第2話 逃げる
可愛い女子? を『お姫様抱っこで逃げる』王道ですね。
ご笑覧いただければ幸いです。
―――――――――
紛う事なき日本語。だからこそ僕は問いかけた。
「僕は子供の頃に確かに誰かに……ハムって呼ばれていた。近所の女の子? に。(……ちょとだけ眼が釣り気味で、本人はそれがイヤで指でゴシゴシしてた。高貴なお嬢様風キャラを求められてもな、って……あれ?)
……でも君にじゃない。君は誰? 僕は君を知らない」
人の顔が一瞬で青ざめるところを初めて見た。驚愕と
そして少女はゲロを吐いた。
僕の裸の胸に。そしてそのまま気を失った。ゲロまみれの胸に倒れこむ。
え~、
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
人の性癖の肯否は無用と判断。ただし危惧を提示。肥溜め的深淵からの人としての帰還が困難或いは完全不可と成る事を推察。或いはもう無理? 人として大切な何かを失った事を告知。
と結論 ∮〉
ウルサイ。ダマレ。
「♯$%$%&’~|”#’!!」
横合いから超怒鳴り声。右耳がキーンって、なっちゃったじゃん!
あッ、新たな
新しいキャストさんは20歳前後、サラサラふわふわの金髪キラッキラ碧眼。やっぱり一見庶民服だが襟のフリルは余計だろうがのザ・お忍び貴族様な服を着てらっしゃる。たぶん彼はゲロ姫様の御付きか何かなんだろうな。鼻がシュッとして高くてカッコイイし……うん?
……乙女ゲーに出てくる攻略対象の綺麗系正道ザ・イケメンそのままだった。スクリーンショット的に。そうですか、
その『サラふわ金髪さん』は僕らに伸ばした手を途中で止める。
ん?
ああ、お嬢様の顔一面のヌードル系ゲロッピングに躊躇したのね。そりゃそうだ。でもこれ はコレで慣れると気持ちいいと言いますか、癖になると言いますか。
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
人の性癖の肯否は無用と……
ああもういいからゴメンナサイ黙ってて。
僕は腕の中のゲロ姫様を『サラふわ金髪さん』に押し付けるように差し出す。受け取れよ人間ゲロ爆弾を! あっ、なのにコイツ、視線をそらして一歩後退しやがった。嘘だろ、
『サラふわ金髪さん』は僕らに差し出し途中で止めた宙ぶらりんな手を誤魔化すように自らの背後の『不思議の国のアリスなトランプの兵隊さん』そっくりな格好の数人の男達にサラリと向け、鋭く何かを命じた。ああ、ゲロは触りたくないから警護の部下に後の処理を任せたのね。
だけど。
ゲロ処理と
そして死角の背後からも周りを取り囲んだ人々の輪の中から黒い人影が唐突に飛び出し、そのまま僕に向け鋭い剣戟を放とうとしていた。
僕はゲロ姫様を抱えながら咄嗟に飛び退き、地面を転がって避ける。重い! デカイ! 胸以外は。脛を蹴られた!
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
……背後よりの危険を警告。
と結論 ∮〉
遅い。だから黙れ。でも僕はどうして避けることが出来た? なんで襲われるって判ったんだろう。なんか……臭かった……?
って、どうして女の子とは言え、人間一人抱えて僕は動ける? それも軽々と。
混乱の極みの僕。でも不思議と動いている。動けている。
って、軽々とじゃない。今背中にピキッときた。
コレはあれだ、相当身体に無理させてる時の感じだ。それも最悪に。でも避けられた。女の子抱えて。
それでも、彼女の足は地面をズルズル引き摺って見た目はアレで、やっぱり身長差は如何ともし難いし、抱えにくい。何気にやっぱり重いし、胸部に回した手が滑った。取っ掛かりが……。
って言ってないよ。言ってないじゃん。
だから脛を連打で蹴らないで!
お姫様ダッコに抱え直し、距離をとる僕。同時にまた背中が軋む嫌な音。
黒い人影は目深に黒いフードローブを被りイイ感じに風韻気を出して僕を睨んでる。
はにゃ?
ちょっと待って、ストップ! タイムです!
ちょっと冷静になれ俺! 何この急展開。ついて行けません。それに今、リアルに僕って殺されかけましたよね? 分厚い剣が顔の横でブワンってなってたし、嘘でしょ? 何で僕? 殺されちゃうの?
