国の蜘蛛な男や例の壁内の調査兵団のように華麗に(?)壁面
◆
私は誰なんだろう。
【いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに
のたまひも捨ててよかし 玉だすき苦し とのたまふ】
源氏物語だっけな。昔は好きだったな……。
好きならスキきって、嫌いならキライってはっきり言えばいいじゃない。なーんて、言えないよね。
イライラするな、私に対して。
何時どうなるか分らないのに、……私のように。
私は……。
私はフレゥール=プランタニエーナ・ジュイシイゲ・フィン・ヴレゥ。
キノギス王国五大貴族がひとつ、ヴレゥ侯爵家。その第二息女十六歳。
次期神聖乙女、謂う所の聖女候補だ。且つ勇者候補でもある。
まあ勇者候補はお伽噺の憧れからの自称。お母様からは窘められているがお父様は笑って許してくれている。聖女候補はお爺様が可愛い孫娘の箔付けにお金にモノを言わせた。聖女にはならない。あくまで準聖女止まり。ホントにそんなモンになっちゃって寺暮らしなんて嫌だし。
そんな訳で、私は
もう一つの私は月鍬遊葉那、だったモノ。
コンクリート製車止めの角が目の前に迫っていたのが最後だから間違いないと思う。
謂う所の転生者モノね。抑揚のない声で言ってやる。
むねあつ〜。
ハム君を見つけて思わず呼び掛けていたその時、私は遊葉那だった。だって……。
そういえば最後の夏、コンビニ前で突き飛ばされた時も眼で追ってたな。ハム君は背がひょろっと高くて、ちょっと猫背で、怠そうに歩いてて、手にしたアイスキャンディーを落としちゃって、途方に暮れて呆けた顔してた。ふふっ。可愛いい。
私が彼を呼んだ。
全てを捨てさせた。今までの生活。両親。友人。大切なもの。彼の抱いていただろう夢さえも。彼の承諾もなく強行強制的に、唐突に。
私の従者として。
『
『
『僕は子供の頃に確かに誰かに……ハムって呼ばれていた。でも君じゃない。君は誰? 僕は君を知らない』
全てを思い出し、私は胃の物を全て吐き出し、気を失った。
ゴメンナサイ。
そこは狭間。
『そう、狭間だよ。上も無いし下もない。右も左も内側も外側もない。黒くもないし白くもない、
と、もう一人の私が言った。それがフレゥール=プランタニエーナ・ジュイシイゲ・フィン・ヴレゥなのか月鍬遊葉那なのかは
『ごめんなさい。混乱させてるわよね。でもショウガナイのよ。私は貴女で貴女は私だから。残念よね。すごくわかるわ。まるで虫になったよう。失敗ね。虫は昔から嫌いだったのよね……まあいいわ、話しを手っ取り早く進めましょ。先ずは自己紹介からね。
はじめまして。
人は私の事を全能の神とか創造主とか、酷いのは邪神とか悪魔とか、ただ単に悪意って謂うわ。可哀相でしょ。でも違うの。私は唯のプレーヤー。ゲームを楽しむプレイヤーなの。そして貴女は一個の
私の望みはプレイヤーである私の駒として私を楽しませること。簡単でしょ?』
もう一人の私が言った
だからどうしようもなく憎んだ。
『でも、独りじゃ寂しいから私には下僕をつけることにしましょう。誰でもいいのよ。私を慈しみ、守ってくれる。誰か適当なの、いる?』
そして私は彼の名を思い願ってしまう。
『まあ! まあ、まあ、素敵ね! 彼を選ぶなんて。残酷ね。
私はもっとマッチョで使い勝手のいい、使い潰してもいい様な無難な者を選ぶと思っていたのだけれど。いいわよ。私がそう選ぶのなら。素敵よ。さすが私だわ。
ああ、彼は
ちがう! ダメ、やめて違うチガウ駄目ヤメテだめチガウ!
ちがう! ダメ、やめて違うチガウ駄目ヤメテだめチガウ!
ちがう! ダメ、やめて違うチガウ駄目ヤメテだめチガウわ!
『違わないわ。それにもう決めてしまったもの。だって、もう一人の私なら判ってしまったでしょ? その望みは本当に心の底から、クソみたいな私が望んだもの。
だからどうしようもなく憎んだ。
だからせめてお願い、彼の……彼の記憶から、
私を消して。
もう一人の私は薄く、それでいて満足そうに美しく微笑んだ。
細く入り組んだ路地のそのまた奥まった、塵が散乱したエアポケットの様な空間。太陽の細い光が斜めに差し込む妙に明るい
『君は誰?
……
私は…… 醜い末摘花。
◇
身体が痛いなあ。動かないな。
って、よく死んでないな僕。スペック低いくせに耐久性だけは有るのかな。それも何んか嫌だな。そこはかとない生粋気質なブラック臭がする。そして往来の皆さんの誰ともぶつかることもなく、轢き逃げゲス野郎にならずに済んでホント良かった。
狭い路地から、より狭い路地へと、果ては細く入り組んだ迷路を滅茶苦茶に辿り、最早自分が
早く動いて逃げなくちゃと思うけど、身体が痛い、で、最初に戻りループ。
薄汚れた壁に寄り掛り、月光の残滓に似た銀髪と、ちょっと吊り気味の透明な銀瞳をした知らない女の子を抱えている。
太陽の細い光が斜めに差し込み僕ら二人を浮かび上がらせている。
妙に明るく、暖かい。あぁヤバイ、意識が朦朧としてきた。
銀の瞳が僕をじっと見つめている。
その銀に淡く藍色が挿す。
僕もその藍銀の瞳を見つめる。
ああ、髪も同じ銀に淡く藍色がさしている。
綺麗だな。と、ただ思う。
っと、朦朧とした頭でうつらうつらしていると、全てを覚醒させるに至る事案が唐突に打ち上がり、僕は眼を見開く。
そう、僕の
はぅ。動かないで。お願い。自我が、ワガママ自我が……流石に『全てを下半身中心で考える
本格的にヤバイかもしれない。それにしてもこの女の子、誰だろう。僕の事をハムって呼んでた。日本語を喋ってたな。
痛すぎる日本語でショボい魔法を撃ってた。魔法だったよなアレ。魔法、ホントにあるのな。ソレニシテモ綺麗な瞳だな。蒼でも碧でもない、深く淡い藍が挿す銀瞳。そしてちょっと吊り目。不思議と僕はその瞳を懐かしいと感じる。温かくなる。
ねぇ、唇の周りが自ゲロでカピカピだよ。拭いてあげようか。あれ、手が動かない。ごめんね。ねえ、君は…
「君は誰…」
「私は…」我に返ったように咄嗟に視線を逸らし口籠る彼女。
その後は聞こえなかった。
「はぅ、ごめん、動かないでくれるかな、色々と、ヤバいみたい」
もうね、これ以上余計な場所に血液廻したら、本気で貧血で天昇しそう。あくまでも貧血で、だけれども。
ハッとした様に再び僕に藍銀瞳を向け「血……怪我してるよね」何を思ったか慌てて腰の裏に廻っていたポシェットから何かを取り出そうと体を捻り手を伸ばす。それまで僕の腿に跨っていた格好だったが、不安定な元々のその姿勢が決定的にバランスを崩し、倒れそうになる彼女。
慌てて正面に向きなろうと右の掌に触れるモノを咄嗟に掴んで体制を立て直す。ぎゅっと掴んで。ほんとギュッと。
わお、モーレツ。キュッと痛かったけど、良かったな我が愚息よ。トモニイコウ。我が生涯に一片の悔い無し。あ、マジで血が足りない。
貧血ダウンを免れたのは彼女の強烈なリバーへの左フックのおかげだった。頬へのビンタじゃないのね。下から抉ってた。腹へのパンチは意識を刈り取らない。ただ悶絶するだけby段平。
頼んでないよね。君が勝手にギュッとしたんだよね。そうですか。それでも悪いのは僕ですか。ナルホド。理不尽、そして天昇。色んな意味で。でもなんでまだ握ってるのかな? イイですけど。ゴチソウサマですけど。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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