関係ないから。僕は気づいたらココにいただけだから。
口の端をクイって上げて笑いながら『黒フードさん』が何か喋ってる。ああ、この女の子を渡せとかだな。やっぱりそうだよな。如何しよう。って、考える迄もない、渡しましょう。関係ないし。ゲロ姫様だし。チョット、いや、相当可愛いけど、何かが僕に悲し気にささやくけど、命大事。
「うっさいボゲ、死ね」と僕。
うわ、センテンス短いのにやっぱり悪口って万國共通で通じっちゃうのね。怒ってらっしゃる。激おこぷんぷん。
だってさ、と僕は考える。
相変わらず裸でゲロで、殺されそうになって、スゴク間抜けな図なのに『サラふわ金髪さん』は乙女ゲーの攻略対象者様だし、『黒フードさん』たらイイ感じ出し過ぎで、イラってきちゃただもん。
『サラふわ金髪さん』が二人目の『トランプの兵隊』を逆袈裟、って言うかモロ力技な高い上段からの振り下げ斬りで仕留めていた。斬るって言うよりも叩き潰す系?
うわ、キモ。血飛沫ってホントに上がるんだな。霧状にコッチまで飛んできたし。そして『サラふわ金髪さん』って見かけによらず豪快?雑? 容赦なし?
正に混沌。
周りの悲鳴を上げながら逃げ惑う人々に構わず、一部の(その他の兵隊は唖然とした顔で動きを止めている)『ヒャッハーなトランプの兵隊』と『黒フード男さん』達が僕らを包囲しようと迫る。複数の抜き身の剣がヌラヌラと鈍く光り僕らを囲い、迫る。
『サラサラふわふわ金髪さん』訳して『ふわ金さん』って味方だよね。助けてくれるよね。さっきはちょっと
『ふわ金さん』が何んか叫んでゲロ姫様に手を伸ばそうとするが『ヒャッハーなトランプ兵』がそれを阻む。使えないじゃん。僕もゲロ姫ちゃんを早くパスしたいけどやっぱ無理っぽ、イイ感じな『黒フード男さん』が僕に向かって執拗に剣を繰り出し振り回す。
『黒フード男』はそうは言ってもゲロ姫様を傷つけないように僕だけを狙ってるようで、狙いが単調で分かりやすいせいか、今のところ避けられている。
もうね、奇跡です。自分の持ってるラッキー運をそのまま垂れ流しで注ぎ込んでる感じ。
だけど、そろそろ本格的にヤバイ『黒フード男さん』たらイライラ感がパナイ。重そうな剣をブンブン振り回して今、僕の立っていた場所にあった露店の庇の太い柱を圧し折った。崩れ落ちる物売りの屋台。商品が散乱する。
あッ、バカ。(後でちゃんと賠償しろよ。人としての責務だぞ。今すぐでもいいけど。しないだろうなやっぱり。あと、僕のせいじゃないからね、でもゴメンナサイ)。
斬るのではなく、力任せで。剣が曲がるのもお構いなしに。でも異常に力強い? それに速すぎた。頭上を通った風圧がッパない。人間業じゃない。それを避けられる人ひとり抱えた僕もなんだけど。そのことには僕自身も気づいていなかった。
があぁあ! 痛い! 今、左足アキレス腱が限界を超えそうになった!
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
ハザード警告。身体各所で安全負荷許容を逸脱して駆動しています。既に筋組織及び腱組織の部分圧壊を確認。あと僅かで完全破壊、機能停止に至ると警告 。
と結論 ∮〉
なるほどね、と僕。異世界なら魔法で身体強化とか有りかなとも思ったけど、
〈∮検索及び検証考察結果を報告。
第二基門・並列亜次元領域が開放されました。量子演算フィールドを構築、高速思考付与型編纂疑似脳へと展開。
と結論 ∮〉
えっと、突然何? 怖いよ。
〈∮ 同時に生体大脳皮質に古武術系統縮地移動法を主体とした関係体術総体の圧縮データーを確認。疑似脳に転送解凍しますか?
と結論 ∮ 〉
えっと、ど・どうしようか、な? テヘ。
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
緊急フェーズにより強制リリースします。量子演算フィールドにて高高速仮想研鑚を執行。完了。ビルドアップします。完了。ネクスト生体へのダウンロードを執行。完了。稼働可能迄0.5秒 ∮〉
なにそれ?
瞬間、僕の体が倒れこむような感覚を伴い、高速移動した。
縮地だ。縮地?
僕の脳裏に記憶が呼び起こされる。何年か前に姉に無理やり古武術やら
姉さんは言ってた。
『よく見ておきなさい。古武術の縮地や截拳道の
云いこと、万有引力はこの世にある
だからッて行き成り出来るか? それに似非賢者様から色んな言葉が出てきたけど。並列亜次元領域? 疑似脳? ウソくせー!
があぁあ! 今、背中がピキピキ軋んだ。一瞬身体が止まる。
致命傷じゃないけど、左上腕を斬られる。次いで、ガッアァ!
必死で仰け反る。右目下の頬を浅く抉る。今のはヤバかった。縮地が無かったらホントやばかった。それは認めるけどさ。
『似非賢者ポツコンさん』も姉さんもやたら難しい事を並べてドヤ顔だったけど、やっぱりオレTueeee~には程遠く、逆に無理させている身体の負担が増えてて、なんか現状が改善されたる風には全く以て全然見えないんですけど。逆に追い込まれ方が加速してる?
あれだな、『速度も荷重も重力によって無限に加増される』? そんなの正しいか正しくないかサッパリ解んないけど、それを使いこなす土台は、やっぱり重力とか関係ない素の高校生の生身の身体なんだからさ。オオタニサンじゃないんだからさ。こっちはチビで痩せっぽちの中防(でも中身は高校2年生。シマラない)何だからさ。
それより何より、難しいことくっちゃべってるけど、縮地って古武術で魔法じゃないよね。魔法はどうした。オンザ・ファンタジー、魔法と剣の異世界じゃねーのかよ。何の為に裸ん坊で突っ立ってたんだよ。魔法はないの? ギムミー魔法。俺を助けろ! だって、なにより見えてます、感じてます、限界が近いって事が。ヤバいです。
チキショウがー‼
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
大丈夫です。切っ掛けさえあれば。まだまだこれからですから。
と結論 ∮〉
結局最後は精神論ですか。ナルホド。
ムカつく!
ムカつくぜ!
ムカつきながらゲロ姫様を抱え直す健気な僕。
頑張れ。
と、
声が聞こえた。僕の腕の中の彼女から。何やら雰囲気のある言葉の羅列。呪文か? 魔術か? 魔法なのか? おお、僕のじゃなくて彼女のでも何でもオーケー、この現状から抜け出そうぜ。でもそれは何やらゴニョゴニョ、非常に痛い系? のイケナイ日本語、イタタマレナイ呪文だった。凄く抉られる。
「炎よ我は汝を抱き踊る、その熱い腕に震え歓喜せよ、我を称え従え、迸れ、我が前にてひれ伏せ」
うわっ、マジ顔なんですけど、マジ顔でそんな言葉、死んでしまうぞ。赤面しちゃう。キーってなっちゃう。だから思わず言っちゃった「キモ痛厨二どストレート乙」
「ヘッ?」彼女。
「……ごめん思わず。……気にせず続けて続けて」
僕の腕の中、僕を見上げながら彼女「……地獄の……魔炎弾?」
って、ヤバイ。ちゃんと前向いて狙って! カッコイイ魔法陣が浮かぶ彼女の伸ばす腕の先は『黒フード男』から大きく外れ、呆けた顔で立ち尽くし逃げ遅れた野次馬母子に向いていた。
僕は咄嗟に彼女の腕を掴み上に向ける。
「ふえ」
間抜けな声。ショポンんと、やっぱり気の抜けた音と共にソフトボール大の火の玉がヒョロヒョロと酷くゆっくりと打ちあがり、そのままポンと弾けた。申し訳程度の火の粉がフワフワと周りに舞い落ちて。
それでも『トランプの兵隊』や『黒フード男』、オマケに『フワ金さん』の頭の上に降りかかり、慌てて叩き落としてる。おお、熱そうだ。周りがちょっとコメディチックに弛緩する。ハゲてしまえ。
僕は包囲網の隙、広場の端の狭い路地の入り口に向けて足を踏み出す。
逃げる。
『フワ金さん』、ごめん、後は任せた。
踏み出す右足に全力を掛ける。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
毎日更新しています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます